第71話 茶番劇の幕開け
「事の発端は――そこにいるアリシア嬢が生まれたことだ」
「私?」
「そう。君だ。公爵の庶子よ」
「っ!」
『庶子』という言葉に顔を真っ赤にするアリシアを一瞥すると、フォール様は静かに私へ視線を向けた。
「カーラの母親、フィオナ元公爵夫人と結婚する前、公爵には愛した女性がいた。それがアリシア嬢の母、ダリアナ夫人だ」
「お継母さまが、お父様の好きな人……」
「そう。ダリアナ夫人と公爵の関係は、学園時代からの付き合いだったらしい」
「そんなに長く……」
継母とアリシアが屋敷へ来た時、二人はとても仲睦まじく見えた。
なるほど。
学生時代からの仲だったのね。
「でも、どうしてお母様はすぐにお父様のところへ嫁がなかったの?」
「それは、公爵と男爵という地位があまりにもかけ離れていたからだ。そして、学園を卒業した直後、ダリアナ夫人……君の母親の実家であるボブリス男爵家は没落した」
「「っ!」」
初めて聞いた。
たまに見かけるお継母さまは、夜の匂いを感じさせるような派手で露出の多いドレスばかり着ていたから、てっきりどこかの高級娼婦なのかと思っていた。
でも、まさか没落男爵家の令嬢だったなんて。
「でも! 同じ貴族なんだから良いじゃない!」
アリシアの疑問に思わずため息が出そうになる。
――貴族としてしっかり勉強していれば、そんな疑問は浮かばないから。
「アリシア嬢。仮に王太子妃が男爵令嬢だったら君はどう思う?」
「は? 公爵令嬢を差し置いて王太子妃なんて、生意気に決まっているじゃない」
「そういうことだ」
そう。同じ貴族同士でも、爵位に大きな差があれば、よほど互いに利益がない限り婚約など成立しない。
ましてや、没落した男爵家と公爵家との婚約なんて、社交界の笑い者になるだけ。
――それでも、お父様は笑い者になる危険を冒した。
大事にしていた『貴族としての体裁』すら危うくしてまで、継母を選びたかった。
胸の奥から言葉にならない感情が込み上げ、私は静かに両手を握り締めた。
「そういう事情もあり、公爵はリスタット辺境伯令嬢だったフィオナ・バリストン……カーラの母親であり、俺の叔母にあたる人と政略結婚をせざるを得なかった」
「えっ!? あんたのお母様、辺境伯家の令嬢だったの!?」
「どうやら、そうみたいね」
私も、ついさっき聞いて驚いたばかりだ。
本性を隠さなくなったアリシアに苦笑している傍で、フォール様は静かに話の続きをする。
「とはいえ、公爵はダリアナ夫人を諦めきれなかった。学園時代から愛した女性だ。そう簡単に忘れられるはずもない。たとえ、結ばれないと分かっていてもな」
「お父様って、意外と情熱的な方だったのね」
「そうよ! お父様に見向きもされなかったあんたは知らないと思うけど、お父様ってと〜っても愛情深い方なのよ! お母様のところにも毎日のように来ていたし♪」
「…………」
やっぱり。
お母様と結婚している間、お父様は継母と浮気をしていたのね。
「……最低ね」
そんな男の血が、この体に流れている。
……考えるだけで吐き気がする。
静かに眉を顰める私を見て、アリシアは勝ち誇ったように笑う。
そんな私たち姉妹へ、小さく咳払いをしたフォール様が話を戻した。
「そうして、結婚して半年後、フィオナ元夫人にカーラが生まれた」
「……そう、ですわね」
そっと目を伏せた私は、幼い頃、お母様から聞いた話を思い返した。
『あなたが生まれた日、私は天使が舞い降りてきたと思うくらい嬉しかった。でも、あの人は生まれたばかりのあなたを見て「地味だな」と一言だけ言って、さっさと部屋を出て行ったの。あなたのお兄様が生まれた時は、あんなに喜んでいたのに』
悔しそうに話すお母様を見た時、私は幼心ながら悟った。
公爵家のためだけに望まない結婚をしたあの男は、私のことを絶対に愛してくれないと。
『お父様!』
それでも、屋敷でお父様を見かけるたび、私は嬉しくなって笑顔を向けた。
けれど返ってくるのは、いつも心底鬱陶しそうな視線だけ。
――まるで、この世に存在することすら許さないと言わんばかりに。
「へぇ。本当にあんたって、お父様からもお兄様からも愛されてなかったのね。可哀想~」
嘲笑するアリシアの言葉に、私は小さく笑みを浮かべる。
確かに、お父様には愛されなかった。
お兄様も、アリシアが来てからは私を見なくなった。
でも、今の私は自分を可哀想だとは思わない。
むしろ――
「そうかしら? お兄様はともかく、お父様に愛されなくて良かったと思っているわ」
「は? どうして?」
「だって、愛されていたら、きっとこんな素敵な人には出会えなかったもの」
今なら分かる。
あの家を追い出される前までは、私は愚かにもあの男たちの愛情を求めていた。
唯一の肉親だったから。
愛されないと分かっていても、ほんの少しだけ期待してしまった。
だけど……今はもういい。
だって――私のことを心の底から愛してくれる人がいるから。
「それは、俺のことだと思っていいか?」
「もちろんですわ」
むしろ、あなた以外、誰がいるっていうの?
「それは光栄だ」
「フン、面白くないわね」
心底嬉しそうに笑ったフォール様は、不貞腐れているアリシアに視線を戻すと笑みを潜める。
「そして、カーラが生まれて半年後、公爵は毎日のようにダリアナ夫人の元へ通い、やがて一人の子どもを授かる」
「それが、私だったということ?」
「そうだ」
「…………」
アリシアが生まれた時、お父様はどんな顔をしたのかしら?
……きっと、心底喜んでいたに違いないわね。
公爵家に迎えた時、あの人は心の底から嬉しそうに笑っていたから。
――実の娘である私に一度も向けなかった満面の笑顔で。
静かに胸を痛める中、フォール様が私たち姉妹を見つめて口を開いた。
「それが、君たち姉妹の運命を狂わせたこの壮大な茶番劇の幕開けだった」
「私たちの……」
「運命を狂わせた……」
――壮大な、茶番劇の幕開け。
その言葉に、私は今まで感じたことが無い恐怖がこみ上げた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、ここから『婚約者交換』の全貌が明らかになります!
短編では描かれなかったエピソード盛りだくさんなので、お楽しみに!
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




