第70話 では、話そう
「『あの話』に、私がここに来たことを覚えていないことも関係しているのですか?」
「あぁ、そうだ」
小さく笑みを浮かべたフォール様は、そのまま義妹へと視線を向けた。
「それに、ちょうど君の義妹もいる。カーラのお願いは叶ったというわけだ」
「は? 何を言っているの?」
不快そうに眉を顰めるアリシアに、フォール様が笑みを深める。
その表情に思わず肩を震わせた。
――穏やかなはずなのに、お父様とは違う、底知れない冷たさを感じたから。
「その前に、カーラ。いくつか聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
こちらへ向き直った彼の瞳を見た瞬間、握り締めた手の指先が一気に冷えていく。
こんな冷たい目で見つめられたのは初めてだったから。
「君は、今まで一度も思わなかったか? 『なぜ、魔力ゼロの私が第一王子の……未来の国王の妻に選ばれたのか』と」
「それは……王命でそう決められたからです」
そう。
あれは王命だった。
『王家に相応しい人物が公爵令嬢である私しかいなかったから』という、あまりにも理不尽な理由で決められた。
「では、こう疑問に思わなかったか? 『どうして魔力ゼロの自分が、こうして公爵令嬢として生きているのか』と」
「っ!!」
詰められているわけじゃない。
責められているわけでもない。
ただ問い掛けられているだけ。
それなのに、その一言が私の心を冷たく掴んだ。
「それは……」
幼い頃から、貴族は魔力を持っていて当たり前だと教え込まれてきた。
だから――
「疑問に思わなかったと言えば、嘘になります」
元婚約者から『魔力ゼロ』だと蔑まれる度に頭を過っていたから。
『どうして、自分がこの人の婚約者なのだろう』と、何度も考えた。
けれど、辺境に来て、その価値観が歪んでいたと知ってからは考えなくなった。
ふと、魔力測定の儀式の日が脳裏に蘇る。
お父様はあの時、『魔力ゼロ』だった私に絶望しなかった。
――むしろ、安堵したように笑っていた。
貴族としての体裁を何より重んじるお父様なら、あの場で私を勘当……いえ、存在そのものを消そうとしていても、おかしくなかった。
それなのに、私は今もこうして生きている。
なぜ?
「ならば、こうは考えなかったか? 『どうして悪意に晒される未来の国母を守らず、義妹と殿下の仲を後押しするような真似をしたのか』と」
「それは……」
私が都合の道具だったから。
……いいえ、違う。
私が知っているお父様なら、未来の国母だった私を守り、アリシアと殿下の仲を後押しなんてしない。
たとえ、アリシアに泣いて頼まれたとしても、公爵として、宰相として、それだけは許さなかったはず。
むしろ、二人を引き離そうとしたはず。
それなのに、なぜ危険を冒してまで、あの二人の仲を深めるようなことをしたのか。
不意に、お父様の言葉が脳裏に蘇る。
『お前はもう、用済みだ』
「用済み……」
「えっ?」
「辺境伯家に嫁ぐことが決まったあの日、お父様は私に『用済みだ』と、おっしゃいました」
あの時は、目まぐるしく変わる状況に頭がいっぱいだった。
その言葉の意味を考える余裕など、どこにもなかった。
――お父様、『用済み』って何ですか?
「……お父様、どうして私を生かしたのですか?」
『貴族の欠陥品』『聖女を虐める悪女』と蔑まれていた私を。
『都合の良い道具』としてしか扱わなかった私を。
一体、何のために?
「やはり、あの男にとってカーラは道具でしかなかったのだな……すまない、カーラ。酷いことを聞いてしまって」
「いえ。これからお話しするために、必要だったんですよね?」
「……あぁ、そうだ」
これから語られることに必要だから、あえて私に問い掛けた。
決して、私を傷つけるために問い掛けたわけじゃない。
そう分かっていても……少し、辛いわね。
不快そうに眉を顰めるアリシアと、静かに目を伏せる私を見て、小さく息を吐いたフォール様はパンと両手を叩いた。
「では、話そう」
穏やかな陽気に包まれていた庭に、不気味な静寂が落ちた。
「ある一人の男が己の欲望を叶えるため、十年以上という歳月をかけて仕組んだ――『婚約者交換』という名の、盛大な茶番劇を」
「「茶番劇……」」
――それは、前代未聞の婚約者交換が『偶然』ではなく、『必然』として仕組まれたという真実だった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで次回から、カーラとアリシアに纏わるお話に突入します!
短編でも描かれていましたが、長編では更に深堀りしたお話になっております!
第三章の核となるお話になっていきますので、楽しんでいただけると幸いです!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




