第59話 君を好きな理由
「本当に、私がお母様の付き添いで来たのですか?」
「あぁ。君が七歳の時、叔母上の療養で半年ほど滞在していた」
「七歳の時に半年ほど……」
七歳――私が王族の婚約者になる前。
お母様が亡くなる一年前のこと。
あの頃にはすでに体調を崩される日が多かった。
だから療養のため、この地を訪れたのね。
言われてみれば、この屋敷に来た時、どことなく既視感を覚えたわ。
まさか、随分前に来ていたとは思わなかったけど。
その瞬間、脳裏に何かが蘇る。
王都を出てしばらく、屋敷の前で馬車が止まり、幼い私の手を引いたお母様が嬉しそうに笑う。
――公爵家では一度も見せてくれなかった、溌剌とした笑顔で。
『カーラ。ここが私の実家、リスタット辺境伯家よ!』
『リスタット、へんきょうはく……』
『そうよ! そして、この方たちが私の大切な家族!』
『たいせつな、かぞく……』
そう言って、お母様は誇らしげな笑顔で、一人ひとりを私に紹介してくれた。
――この記憶は、幼い頃の私の記憶?
私が忘れていた記憶なの?
すると、フォール様が懐かしそうに庭へ目を向ける。
「ここに来た時、君は淑女として完璧だった」
「そう、でしたか?」
怒られてばかりだった気がするけど。
「そんな君を、俺は『何とかしたい』と思った。君が頑張り屋さんなことは、父さんや母さん……そして、君の母親である叔母上から手紙で聞いていたから」
「私がここに来る前から私のことを……」
「知っていた。だから君が辺境伯領にいる間、俺はアランや君を誘って一緒に庭で遊んだり、街に出かけたり、絵本を読み聞かせしたりしていたんだ」
「そう、だったのですね」
記憶にないとはいえ、辺境伯家の皆様とそんな素敵な時間を過ごしていたなんて。
その時、ゆっくりと立ち上がったフォール様が、私の隣に座ると優しく私の頭を撫でた。
「フォール様?」
「来たばかりの頃は、君は淑女の仮面を被って、公爵令嬢として俺たちと距離を置いていた。きっと、俺たちに迷惑をかけたくなかったからだろう」
そうかもしれない。
厳しい淑女教育を受けていた私は、他人に気を遣って当然だと思った。
自分が『公爵令嬢』ということを、幼いながら理解していたから。
「だが、屋敷で一緒に過ごしていくうちに、いつしか君は一人の女の子として明るく、そして、好奇心のままに活発に振る舞うようになった」
それは、貴族令嬢としてどうなのかしら?
間違いなく失格よね。
迷惑だってかけたはず。
でも。
私にもそんな年相応に無邪気だった時があったのね。
……今はもう覚えていないけれど。
「思えば、初めてカーラに出会った瞬間、俺は恋に落ちたんだ」
「っ!」
それって、私が好きで読んでいる恋愛小説に出てくる『一目惚れ』では!?
「そして、日を追うにつれて、色んな表情を見せてくれる君に目が離せなくなった」
「フォール様……」
「いつしか、君は俺にとってこの世で大切な存在になった」
そんな昔から、私のことを……
不意に、この家に来た時のことを思い出す。
『初めまして、バリストン公爵家が長女、カーラ・バリストンでございます』
何もかも忘れてしまった私を見て、出迎えに来たセバスと、その後に満面の笑みで抱き締めたフォール様は、一体どんな気持ちだったのかしら。
胸が少しだけ痛む。
「カーラ?」
「私、今まで辺境伯家に来るのも、フォール様たちにお会いするのも初めてだと思っていました」
「あぁ、知っていた」
そうよね。
覚えていたら、『ご無沙汰しております』と挨拶していたはず。
あまり申し訳なさに俯き、そっとスカートを掴む。
「だからずっと、あなた様が私を気遣って甘やかしてくださるのは、私の過去に同情し、婚約者として『私』という人に向き合い、尽くしてくださっているものだと思っていました」
『悪女』として周囲に虐げられ、都合良い道具として働いていた私を知って同情したから、婚約者として甘やかしていると思っていた。
――婚約者の義務としてそうしているものだと思っていた。
「確かに、君の境遇に同情し、気遣って甘やかしたというのもある」
やっぱり、そうだったのね……
スカートを握る手に力が入る。
「だが、一番は……」
スカートを握る手に大きくて無骨な……私の好きな人の手が重なる。
その温かさに思わず顔を上げる。
「君が好きだから」
「っ!」
ルビー色の美しい瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。
「他でもない君だから甘やかしたい。頼りにして欲しい。独り占めしたい」
「それは、さすがに……」
「嘘じゃない。毎日思っている。特に最近は、まともに会えていなかったから」
「っ!」
もう! フォール様ったら!
恥ずかしすぎて……でも嬉しくて、何も言い返せない。
『好きな君だから』
出会ってからずっと、彼は何度も言ってくれる。
元婚約者から一度も言われたことが無い言葉を。
それは婚約者だからじゃない。
義妹の代わりに来た相手だからじゃない。
『カーラ・バリストン』という、この世でただ一人の女性だから。
そして、出会った瞬間に恋へ落ちた相手だから。
彼は私の話を聞き、時には気遣い、時には甘やかそうとする。
――『私が忘れている』と分かっていても。
『今日、貴方を未来の妻として迎えられたことを、心から光栄に思います』
辺境伯家に来た時、私の手の甲に口づけた彼の言葉は、婚約者としての気遣いでも何でもなかった。
――彼自身が心の底から想った言葉だった。
優しく微笑む彼の情熱的な思いを聞いて、頬が熱くなり、思わず涙がこみ上げそうになる。
「それに昔、君と約束したからな」
「約束、ですか?」
「そうだ。『大きくなったら、結婚して私を甘やかして!』って」
「っ!」
七歳の私、そんなはしたないことを言っていたの!?
淑女教育を受けていたのに!?
得意げな笑みを浮かべるフォール様から出た、幼い自分の失言に、恥ずかしさのあまり顔を両手で覆った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、フォールがカーラを好きな理由が判明しました!
まさかの一目惚れ!
フォール君、凄すぎるよ(笑)
あと、重いよ(笑)
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




