第6話 婚約者交換
「お父、様?」
絨毯に座り込んだ私の腕を掴んだのは、バリストン公爵家当主であり、私とアリシアの父、セドリック・バリストンその人だった。
アリシアとお継母様を迎えてから、屋敷に戻ることが増えた父だけど、私に対しては相変わらず、仕事を押し付けるか理不尽に叱る以外、まともに顔を合わせて話すことはなかった。
ほぼ毎日、私が王宮で夜遅くまで公務をしているのも相まって。
久しぶりに見る父の顔は、いつも通り不機嫌そうで、私を見下ろすコバルトブルーの瞳は私を都合の良い道具としか見ていない。
その瞳に、普段は怯えてしまうけど、今日はそれどころじゃない。
この国の宰相であり、バリストン公爵家当主であるこの人に聞きたいことがあったから。
「お父様、私……」
「黙れ」
「っ!」
冷たく咎められ、思わず肩を震わす。
そんな私を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らしたお父様は、倒れ込んだままの私を強引に立たせる。
そして、足早に私を部屋の外へ連れ出す。
「お父様、一体何を……!」
「カーラ、お前は今すぐリスタット辺境伯家へ行け」
「えっ?」
仕事を押し付ける時の声色で命じられ、一瞬理解できなかった。
私が、リスタット辺境伯家に……アリシアの嫁ぎ先に行く。
それって、まさか……!
ようやく父の言葉を理解し、体の芯が冷えていくのを感じる。
嘘よ。だってこの人は貴族の体裁を大事にしているのだから。
そんな父に引き摺られている私は堪らず問い質す。
「お父様。私とアリシアの婚約者を交換したというのは、本当でしょうか?」
本当に、王命で定められた婚約を変えたのですか?
元平民の公爵令嬢が『好きな人と離れたくないから嫌だ』という幼稚なワガママを叶えるために。
『違う』と、『嘘だ』と言って欲しい。
『悪い冗談だ』と思いたい。
そうじゃないと私は今まで何のために……
祈るように聞いた私に、足を止めた父は深くため息をつくと後ろを振り返り、面倒くさそうに答える。
――私のこれまでを真っ向から否定するように。
「本当だ。先ほど、国王夫妻とリスタット辺境伯子息から了承を得て、お前とアリシアの婚約者を交換した」
「っ!」
本当に、婚約者を交換したのですね。
本当に、アリシアのワガママを叶えてしまったのですね。
殿下がアリシアを幸せそうに抱きしめる光景が脳裏を過り、沸き上がる感情を押し押し殺そうと拳を握る。
そうじゃないと、目の前にいるこの人を殴りそうになるから。
「お父様。あなた、自分が何をしたのか分かっていらっしゃるのですか?」
貴族社会において、婚約とは家にとって最も大事な契約。
特に、我が家の場合は王族との契約。
この国の未来に左右する重要な契約。
それを、こんな形で動かすなど――あり得ない。
「もちろんだ。宰相なのだから当然だろう」
「でしたら、分かるでしょう。『婚約者交換』という前代未聞のことが、我が家の……ひいては、この国の未来に大きく影響していくかを」
『婚約者交換』という貴族社会にとって最大の汚点しかならないことが、王族と公爵家の間だけで行われた。
貴族への根回しも、諸外国への通達もないまま。
これがどういうことか、宰相であるお父様なら分かっているはず。
そんなことを思いながら、引き摺られるように玄関ホールに出ると、既に使用人たちにお継母様、そして次期当主であるエイモンお兄様が、異物を見るような目で私が来るのをまっていた。
どうやら、『婚約者交換』を知らなかったのは、私だけだったみたいね。
すると、古い馬車の前でお父様の足が止まる。
「カーラ」
「何でしょう」
「お前の荷造りは済ませてある。文句はないだろう」
「……聞いておりませんが」
聞いていない。
いや、聞かされていない。
それに、まだ私の問いに答えて――
「ハッ。“魔力ゼロのお前”にこの家の当主である俺が報告しなければならない」
「…………」
蔑みを含んだ嗤い声に、一気に頭が冷えた。
そうよ、この人は私を……欠陥品としか思っていない私を都合の良い道具としか思っていない。
まともに話なんて聞いてくれないは分かっていたじゃない。
それでも、確かめないと。
『婚約者を交換する』という意味を、目の前にいる人が理解しているのかを。
「でしたら、最低限の説明くらいは――」
「黙りなさい! アリシアより劣るくせに、愚かにも危害を加える泥棒猫が!」
「キャッ!」
父を問い詰めようとした瞬間、頬に衝撃が走り、遅れて痛みが広がる。
ゆっくりと熱を持つ頬に手を添えて視線を戻す。
そこには、鉄製の扇を持って血走った眼を向ける継母がいた。
そう言えば、この人は私を見ればすぐ、何かしらかこつけて鬱憤晴らしに侮蔑と暴力を浴びせるのよね。
というより、泥棒猫って何?
泥棒猫っていうなら、あなたの娘じゃないの?
「こら、ダリアナ。暴力はやめなさい。君の手はそんな乱暴なことをするためじゃないだろ?」
「あら、ごめんなさい~。あなたの困った顔を見たら、つい手が出てしまったの」
「そうだったのか。ありがとう、我が愛しいダリアナ」
「ウフフッ♪」
互い顔を合わせ、甘い声で笑い合う。
傍から見れば微笑ましいその光景が、今だけはひどく歪んで見える。
私室で見た、アリシアとフィリップ様の仲睦まじい姿に重なる。
吐き気がするわ。
人を蔑んで自己満足に浸っている人達の幸せなんて。
継母と愛を確かめ合った父は、私を見て鼻で嗤うと再び私の腕を掴み、そのまま馬車へと放り込んだ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、長編からの新キャラである継母ダリアナとカーラの実兄(アリシアの義兄)エイモンの登場です!
短編でも継母は登場していましたが、長編で本格的に登場です!
いや~、さすがアリシアの母! カーラに対して容赦ないですね(笑)
実の兄のエイモンもまぁ……(笑)
そして、お父様の名前も判明です!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




