第7話 み~んな、幸せ♪
「キャッ!」
乱暴に馬車へ押し込まれ、床に背中を打ち付けた私は思わず顔を歪める。
一応、嫁入りする娘なのだけど。
痛む背中を抑えてながらゆっくりと顔を上げると、座席に置かれた小さなトランクが目に入った。
……まさか、これだけ?
これだけで王都から一週間かかる辺境伯領に行けというの?
日帰り旅行じゃないのよ?
僅かに背筋が凍った私は、冷たい目を向けたままのお父様に視線を戻す。
「お父様。こちらにあるトランクが、使用人たちに用意させた荷物なのですか?」
すると、使用人たちと一緒に愉しそうに嗤っていたお継母さまが、優雅に扇子を広げるとお父様に代わって答える。
「そうよ。田舎に嫁ぐごく潰しに、公爵家の大切な資産――私の可愛いアリシアに使われる資産を渡すわけがないでしょ」
「っ!」
私がごく潰し?
正統な公爵令嬢である私に充てられた予算を全て横取りし、公爵家の資産を食い潰さんとばかりに散財するあなたがそれを言うの?
お継母さまの侮蔑を含んだ言葉に思わず眉を顰めた時、お父様の背後にいた青年が前に出た。
「その通りだ。お前のような聖女を虐めるような醜い女に、我が家の財産を与えるなどあってはならない」
「エイモンお兄様!」
お父様譲りのエメラルドの髪に藍色の瞳、数多の令嬢を虜にする色気を纏った完璧な容姿をもつその人は、バリストン公爵家の次期当主であり、フィリップ殿下の側近であるエイモンお兄様だった。
久しぶりに見た兄の名前を呼ぶと、整った顔立ちを不快そうに歪ませる。
「フン! 『魔力ゼロ』であるお前に『お兄様』と呼ばれるのも、これで最後だと思うと清々する! この、『聖女』アリシアを虐めていた悪女が!」
エイモン兄様が叫んだ瞬間、使用人たちの視線がより冷たくなり、少しだけ胸が軋んだ。
そう、アリシアと継母が来て、王太子妃教育と公務に追われていた頃、巷に『私がアリシアを虐めている』という噂は瞬く間に広がり、気づけば私は『聖女を虐げる悪女』と呼ばれ、学園の友人たちも、一人、また一人と離れていった。
お兄様だって、お母様が生きていた頃は優しかった。
時間が合えば、一緒に遊んでくれたし、お母様に会えなくて寂しいときはいつも手を握って慰めてくれた。
でも、お母様が亡くなり、アリシアと継母が来て、根も葉もない噂が広まり始めてから、お兄様は使用人たちと同じく私を疎ましく思い、距離を置くようになった。
実の妹を『聖女を悪女』『魔力ゼロの欠陥品』と蔑んだ。
次期公爵なら知っているはず。
お母様が亡くなってすぐ、別邸に追いやられた私と、本邸に暮らしているアリシアが、ほとんど顔を合わせていないことを。
なのに、どうして噂を信じたの?
実の妹の訴えに耳を貸さなかったの?
「……どうして、誰も信じてくれないの?」
静かに俯いた私は、今の今まで胸の奥に閉じ込めていた本音を吐露する。
仲の良かった友達も。
私を都合の良い道具としか思ってない婚約者も。
私に優しくしてくれた使用人たちも。
時間があればいつでも構ってくれたお兄様も。
殿下と同じく、私を道具としか思っていないお父様も。
どうして、私の話を聞いてくれないの?
どうして、誰も私の話を信じてくれないの?
私、聖女を虐める時間なんてなかったはずよ。
「エイモン、そのくらいにしておけ」
「父上……」
父に止められ、エイモン兄様が一歩下がった時、屋敷の奥から甘さを含んだ声が聞こえてきた。
「そうですわ、お兄様! 私、そんな怖いお兄様は嫌ですぅ~!」
「アリシア!」
お兄様の声にハッとして顔を上げると、フィリップ殿下に抱かれながら目を潤ませてお兄様に駆け寄るアリシアがいた。
本当に、私から婚約者を奪ったのね。
殿下に大事に抱かれているアリシアを見てようやく、婚約者が交換されたことを実感する。
「アリシア、君はなんて優しいんだ! 俺は、君が義理でも妹で良かったと思っている!」
「お兄様!」
フィリップ殿下から離れたアリシアを、お兄様が愛おしそうに抱きしめる。
……あぁ、ここはもう、私の居場所じゃないのね。
皆から愛され、崇められている『聖女』アリシアの居場所になったのね。
私が『家族』だと思っていた人たちも、仲良くしていた人たちも皆、聖女様を崇拝する人たちだったのね。
『居場所』だと思っていた別邸を見上げ、自嘲気味に笑った時、お父様が再び冷たい目で私を見た。
「アリシアが正式な王太子妃……ひいては、未来の国母に決まった今、お前はもう用済みだ」
「えっ?」
正式な王太子妃?
それに、用済み?
「お父様、それはどういう――」
「じゃあな。二度と、私たち家にその醜い顔を見せるな。今日をもってお前は正式に、公爵家から勘当するからな」
「っ!」
「そうよぉ~、もう私たち家族に関わらないで頂戴♪」
心底嬉しそうに継母を無視し、私は冷たい目を向けるお父様の顔を見る。
物心ついた時には、私にはお母様しかいなかったから、この人に家族愛なんて求めていなかった。
それでも。
せめて今日くらいは。
嫁いでいく娘に父親らしい言葉を一言かけてほしかった。
そんな細やかな願いは、馬車の扉が閉められたことで叶わなかった。
――私は、そんなにも厄介者でしたか? お父様?
冷たく睨みつける父に、今になって悲しくなって泣きそうになった時、父の隣に駆け寄ったアリシアが満面の笑みを浮かべる。
「良かったぁ♪ 『魔力無し』のお義姉さまは、魔物だらけの怖〜い田舎貴族に嫁いで、私は大好きなフィリップ様と一緒! これで家族み〜んな幸せね!」
「っ!」
義妹の遠慮のない言葉とあまりにも無邪気な笑顔に、思わず『そんなわけあるか――!!』叫びそうになった。
淑女としての意地で、喉元まで来た叫びを必死に飲み込むと私は公爵家を後にした。
他の家に嫁ぐ貴族令嬢の持ち物とは到底思えない、小さなトランクを抱えて。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけでカーラ、ついに公爵家から追放される形で嫁に出されました。
いや~、短編を書いていた時も思いましたが、バリストン公爵家、本当に救いようがありませんね(笑)
ある意味、カーラは公爵家から勘当されて良かったのかもしれません(笑)
さて、次回はアリシアサイドのお話です!
辺境に行った義姉に、アリシアはどう思うか!?
お楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




