第81話 傀儡人形
「カーラ?」
「……あの男は」
口元を覆っていた手をゆっくりと下ろした私は、絶望のあまりこちらの話が耳に入っていないアリシアへ視線を向けた。
「最初から私を、アリシアが『未来の国母』という地位に就くまでの繋ぎ役として殿下と婚約させていたのですね?」
――たった、それだけのために。
私は生かされていた。
そして、『未来の国母』という誰もが羨む立場に、『魔力ゼロの欠陥品』として立ち続けていた。
すると、フォール様の表情が僅かに歪む。
「……さすが、カーラだな。そう、公爵はアリシア嬢が貴族として、そして聖女として表舞台に立つまで、誰にもフィリップの婚約者の座を奪われないよう、君を利用した」
「っ!」
本当に、あの男は私のことを『娘』ではなく、『駒』としか思っていなかったのね。
「となると、あの男は……お母様が亡くなるのを待っていたということですか?」
「……そんな生易しい話だったら、どれほど良かったか」
「えっ?」
あの男は、お母様が亡くなるのを大人しく待っていたわけではないの?
思わず首を傾げた私に、フォール様は苦しげに目を伏せ、静かに続きを語り始めた。
「国王夫妻から自身の汚点の揉み消しと、アリシア嬢の未来を約束された公爵。だが当時、妻帯者だった彼は当然、二人を正式に公爵家へ迎え入れることなどできない。まして妻が、この国の防衛を担う家の出身ならなおさらだ」
「確かに……そうですわね」
不意に、お母様の言葉が蘇った。
『あの人と結婚したのは、建国時から、この国の内政と防衛を支えてきた両家が、更なる結束を強めるためなの』
この場所で療養していた時、お母様がこっそり教えてくださった。
そう言えば、今回の婚約も同じ理由だった。
二十年の時を経て、再び同じ理由で両家の婚約が結ばれるなんて……お母様が生きていらしたら、何と思われただろう。
――きっと、怒るかもしれないわね。
「だから公爵は考えた。病床に伏していることを利用し、遅効性の毒を飲ませ、伯母上を確実に死へ至らしめようと」
「っ!」
嘘、でしょ?
「お母様は……流行り病ではなく、殺されたというのですか?」
頭の中にお母様が亡くなった日のことが蘇る。
辺境から帰ってきてしばらく、お母様は眠るように静かに亡くなった。
お母様の傍で声を上げて泣く私に、立ち会った侍医が、『あなたの母上は流行り病を拗らせて亡くなられました』と告げた。
その方は、昔から公爵家に仕え、お母様や私の話し相手にもなってくださっていた、優しい侍医だった。
……その人が、お母様を殺したというの?
「あぁ、公爵は大金を積んで侍医にある物を『薬』として飲ませるように指示し、伯母上の死を『流行り病』ということにするよう診断書を書かせた」
「薬?」
「そうだ。そして、それを買ったのが……そこにいる偽聖女の母親だ」
「っ!」
その瞬間、それまで呆然と俯いていたアリシアが勢いよく顔を上げた。
「それって、お母様が……お義姉さまのお母様を殺したっていうの?」
「その通り。公爵は自らの願望を確実に叶えるため、君の母親に、当時、娼館へ頻繁に出入りしていた闇商人から足のつかない毒を買い、それを侍医に渡すように命じていた」
「っ!」
思い返せば、ある時期から薬が変わったのよね。
侍医は『病状が変わったから』と説明してくれたけど……まさか、それが。
「……そこまでして、あの男は自分の願望を叶えたかったのですね?」
「そうだ。公爵は君の大切な人を奪ってまで、自らの歪んだ望みを叶えたかったんだ」
「……本当に、最低ですね」
――私の人生を滅茶苦茶にして、大切な人まで奪うなんて。
自分の母親が人殺しだったと知り、更なる絶望に沈むアリシア。
そんな彼女を見つめながら、込み上げる怒りを押し殺すように拳を握り締めた、その時だった。
『アリシアが正式な王太子妃……ひいては、未来の国母に決まった今、お前はもう用済みだ』
あの男の言葉が、不意に脳裏へ蘇る。
――ようやく、腑に落ちた。
「……あの男が、辺境へ向かう私に『用済み』と言ったのは、そういうことだったのですね」
屋敷を追い出される時、嫁いでいく娘へ掛ける言葉とは到底思えない、あの一言。
あれは、アリシアが王太子妃になったから、繋ぎ役だった私は用済みになったということだったのね。
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。
「私……バカみたいですね。未来の国母として、必死に頑張ってきたのに」
「カーラ……」
すぐ傍でフォール様の心配そうな声が聞こえた。
でも、その声に応えられるほど、今の私の心には余裕がなかった。
ゆっくりと空を見上げ、王族の婚約者だった頃の日々を思い返す。
『全ては、未来の国母として次期国王であらせられる殿下を支えるためです!』
そう言って、王家が雇った優秀な家庭教師たちは、婚約者である私に一切の妥協を許さなかった。
ほんの僅かな失敗で叱責。
少しでも弱音を吐けば叱責。
愚痴など零そうものなら、鞭が飛んでくる。
もちろん、誰かに泣きつきたかった日もあった。
逃げ出したいと思ったことも、一度や二度ではない。
同年代の令嬢たちのように、友人と穏やかなお茶会を楽しみたいと願ったこともあった。
それでも耐えるしかなかった。
いや、耐えることしか許されなかった。
周囲は、私が甘えることを決して許さなかったから。
――たとえ彼が、王太子妃教育を受ける私をよそに、お気に入りの令嬢たちと『社交』と称してお茶会を楽しんでいようとも。
『この魔力ゼロの下民風情が!』
『地味顔のくせに指図するな!』
『お前なんか、僕には相応しくない!』
そう蔑まれ、近付くことすら嫌がられていた彼との間に、恋愛感情など最初から存在しなかった。
お母様が亡くなり、アリシアと継母が公爵家へ迎え入れられ、『聖女を虐める悪女』という噂が広まり始めてからは、その状況はさらに悪化した。
アリシアへ一目惚れした元婚約者は、彼女との時間を作るため、仕事を次々と私へ押し付けるようになった。
それでも私は、『未来の国母』として目の前の務めを淡々と果たし続けた。
――未来の国王と王妃として、いつか信頼し合える関係になれると信じて。
十年間。
その一心だけで、自分の感情すら押し殺して耐えてきた。
でも……そう願っていたのは、私だけだった。
「……アリシアが生まれた瞬間、私はアリシアの輝かしい未来のための『傀儡人形』でしかなかったのね」
生かされていた本当の理由を知った私は、込み上げる虚しさと悔しさを押し殺すように、静かに下唇を噛んだ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、カーラの母親の真相が明らかになりましたね。
願望を叶えるためなら容赦なく命を奪う。
いや~、最低ですね。
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




