第72話 公爵の思惑
「アリシア嬢が生まれ、公爵は酷く喜んだ。なにせ、愛する女性との間に授かった子どもだったのだから」
フォール様の言葉に、アリシアは勝ち誇ったように笑みを浮かべ、私は堪えるように静かに口を噤んだ。
……分かっていた。
愛人を選んだあの男が、正統な公爵令嬢である私を放置し、庶子であるアリシアを溺愛していたのだから、喜ぶに決まっていたことくらい。
――私は、本当にあの人から望まれた子ではなかったのね。
「だが同時に、公爵は頭を抱えた」
「どうして?」
怪訝そうに眉を顰めるアリシアへ、私は貴族の常識を教える。
「貴族と平民との間に子どもが生まれることは、貴族にとって大きな汚点になるから……ですよね?」
「その通り。さすがカーラだ」
逆に、王太子妃教育を受けていたはずなのに、この程度のことを頭に入れていないなんて。
アラン様からアリシアのことを聞いてはいたけれど……本当に私より先に王太子妃教育を終えたのかしら?
貴族令嬢としてなっていないアリシアに呆れつつ、小さく息を吐いた私は、あの男の性格を口にする。
「お父様は……あの男は、『真実の愛』と同じくらい『貴族としての体裁』も重んじる人よ。だって、この国の公爵であり、宰相なのだから」
高位貴族にとって『汚点』は、他の貴族に付け込まれる大きな弱みになる。
「とはいえ、生まれたばかりのアリシア嬢を見放すという選択肢は、公爵の中にはなかった」
「それは、貴族としては致命的としか思えませんが」
「そうだな。普通なら、母子ともに始末するか、子どもだけを見捨てるか。そのどちらかだ」
「殺す!? せっかく生まれたばかりの命を!?」
信じられないというように目を見開くアリシアへ、私は静かに告げた。
――貴族として、残酷な常識を。
「普通の人なら残酷だと思うでしょうね。でも、それが貴族よ。家を守るためなら、人の道を外れることすら厭わない」
たとえ、その『汚点』が生まれたばかりの子どもだったとしても関係ない。
「さっきも言ったけど、貴族と平民との間に子どもが生まれることは、貴族にとって致命傷になるわ。だから、大半は母子ともに始末されるか、子どもだけ捨てられるか、そのどちらかよ」
「でも、お母様は『娼館を出ていく娼婦は、みんな貴族との子どもができた人だ』って……!」
「その人たちが、その後どうなったか聞いたことはある?」
「っ……いいえ」
やっぱり、そうだと思った。
娘を溺愛している母親が、そのような血生臭い現実を教えるはずがない。
「それじゃあ、私も……」
「ええ。母親もろとも殺されていたかもしれないわ。良かったわね。母親譲りの、その愛らしい顔で生まれて」
私の話を聞いて、顔を青ざめさせたアリシアがゆっくりと自分の両手を見つめる。
ようやく理解したのね。
本来なら、自分は今日まで生きていられなかったかもしれないという現実を。
そんな彼女を見て、小さくため息をついたフォール様が話を戻す。
「カーラの言う通り、今日まで生きてこられたのは、君が母親によく似ていたからだ」
「っ!……私がお母様似だったから、生きられたの?」
「そうだ。母親似だったから、公爵は母子ともに手放したくなかった」
フォール様から指摘され、アリシアは悔しそうに口を噤む。
生かされていた理由が、母親似だったことがよほど堪えたのね。
――あの子、意外にプライドが高かったのね。
「そして、貴族としての体裁も守りたかった。だから――あるとんでもないことを思いついた」
「「とんでもないこと?」」
私と顔を上げたアリシアの視線が交わる。
一体、あの男は何を考えたというのかしら。
僅かに眉を顰めた私たちへ、フォール様は静かに告げた。
「アリシア嬢を秘密裏に国王夫妻へ引き合わせることで――」
その後に続いた言葉に、私もアリシアも息を呑んだ。
「『貴族としての汚点を消し去り、妻が亡くなった後は母子ともに公爵家へ迎え入れる。そして、あわよくば愛娘を未来の国母に据えよう』という、あまりにも愚かで杜撰な計画を思いついた」
「「っ!?」」
それは、私たち姉妹の想像を遥かに超える――あまりにも愚かで危険な計画だった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、公爵の思惑が明らかになりましたね。
アリシアが生まれたことで、公爵は壮大で無謀な計画を思いつくんですよね。
そのために、彼はどうしたのか!?
次回、その手段の一端が明らかになります!
お楽しみに!
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