第79話 幼い約束
――あれは、王族の婚約者になる約半年前のこと。
「カーラ。ここが私の実家、リスタット辺境伯家よ!」
「リスタット辺境伯家……」
――ここが、お母様のご実家。
王都を出てしばらく。屋敷の前で馬車が止まると、お母様は幼い私の手を優しく引き、嬉しそうに両手を広げた。
「そうよ! そして、この方たちが私の大切な家族!」
「たいせつな、かぞく……」
公爵家では一度も見せてくれなかった、屈託のない笑顔。
その笑顔で辺境伯家の皆様を紹介するお母様を見て、幼い私は思った。
――お母様にとって『大切な家族』は、この方たちなのだ、と。
そして、胸の奥が少しだけ寂しくなった。
――まるで、自分はお母様にとって大切な家族ではないと言われたような気がして。
「カーラ、どうしたの?」
「い、いえ……なんでもございません」
いけない。
淑女たる者、いついかなる時も堂々としていなければ。
小さく首を横に振った私は、これからお世話になる辺境伯家の皆様へ丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります。バリストン公爵家の娘、カーラ・バリストンと申します。本日からお世話になります」
厳しい淑女教育で身につけた完璧なカーテシーを披露すると、辺境伯家の皆様は驚いたように息を呑まれた。
――なぜかしら? 『この程度のこと、淑女として出来て当然ですよ!』と、家庭教師からよく言われているのだけど。
やがて、辺境伯夫妻が優しく挨拶を返してくださると、その後ろに控えていた二人の令息が前へと歩み出た。
「初めまして、リスタット辺境伯家の長男、フォール・リスタットと申します。お会いできて光栄です」
「リスタット辺境伯家の次男、アラン・リスタットです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「フォール様にアラン様、よろしくお願いいたしますわ」
淑女らしい笑みを浮かべて挨拶を終えると、急に頬を赤く染めたフォール様が、太陽のように眩しい笑顔を浮かべながら、私の手を取った。
「カーラ嬢、早速だが、三人で遊ぼう!」
「遊ぶ?」
『遊ぶ』って何かしら?
そんなこと、淑女教育で教わったことがないわ。
「こら、フォール! いきなり女の子を遊びに誘うなんて失礼でしょう!」
「だって、母さん! カーラ嬢、王都でずっと勉強漬けだったんだろ? だったら、ここにいる間くらい勉強なんて忘れて遊んだ方がいいじゃないか!」
「それは、そうだけど……」
困ったようにフォール様を窘める夫人。
そんなフォール様を宥めようと、私は口を開いた。
「あの、私、公爵令嬢として勉強を……」
「カーラ」
その時、お母様に名前を呼ばれ、私は振り返った。
「二人と遊んできなさい」
「よろしいのですか?」
――いつもは、『公爵令嬢として、淑女教育を頑張りなさい』って言っているのに?
「えぇ、ここにいる時だけ、公爵令嬢としての義務も責務も忘れて、思いっきり遊んできなさい」
「……分かりました」
『遊ぶ』ということはよく分からない。
でも、お母様が笑顔で『遊んできなさい』と言ってくださるのなら、それでいいのよね。
その返事を聞いたフォール様は、満面の笑みを浮かべた。
「よし! じゃあ最初はかくれんぼでもしよう!」
「いいですね、兄上! 負けたら変顔をするっていうのは?」
「フォールにアラン! 貴族令嬢なのだから、せめてお菓子抜きにしなさい!」
「「ひどい!!」」
「……うふふっ」
――ダメよ。
淑女なのだから、公の場ではしたなく笑ってしまっては。
でも……ここでは公爵令嬢としての義務も責務も忘れていいのだから、少しくらい構わないわよね。
そうして私は、生まれて初めて『遊ぶ』ということを知った。
二人の令息と一緒に駆け回るのは、淑女教育とは違う意味で大変だったけれど――なぜか、とても楽しかった。
「大丈夫か? 急に体を動かして疲れたよな?」
「兄上、それが分かっているなら少しは加減してくださいよ」
「だって、楽しくなって!」
頬を膨らませながらも、私を気遣ってくださるフォール様。
彼は事あるごとに「大丈夫か?」と声をかけ、疲れた私を木陰で休ませてくださった。
そんな彼に私は、淑女の笑みではなく――心からの笑顔を向けた。
「フォール様! そしてアラン様! 私、こんなに楽しいの、初めてですわ!」
こんなに体を動かしたのも。
こんなに疲れるのも。
こんなに――心の底から楽しいと思えたのも。
「そうか! それなら良かった!」
その日を境に、フォール様は事あるごとに私のもとへ来てくださるようになった。
そして、一緒にお茶を飲み、遊びを教えてくださり、辺境伯家で過ごす半年の間、いつも私を気遣ってくださった。
それから、あっという間に療養期間は終わりを迎え、王都へ帰る前日。
庭のガゼボへ呼ばれた私は、そこで待っていたフォール様が静かに跪く姿を目にした。
――まるで、騎士がお姫様へ忠誠を誓うように。
「あの、フォール様?」
いきなりどうしたのかしら?
小首を傾げる私に、フォール様が真剣な表情で口を開く。
「カーラ嬢……いや、カーラ。大人になったら俺と一緒にならないか?」
「えっ?」
真剣な眼差しで告げられた言葉に、私はすぐには返事ができなかった。
だって、『一緒になってほしい』なんて言われるとは思ってもいなかったから。
言葉を失う私に、フォール様は話を続ける。
「この半年、俺はカーラが、母さんから聞いていた以上に可愛くて、健気で、頑張り屋だって知った」
「フォール様……」
「そんなカーラだから、俺は一緒になりたいと思った。カーラと一緒に幸せになりたいって思った」
それは、とても子どもらしく、真っ直ぐな理由だった。
そんな理由だけで婚約が決まるほど、貴族の世界が甘くないことは、幼い私でも知っていた。
それでも――
真剣に想いを伝えてくださるフォール様に、私の心は少しだけ揺れ、笑みが零れた。
「……そうですわね。リスタット辺境伯家は由緒ある家ですから、そこの次期当主様と一緒になるのも良いかもしれませんね」
「だったら……!」
「えぇ」
差し出された手を、私はそっと握り返した。
そして――人生で初めてのワガママを言った。
「大きくなったら、結婚して私を甘やかしてください!」
私のワガママに、驚いたように目を見開いたフォール様は、頬を赤く染めると嬉しそうに笑った。
「あぁ、もちろんだ!」
そうして、私とフォール様は将来、一緒になる約束をした。
――その約束が叶うまでに、十年以上もの歳月が流れるとは、この時の私たちは、まだ知る由もなかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、フォールがカーラを溺愛するきっかけになったお話です!
幼い頃のカーラ、ものすごく活発な子だったのですね(笑)
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




