第68話 嫌よ
「そうよ! それ以外に何があるっていうの!?」
「やっぱり……」
フォール様から話を聞いた時から、あなたがここへ来た理由は『交換』だろうと思っていたけど。
小さく息を吐いた私は、睨みつけるアリシアに静かに目を合わせる。
そう言えば、こうしてまともに目を合わせて話すのって初めてだわ。
――王都にいた頃は、まともに話す機会なんて無かったから。
「アリシア。あなた、私と婚約者を交換した時に言ったわよね? 『これで家族み〜んな幸せ!』って」
「っ!」
『良かったぁ♪ 『魔力無し』のお義姉さまは、魔物だらけの怖〜い田舎貴族に嫁いで、私は大好きなフィリップ様と一緒! これで家族み〜んな幸せね!』
目を閉じれば、今でも思い返せる。
半年前、私があの家を追い出された時、アリシアは幸せそうな笑顔で言った。
侮蔑も軽蔑もなく、ただただ、みんなが幸せになると信じて。
私の話を聞いて、集まった辺境伯家の皆様の空気が冷たくなる中、驚いたように目を見開くアリシアに、私は話を続ける。
「それを言ったあなたが、どうして今になってまた『交換』なんて言い出すの? あなたと私の婚約者を交換したら、家族みんな幸せになるんじゃなかったの?」
「……うるさい」
不機嫌そうに何かを呟いているけど気にしない。
今の私は、一人じゃない。
「少なくとも私は幸せよ。あなたが婚約者を交換してくれたお陰で」
亡きお母様から頂いたたくさんのドレスや装飾品。
お父様が気まぐれで買ってきてくださった絵本。
大切な友人と買ったお揃いの物。
仲良くしてくれた使用人や友人。
そして――婚約者。
私が大事にしていたものは、全て『交換』という建前で奪われた。
けれど、そのおかげで私はここで、新しい大切なものを得られた。
優しさも。
温もりも。
そして、人との繋がりも。
「うるさい!!」
聖女とは思えない怒号が広大な庭に響き渡った。
義妹の初めて見る鬼気迫る表情に思わず顔が引き攣る。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「凄いな、あれは人の形をした魔物だ」
「フォール様、冷静にそんなことを言わないでください」
一応、人間なので。
フォール様の呟きに少しだけ恐怖が拭えた私が、小さくため息をついた時、顔を歪ませたアリシアが髪を振り乱しながら不満をぶちまける。
「王太子妃になったら、今まで以上に贅沢出来ると思ったら、全っ然違った! 毎日、書類書類書類! 王太子妃になったことを後悔するくらい嫌になるわ!」
「あぁ……」
アリシアの不満は理解出来る。
私も毎日、机に向かって押し付けられた仕事を処理する日々だった。
そこへ、お父様の仕事の手伝いや、自分の勉強まで加わっていたから尚更。
「でも、あなたにはフィリップ殿下がいるでしょ?」
少なくとも、二人で力を合わせてこなせば……
「はぁ!? あんな他人の力がないとまともに公務出来ない人、いてもいなくても変わらないわよ!」
「まぁ、そうでしょうね」
私が婚約者だった頃に、仕事の大半を丸投げしていた人だもの。
未来の妻がアリシアに変わったことで、ようやく公務に復帰されたらしいけど……今までの癖が治るわけがないわよね。
「そのせいで、買い物も出来ないし、お茶会にも参加出来ないし、今までみたいにフィリップ様と甘い時間が過ごせないし、最悪よ!」
「ん?」
彼を『使えない人』って蔑んでいるのに、彼との逢瀬が満足に出来ていないことに不満を覚えている。
これじゃあ、まるで王都にいた頃と同じ……
その時、嫌な予感とともに、冷たい汗が背中を伝った。
「……まさか、あなた、私を辺境伯家から引き離して無理矢理王都に連れ帰り、私に王都にいた頃と同じようなことをさせようとしているわけじゃないわよね?」
「「「「「っ!」」」」」
私の予想にフォール様を含めた辺境伯家の皆様が揃って息を呑む。
彼女のいう『交換』は、半年前の『婚約者交換』ではない。
――10年間、私とアリシアで行われていた『交換』という名の略奪よ。
すると、アリシアが楽しそうに笑った。
「へぇ、よく分かったわね。でも惜しいわ」
「惜しい?」
「えぇ、正確には、お義姉さまを辺境から引き離して王都で隔離した後、この辺境を王家直轄領にするの! そして、お義姉さまを一生、私とフィリップ様のために働いてもらうの♪」
「っ!!」
まさか、そこまで考えていたなんて!
アリシアの無茶苦茶な『交換』に言葉を失っていると、隣にいた険しい表情をしたフォール様が威嚇するように問い質す。
「狂っている。俺からカーラを引き離すだけでは飽き足らず、この地を王家の直轄領にするとは……お前ら王都の奴らは辺境のことを見下していたじゃないか?」
フォール様の言葉を聞いて、庭に集まった騎士達が静かに剣の柄に手をかける。
辺境に住む人たちにとって、義妹は侵略者。
『聖女』とはいえ、警戒しないわけにはいかない。
そんなフォール様の問いに、アリシアはさも当然とばかりに応える。
「それはもちろん、辺境が独自で築いた素晴らしい交易路を王家のものにするためよ♪」
「は?」
「聞いているわよ~! 最近、魔物が現れることが少なくなったことで、諸外国との交流が積極的になっているんでしょ~! それなら、王家が主導でやった方が国のためになると思うのよね~♪」
「だから、この地を辺境伯家から奪うと?」
「そうよ。お義姉さまのついでにね♪」
「……本当に狂っているな」
そう、本当に狂っている。
私だけじゃない。
この豊かな辺境まで奪うなんて。
その時、心に小さな炎が灯った。
――もう、限界。
「知らなかったわ、あなたがそこまで強欲な女だったなんて」
「フン! 私は聖女だから何をしても許されるのよ!」
「だとしたら……許さないわ」
「は?」
聖女としての役目も、王太子妃としての仕事も放り出し、ただ私欲を満たすためだけに、私から温もりも優しさも……大切なものを根こそぎ奪おうとするなんて!
ギュッと拳を握ると、肩を抱いていた彼の腕からそっと離れ、一歩前へ踏み出した。
「カーラ?」
「フォール様、私は今からとんでもないワガママを言います。なので……」
ゆっくり振り返った私は優しく微笑んだ。
「聞いて、くれますか?」
『これから先、君が何を話しても、君がどんなことをしようとしても、俺が全て受け止める』
辺境伯領に来て間もない頃、彼は私の前に跪いてそう誓ってくれた。
――その誓いを今、信じる。
すると、驚いたように目を見開いた彼は満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだ! 君の婚約者……いや、君の未来の夫として、その可愛いワガママ、喜んで聞いてやる!」
「っ!……ありがとう、ございます」
未来の夫って!
まぁ、いずれそうなるかもしれないけど!
「ちょっと、何を話しているのよ!」
地団駄を踏んで怒るアリシアに、小さく咳払いをした私は、彼の言葉を信じて視線を戻す。
大丈夫。
私の後ろには、私のことを信じてくれる人がいる。
「アリシア。あなた、ここに来たのは、私と『交換』するためにきたのよね?」
「そうよ!」
「なら、答えは決まっているわ」
勝ち誇った笑みを浮かべるアリシアに対し、私は小さく口元を緩め、ハッキリと自分の意思を言葉にした。
――幼い頃、お母様のドレス欲しさに義妹が『交換して!』と言った、あの日以来の言葉を。
「嫌よ」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、遂にカーラがアリシアを拒否します!
第一章で抵抗出来ないまま、家を追い出された彼女からは想像出来ないくらいの成長ぶりですね!
ここは、短編版でも描かれましたが……いや~、愛されたことで強くなる女の子、カッコイイですよね!
次回、初めての姉妹喧嘩が勃発!?
どうぞ、お楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




