第76話 魔力交換
「さっきの記憶は……」
不意に蘇った記憶に、胸の奥がざわつく。
あれは確か、フォール様が話してくださった幼い頃の記憶。
ということは、本当に私は幼い頃、お母様と一緒にリスタット辺境伯家を訪れていたということ?
だとしたら、どうして今、思い出せたの?
「嘘よ、お義姉さまが私と同じ聖女の力が使えるなんて」
信じられないような目で見つめるアリシアの言葉に、我に返った私はゆっくりと自分の両手を見つめる。
私だって信じられない。
自分が魔法を――それも、『聖女の力』と呼ばれる特別な魔法を使えるなんて、思いも寄らなかった。
八歳の頃に受けた魔力鑑定の時からずっと、『自分は魔力ゼロで魔法が使えない』と思っていたから。
だから身の回りにあるものも、魔力を必要としない平民向けの質素なものばかり。
『貴族の欠陥品』である私はこの先ずっと魔法とは無縁の人生を送るのだと……そう思っていた。
その時、黄金色の粒子が静かに消え、急に全身から力が抜ける。
「おっと……カーラ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
思わず足元がふらついた瞬間、後ろから大きく温かいものが私の体を包み込んだ。
ううっ、すぐ近くにいたとはいえ、距離が近い。
そろそろ慣れても良いはずなのに……とても恥ずかしいわ。
「きっと、魔力の使い過ぎでふらついたのだろう。ガゼボに戻るか?」
「いえ、大丈夫です」
抱き留められたフォール様に耳元で囁かれ、顔が熱い私は彼から離れると自分の両手を見つめる。
本当に……魔法が使えた。
アリシアにしか使えない魔法が、私にも使えた。
目の前で起こったことが信じられなくて自分の手を開いたり閉じたりしていると、苦々しい表情を浮かべたアリシアが、フォール様に対して感情的に問い詰める。
「でも、どうして!? 魔力ゼロだったお義姉さまが、私と同じ力を使えるの? 聖女って、一人しか生まれないのでしょう!?」
「ほう、さすがの君でも知っていたか」
「バカにしないで! これでも、お義姉さまよりも早く王太子妃教育を終えたのだから!」
――それにしては、貴族の常識をかなり忘れているようだけど。
でも、アリシアの言う通り。
聖女について書かれていた文献には『聖女は一人しか生まれない』と記されていた。
それなのに、どうして今、この場には聖女の力を使える者が二人いるの?
ギュッと両手を握りしめ、顔を上げた時、私の前に立ったフォール様の口角が僅かに上がった。
「確かに、聖女は一人しか生まれない。それは歴代の文献にも記されている揺るぎない事実だ」
一度、言葉を切ったフォール様は背後にいる私を一瞥すると視線を戻す。
「だが、今この場には聖女の力を使える人間が二人いる。なぜか――答えは簡単だ」
一歩前へ出たフォール様は、私たち義姉妹へ語り聞かせるように両手を広げる。
「公爵は、カーラに聖女の素質があることを知った。そして事前魔力鑑定によって、アリシア嬢には魔力がないことも知った」
片方の手を肩の高さまで持ち上げる。
「アリシア嬢を溺愛していた公爵にとって、カーラの持つ『聖女の力』は、何としてでも手に入れたいものだった」
もう片方の手も同じ高さまで持ち上げる。
「庶子であるアリシア嬢を、誰もが認める『未来の国母』へ押し上げるためにな」
「っ! まさか……!」
「もしかして……!」
もう一つの手で器を作り、肩の高さまで上げたフォール様の話を聞いた瞬間、私とアリシアは同時に息を呑んだ。
魔法が使えない私でも知っている。
この国には使っていけない魔法……『禁呪』と呼ばれる魔法の類があることを。
――その中に『魔力を交換する禁呪』があることも。
「そう。カーラが八歳になる前に、公爵は禁呪を用いて、カーラとアリシア嬢の魔力を交換した」
その一言が、庭園に……そして、私たち義姉妹の心に重く響く。
「カーラの持つ聖女の力をアリシア嬢へ移し、彼女を誰もが認める貴族へ――ひいては未来の国母へ仕立て上げるために。そして、その母親までも正式な貴族として迎え入れるために」
「「っ!」」
乾いた拍手を打つようにフォール様が大きく両手を叩いた瞬間、広大な庭が重苦しい空気に包まれた。
遠巻きに様子を見守っていた騎士や使用人たちも絶句する中、血の気が引いて言葉を失った私とアリシアは、ゆっくりと自分の両手に視線を落とした。
あの男が溺愛する義妹のために奔走していたことは知っていた。
けれど、まさか。
禁呪にまで手を染めていたなんて。
使ったことが公になれば、貴族平民関係なく即処刑で、それをあの男も分かっているはずなのに。
……いや、そこまでしてあの男は、心から愛する母娘を貴族として迎え入れたかったのよ。
そして、溺愛する娘を未来の国母にしたかった。
「……やっぱり、あの男にとって私は、都合の良い駒でしかなかったのね」
自分の望む未来――『愛する母娘を貴族にし、溺愛する娘を未来の国母にしたい』という夢を叶えるためだけの。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、二人の聖女の真相が明らかになりました!
実は、魔力交換によって、本来、カーラのものだった『聖女の力』が、アリシアのものになってしまったのですね!
いや~、お父様の執念深さには恐ろしさを感じますね!(笑)
実は、この話、短編から長編化する際に決めていたもので、『アリシアがなぜ、公爵令嬢になれたのか?』という矛盾を払拭するために生まれたものです。
『聖女』という設定も、その矛盾を解消するために作りました。
とはいえ、アリシアもカーラも二人とも聖女の力が使えています。
アリシアはまだしろ、カーラはなぜ使えるのでしょうか?
そのことは次回、明らかになりますのでお楽しみに!
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