第80話 歪められた未来で
「本当に、思い出したのか?」
「はい。ここで過ごした温かな日々も……そして、あなた様と交わした約束も」
それなのに――私は、その大切な約束を忘れていた。
私たち二人の未来に繋がる、かけがえのない約束を。
「でも、どうして私はあなた様のことを……いえ、この辺境での出来事を忘れてしまっていたのでしょう?」
当時、私は七歳。
幼かったとはいえ、何もかも忘れてしまう年齢ではない。
「……それは、公爵が再び禁術を使ったからだ」
「えっ?」
あの男が、また禁術を?
思わず息を呑んだ私へ、フォール様は苦しげに目を伏せる。
「実は、君が伯母上と共に辺境へ来た時、君の力が一時的に戻っていたんだ」
「私の……『聖女の力』が?」
その言葉を聞いた瞬間、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。
「そう言えば……こちらでお世話になっていた頃、一度だけ手から眩しい光が出たことがありましたわ」
あれは辺境へ来て間もない頃。
日に日に弱っていくお母様を見て、『何かできないか』と願いながら手を伸ばした。
すると、両手から純白の光が溢れた。
お母様も、辺境伯家の皆様も、付き添ってきた使用人たちもその光景に驚き……そして、とても喜んでくださった。
「あの時はただの光魔法だと思っていましたけど……」
「それこそが『聖女の力』だ」
「っ!」
私は自分の手に視線を落とす。
幼い頃、私は確かに聖女の力を使えていた。
「だとしたら、私が再び使えなくなったのは……」
「もちろん、それを知った公爵が再び禁術を使ったからだ。それも、『片方の記憶が部分的に失われる』副作用を伴う、より強力な禁術を」
「っ!」
全てが繋がった。
どうして私は今までフォール様のことを。
辺境伯家の皆様との思い出を。
この時までずっと忘れてしまっていたのか。
「……私、悔しいです」
「カーラ?」
静かな怒りが胸の奥から込み上げる。
「あの人の歪んだ欲望のために……私の力だけじゃなくて温かな記憶まで奪われたことが……!」
あの男は私の人生を滅茶苦茶にしただけでは飽き足らず、私が『幸せだった』と思える記憶まで奪っていった。
それが、悔しくて仕方なかった。
視界が滲んだ、その時、私の頭の上に大きな手が乗った。
「フォール様?」
「カーラ。俺は君が思い出してくれただけで十分だ」
「本当、ですか?」
今になって思い出しただけなのに?
「あぁ。それだけで、今まで諦めずに待ち続けた意味があった」
「っ!」
その言葉で、誕生日の日の出来事を思い出す。
『俺はな、カーラが俺の婚約者として来てくれただけで十分なんだ』
あの時は、正直、何を言っているのか分からなかった。
でも、今なら分かる。
フォール様は、私が第一王子の婚約者になり、『悪女』という悪評が広まってからも、私との未来を願い、そのために奔走し続けてくださっていたのだと思う。
その過程で、彼がどれだけ傷つき、何度心が折れそうになったことか。
想像すらできない。
それでも、この人は私を諦めなかった。
私が約束を忘れていた間も、一人でずっと守り続けてくださっていた。
だから、私が婚約者として隣にいる今が、彼の長年望み続けてきた未来なのだと、ようやく理解できた。
「フォール様」
「なんだ?」
「私……」
『これから先も、あなた様と一緒にいたいです』
そう伝えたいのに、喉の奥が詰まって言葉にならない。
すると、優しく微笑んだフォール様が私の頭を愛おしそうに撫でる。
「その返事は、全部話し終えてから聞かせてくれ」
「あっ……」
そう言えば、まだ話は終わっていなかったわ。
「ごめんなさい。私としたことが、つい……」
「アハハッ、いいんだ。それだけ俺との思い出を思い出せて嬉しかったんだろ?」
「っ!」
そ、そうだけど!
そんな恥ずかしいこと、わざわざ口にしなくてもいいじゃない!
頬に熱が集まる私を見て満足そうに微笑んだフォール様は、そっと私から離れると、言葉を失ったまま座り込んでいるアリシアへ視線を向けた。
「さて、話の続きをしよう」
笑みを消したフォール様は、私とアリシアの力を『交換』した後のことを語り始める。
「禁術でカーラとアリシア嬢の力を入れ替えた後、公爵は君たちが辺境へ滞在している間に、当時六歳だったアリシア嬢を非公式に国王夫妻へ引き合わせた」
「その時だったのですね」
「そうだ。当時、公爵とダリアナ夫人のことが社交界で噂になりかけていたらしいからな」
「なるほど……」
だから、お母様は辺境へ来ることを止められなかった。
あの時、あの男は私たちではなく、アリシアを国王夫妻へ引き合わせることで頭がいっぱいだった。
――本当に、自分のことしか考えていない人なのね。
「それに、伯母上の命が長くないことを知っていた公爵は、少しでも早く平民だった母娘を家族として迎えたいと考えていた」
「そこまで考えていたのですね」
胸の奥が冷えていく。
お母様が生きている間から、新しい家族のことだけを考えていたなんて。
いっそのこと、あの男ごと公爵家が没落してしまった方が、この国のためだったのかもしれない。
「魔力が……私の『聖女の力』が……」
その力はあなたのものではないと何度伝えても、あの子は受け入れようとしなかった。
それくらい、アリシアにとって『聖女の力』は、自分の半身にも等しいものだったのね。
呆然と両手を見つめるアリシアを一瞥し、私は再びフォール様へ視線を戻した。
「そして、アリシアに会った国王夫妻は、あの男の思惑どおり、アリシアの容姿と『聖女の力』を気に入ったのですね」
「そうだ」
「……では、あの時の謁見が初めてではなかったのね」
第一王子の婚約者として、あの男と共に初めて国王夫妻へ謁見した時。
実は、公爵家へ来て間もないアリシアも一緒だった。
『なぜ、わざわざアリシアを連れて来るのだろう』と思っていたけれど……そうか、成長したアリシアを国王夫妻へ会わせるためだったのね。
むしろ、そのためだけに私を連れて行ったのかもしれない。
あの時にはすでに、私はあの男にとって都合の良い道具でしかなかったというわけね。
「カーラ、何か言ったか?」
「いえ、何でもありません。それで案の定、アリシアを気に入った国王夫妻を見て、あの男は、自身の汚点をもみ消してほしいと懇願したのですね?」
「そうだ。さらに言えば、国王はその場でアリシア嬢を未来の国母に据えると約束した」
「「っ!」」
さすがのアリシアも思わず顔を上げた。
自分の知らないところで、未来の国母になることが決められていたのだから。
「待ってください。本当に国王夫妻が、アリシアを未来の国母に据えることを約束されたのですか?」
まだ七歳。
しかも、庶子だったアリシアを、その場で未来の国母に据えると決めたというの?
いくら『聖女の力』を持っていたとはいえ、それはあまりにも拙速では?
「そうだ。その場で決めた」
「そんな……!」
正気の沙汰じゃない。
聖女であっても貴族たちの反発は避けられず、最悪の場合、内乱に発展する。
それを分かっていて、陛下は……!?
言葉を失う私を見て、ニヤリと笑ったアリシアが口を開く。
「だったら、どうしてお義姉さまがフィリップ様の婚約者に選ばれたの? その時には、お義姉さまが『魔力ゼロの欠陥品』だって分かっていたのよね?」
「そうだな……非常に残念なことに」
「っ!」
フォール様に冷たい視線を向けられ、アリシアが思わず顔を引き攣らせた。
そんな二人のやり取りを聞きながら、私は再び自分の両手へ視線を落とした。
アリシアが七歳の頃、国王夫妻と非公式に面会していた。
それなのに、辺境から戻ってきて間もなく、『魔力ゼロ』と判断された私が、なぜか第一王子の婚約者に選ばれた。
「……陛下はアリシアを未来の国母に据えると約束された。でも、実際に未来の国母として選ばれたのは私だった」
だとしたら――
その瞬間、形容し難い恐怖が全身を駆け巡り、私は思わず口元を押さえた。
――『魔力ゼロ』だった私が生かされ、第一王子の婚約者になった理由を理解してしまったから。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、次回、カーラの存在意義が明らかになります!
『聖女の力』を持っていたカーラが、意図的に『魔力ゼロ』になったのに、どうして生かされていたのか!?
次回、お楽しみに!
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