第64話 こんなはずじゃなかった!
※アリシア視点です。
半年前に公爵家から……王都から追放したあの女の名前を聞き、不快に思う私をよそに、フィリップ様は懐かしそうに、もういない女の話をし始めた。
「魔力ゼロで地味な女であったが、優秀な僕のために書類を整理してくれたり、お茶を淹れてくれたりしていたな」
なによ、それ。
そんなの、あの女が勝手にしたことでしょ。
自分の無能さを誤魔化すために媚びを売っただけでしょ。
その時、フィリップ様の話を聞いていた文官達が揃って手を休めると、彼の言葉に同意するように、あの女の話をし始めた。
「そうそう、面倒なものがあれば率先して引き受けてくれたり、取ってきて欲しい資料があれば先回りして取ってきてくださったりしていました」
「それに、こちらのミスを黙って修正してくださって、本当に都合の良い人でした」
まぁ、お父様のお仕事を無理矢理奪い、さも自分の仕事のようにしていた女ですもの。
その程度の浅ましいことはするでしょうね。
すると、フィリップ様の視線が私に戻された。
「その点、アリシアはあの女に比べればまだまだだな」
「はい?」
私が、無能女に比べてまだまだですって?
こんなにもあなたの尻拭いを完璧にしてあげているのに?
抑え込んでいた怒りが、再び沸々と込み上げてきた。
「王族として優秀な僕に比べればあの女は遥かに劣っていた。だが、今のアリシアに比べたら、まだ使える方だ」
「……それはつまり、私がお義姉さまに劣っているということでしょうか?」
ありえない。
全てにおいてあの女より優れているこの私が、あの女より劣っているですって?
不機嫌そうに笑う私にようやく気付いたのか、頬を引き攣らせたフィリップ様が慌ててご機嫌取りをする。
「い、いや! 別にアリシアがカーラより劣っているとは言っていないぞ! ただ、実務経験だけを見れば、カーラよりほんの少し……というだけだ!」
「なるほど、確かに経験ではお義姉さまより遥かに劣っていますわね」
十年間、この男の婚約者だったあの女と、婚約者になってまだ半年の私。
実務経験に差があるのは当然でしょう。
だけど――
「私は膨大な魔力を持ち、貴重な聖魔法が使える『聖女』です。それに、容姿端麗で、民衆からの絶大な支持を受け、王太子妃教育も誰より早く終えました。実務経験が少なくても、それ以外で十分補えます」
むしろ、私以上に未来の国母に相応しい貴族令嬢なんていないわ。
「た、確かにそうだな。すまない、最近仕事が滞っていただけでなく、君に関するありもしない噂で頭を抱えて、少し疲れていたようだ」
「ありもしない噂、ですか?」
「あぁ……君にとっては聞くに堪えないと思うが、その……君が僕の婚約者になってから、王宮内の仕事が滞るようになったと」
「っ!」
私がフィリップ様の婚約者になってから、仕事の効率が悪くなったですって!?
誰よ、そんなことを言っている奴!
聖女である私が、自ら粛清してあげるわ!
すると、近くにいた文官が何かを思い出したように口を開いた。
「そう言えば、ここ最近、聖女様が配布された魔道具の効果が弱まりつつあり、魔物の被害が頻発しているとの報告がありました」
はぁ!?
魔道具の効力が弱まっているですって!?
そんなの、魔道具を作った職人が悪いんじゃない!
私のせいじゃないわ!
次々と飛び出す理不尽な話に、段々と笑顔が保てなくなる。
「つまり、私がフィリップ様の婚約者になってから、何もかもが上手く行かなくなったと?」
「ち、違う! さっきも言ったが、あくまで根も葉もない噂だ。アリシアは僕の婚約者になって日が浅い。だから、君が仕事に慣れれば、そのようなくだらない噂もたちまちなくなる」
「そういうことでしたら、気晴らしに今度の公爵家との茶会に参加しましょう! そして、噂は噂に過ぎないと皆様にお伝えしましょう!」
所詮は噂。
どうせ消えてしまう泡沫のもの。
とはいえ、このまま放置するのはあまりにも不愉快だから、私自ら消してしまおう。
――『聖女』という絶対的な肩書と、お母様譲りの完璧な立ち振る舞いで。
大丈夫。
あの女から何もかもを奪い、王都から追い出した私だもの。
この程度、どうってことないわ。
満面の笑みでお茶会に誘う私に、フィリップ様が気まずそうに視線を逸らした。
「そう、だな……うん、来られたら来るよ」
「っ!」
『来られたら来る』。
それはつまり、『来ない』ということ。
――こんなこと、今まで一度もなかった。
どうして……どうして、こうも上手くいかないの!?
あの女がいた時は、あの女を追い出した時は、順風満帆だったのに!
「ところで、アリシア。先程の書類の要約は出来ただろうか? 明日までに提出しないといけないんだ」
「っ!」
こんなはずじゃなかった!
『宰相の子』として何不自由なく育ったあの女から全てを奪えば――誰もが羨む華やかな人生が送れると思っていた!
なのに、毎日毎日、殿下の尻拭いをしながら、積み上がる書類を処理するばかり。
こんな地味な日々を送りたいわけじゃない!
私はただ、毎日贅沢をして、皆からチヤホヤされながら暮らしたかっただけ!
――『娼婦の子』として惨めに暮らしてきた私が、この国の聖女として、未来の王妃として、一生、誰かに傅かれ、甘やかされながら生きていきたかっただけ!
ふと、先ほど見ていた書類……辺境に関する書類が目に入った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、現実を突きつけられ、さらにフィリップから思わぬ一言を浴びせられるアリシアでした(笑)
いや~、改めて理想と現実って違いますよね(笑)
ですが、ラストで不穏な空気が……!?
次回、いよいよアリシアが辺境へ来た理由が明らかになります!
お楽しみに!
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




