第83話 決別と未来
「フン! 今の言葉、絶対にお父様へ伝えるから! お義姉さまに奪われた『聖女の力』のことも含めて!」
フォール様の圧倒的な威圧感に押され、涙目になったアリシアは、苦々しい表情で私を睨みつけると、懐から魔道具を取り出してその場から姿を消した。
転移魔法で王都へ戻ったに違いない。
「まったく……君の力ではないと言っているのに」
心底呆れたようにため息をつくフォール様。
そんな彼が、アリシアに対して言ったことを思い返した私は、不安を隠せず声を掛けた。
「あの、フォール様?」
「なんだ?」
「その……王太子妃であるアリシアに向かって、あのような言い方はなさらない方がよかったのではないかと」
『ならば、君の父上に伝えろ。『王族の覚えがめでたかろうと、不貞野郎が溺愛する娘からの要求など、リスタット辺境伯家として断固拒否だ』と』
理不尽な要求を拒絶するのは、家を守る貴族として当然のこと。
でも、今のアリシアは聖女であり、この国の王太子妃だ。
その彼女に国家反逆とも捉えられかねないことを言ってしまったら、いくら国防を担うリスタット辺境伯家といえ、ただでは済まされない。
すると、フォール様は小さく鼻を鳴らした。
「フン、構わない。『聖女の力』がカーラに戻った時点で、こうなる運命だった」
「そうかもしれませんが……」
あの男によって歪められていた私とアリシアの運命は、フォール様の手で正された。
だから今なら、彼女との関係をやり直せるかもしれないと思っていた。
――本当の姉妹のような関係になりたかった。
けれど、私から奪うことを当然と思っているアリシアと、本当の姉妹になれる未来など、最初からなかったのかもしれない。
アリシアが立っていた場所を見て、胸が締め付けられていると、フォール様が小さく笑みを零す。
「それに、彼女が王太子の婚約者でいられるのも、あと半年だ」
「えっ?」
あと……半年?
「それは、一体どういうことですか?」
私が首を傾げると、フォール様の表情が急に険しいものになった。
「カーラは、俺の祖父が前王弟殿下だったことは知っているよな?」
「はい。王子妃教育で教わりました」
フォール様のお祖父様である前王弟殿下は、一人娘だった前リスタット辺境伯夫人に一目惚れし、婿養子としてリスタット辺境伯家へ入る際、自ら王位継承権を放棄した。
だが、当時の王太子――現国王に不安を抱いていた前国王陛下は、特例として、前王弟殿下と前辺境伯夫人との間に生まれた子どもへ王位継承権を与えた。
「半年後、建国祭が行われる少し前に、娼婦の子を未来の国母に据えようとした王族に対し、父上を中心とした王侯貴族が反乱を起こす」
「反乱ですか!?」
それも建国祭が行われる少し前に!?
「それは、国民を巻き込むものになるのでは……!」
そうなれば、国内は大きく混乱し……最悪の場合、他国につけ入る隙を与えてしまう。
今まで感じたことがない大きな不安に駆られる私へ、フォール様は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だ。狙うのは王族だけで、絶対に国民を巻き込むような真似はしない。そのために今、爺さんと前国王陛下である大伯父上を中心に、水面下で準備を進めている」
「前辺境伯様と……前国王陛下が!?」
退位されたとはいえ、前国王陛下までこの国の王家に反旗を翻そうとしているなんて……!
国の防衛を担うこの家が一体、いつからそのような計画を進めていたのかは分からない。
でも、少なくとも私が来た時には既に国の行く末を左右する計画が進められていた。
言葉を失う私に、フォール様が更なる事実を告げる。
「あぁ。実は、反乱が起きる直前、カーラを秘密裏に保護し、反乱が終わった後、俺の婚約者に……未来の妻にするつもりだった」
「えっ!?」
禁呪で記憶を失っている私を知りながらも、私を婚約者に、未来の妻に迎えようとしてくださっていたの!?
すると、フォール様の手が私の手を優しく包み込んだ。
「カーラが国の実務の大半を担っていることは知っていた。何より……俺が愛しているのはカーラだけ。だから、反乱が起きる前にカーラを保護し、反乱が終わって、君への悪意ある噂が嘘であることを示した後、君をリスタット辺境伯家に連なる家の養子にして、俺の婚約者にするつもりだった」
「そこまで考えていたのですね」
そこまでしてでも、私を守ろうとしてくださっていたなんて。
「とはいえ、あの義妹のワガママのお陰で、全てが狂って、想定よりも遥かに早く君を婚約者として迎えたが」
「そう、だったのですね……」
彼の話を聞いて改めて思う。
私は、本当に彼に望まれた婚約者だったのだと。
いいえ――ずっと以前から、未来の妻として望まれていたのだと。
穏やかな笑みを消したフォール様が、真っ直ぐ私を見つめた。
「現在、王位継承権を持っているのは、あのバカ王子と父さんだけ。だが、爺さんと父さんは、反乱が成功した暁には特例として俺を次期国王に据えるつもりらしい」
「フォール様が……次期国王陛下?」
想像もしたことがなかった。
だって、彼はこの先、次期辺境伯として、この国の防衛を担っていくと思っていたから。
けれど、不思議と違和感はない。
バカ王子……いえ、元婚約者に比べたら、フォール様の方が遥かに次期国王に相応しい人格と器量を持っているから。
「あぁ、爺さんと父さん曰く、『国の未来は若い者へ託す』と。大伯父上も了承している」
「前国王陛下ご自身は、王位へ復帰されるおつもりはないのですか?」
「そうだな。爺さんや父さんと同じく、俺たちに国の未来を託すと決められたそうだ」
「そうだったのですね」
前国王陛下とはあまりお会いしたことがないけれど……託された限り、頑張らないと。
――フォール様と共に。
「それに、父さんが領地を治めていた頃、俺も学園へ通いながら三年間だけ王宮で文官として働いていた。だから、少なくとも今の王族よりは、この国の実情を分かっているつもりだ」
「えっ!? 文官として働いていらした時期があったのですか?」
今はアラン様と共に領地を支えているフォール様が、以前は王宮で働いていたなんて。
だとしたら私、王都でフォール様と出会っていたのでは……!?
「まぁ、カーラとはまったく接点のない部署で働いていたから、城で顔を合わせることはなかった」
「そうでしたか」
「でも、知っていた」
フォール様が再び優しく微笑む。
「君が、必死に王太子妃教育へ励んでいた姿を」
「フォール様……」
王都にいた頃、誰も見ていないと思っていた。
誰にも認められないと思っていた。
でも、見てくれた人がいた。
認めてくれた人がいた。
――ずっと、私のことが大好きな人に。
その瞬間、フォール様が手を握ったまま私の前へ静かに跪いた。
「だから、カーラ」
一度だけ小さく息を吸った彼は、真剣なルビー色の瞳で私を見上げた。
「俺と結婚して、一緒にこの国を引っ張って欲しい」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、アリシアと決別したカーラは、反乱が成功した後、次期国王に据えられるフォールからプロポーズを受けた。
今まで奪われてばかりだった彼女の運命は……
次回、第三章、終幕です!
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