第55話 好きな人の誕生日
第三章、開幕です!
「フォール様、お誕生日おめでとうございます」
「兄上、お誕生日おめでとうございます」
「「フォール、お誕生日おめでとう」」
「「「「「フォール坊ちゃま、お誕生日おめでとうございます」」」」」
辺境伯家に来て四か月。
今日はリスタット辺境伯家の次期当主、そして、私の婚約者であるフォール様の24歳のお誕生日。
「ありがとう、皆。いい加減、『坊ちゃま』呼びを卒業して欲しいのだが……これからも精進していくのでよろしく」
屋敷の中で行われた身内だけのささやかなお誕生日パーティーで、フォール様は照れ臭そうに笑いながらお礼を言い、それを皆様が微笑んで拍手を送る。
改めて思う。
『なんて、温かな家なのかしら』と。
――私も、一日も早く皆の中に入りたい。そのためにも、次期辺境伯夫人として、勉強しないと。
拍手を送りながら内心、固く誓っていると、後ろにいたアンナが耳元で囁いてきた。
「カーラ様、あれをお出ししてもよろしいかと」
「そうね。アンナ、お願いしてもいい?」
「もちろんです!」
小声でお願いしてすぐ、アンナはフォール様に見つからないように、こっそり銀色のワゴンに乗せてそれを持ってきた。
「ありがとう、アンナ」
「いえ、ではカーラ様、頑張ってください!」
「えぇ」
アンナに背中を押され、私はご家族と談笑されているフォール様に声をかける。
「フォール様」
「ん? なんだ、カーラ。さっきからアンナと何か話していたが」
さすがフォール様。
よく見ていらっしゃる。
「実はアンナに、フォール様への贈り物を持ってくるようお願いしていたのです」
「贈り物?」
「はい。フォール様に喜んでもらえる贈り物を」
「俺はカーラから貰えるものならどんな物でも嬉しいのだが」
「もうっ! フォール様ったら! またそのような欲の無いことを言って!」
「ハハッ、だが本当だぞ?」
「っ!」
ここ最近、まともに顔を合わせる機会が無かったせいか、フォール様への一挙手一投足に振り回されてしまう。
……いや、初デートの後から、フォール様からのスキンシップが増えて、ますます彼に振り回されるようになったわ。
今だって、笑いながら私の頭を優しく撫でているし。
本当に困るような物を贈ったらどうするのですか!
そんな物、絶対贈りませんけど!
好きな人なら尚更!
心底嬉しそうに笑うフォール様に、頬を熱くした私は小さく咳払いをすると背後にいたアンナにアイコンタクトを送る。
すると、深く頷いたアンナがゆっくりと贈り物を乗せたワゴンを押しながら近づいてきた。
「カーラ、これは?」
首を傾げるフォール様に、視線を逸らした私はワゴンに乗っている贈り物の紹介をする。
「そ、その……アンナたちに手伝ってもらって作った桃のタルトと……新作の刺繍入りハンカチ……です」
フォール様が次期辺境伯当主としてお忙しくされている中、私は勉強と並行してフォール様に贈るハンカチ入りの刺繍をしていた。
そして昨日、アンナや料理人の皆様に手伝ってもらいながら、桃のタルトを作っていた。
セバスから『フォール様は昔から桃のタルトがお好きである』と聞いて、ハンカチだけじゃなくて、桃のタルトも贈り物しようと思ったのよね。
とはいえ、自分でやっておいてとても恥ずかしいわ!
だって、刺繍には……
そっと視線を戻すと、驚いた表情のフォール様が綺麗な包みに入ったハンカチを取り出していた。
「カーラ。この刺繍されている男って……」
「……フォール様、です」
そう、恋愛小説ものの定番をやってしまった!
『婚約者のお誕生日だから』という建前で、婚約者の……好きな人の横顔をシルエットにした刺繍をしてしまった。
それも、フォール様の瞳の色と同じ真紅の刺繍糸で、私の瞳の色であるアイスブルーのハンカチに!
恥ずかしさと不安で思わず両手を握った時、突然、大きくて温かいものに包まれた。
「ありがとう、カーラ! 人生で初めての婚約者からの……それも、大好きな君からの誕生日の贈り物! ずっと……いや、一生大事にする!」
「っ!」
抱き締められたまま顔を上げると、そこにはルビー色の瞳を潤ませ、心底嬉しそうなフォール様がいた。
その無邪気な表情に胸が高鳴り、安堵がこみ上げた。
「なんだったら、ケーキもこのまま食べずに保存して、ハンカチも包みに入れたまま私室の保管庫に厳重に置いておく!」
「それはさすがダメです! フォール様に食べて欲しくて皆の力を借りて作りましたし、フォール様に使って欲しくて刺繍したのですから!」
「アハハッ、分かった。ハンカチは大事に使うし、ケーキは今、皆で食べよう。もちろん、カーラも一緒に」
「っ!」
フォール様、どこまで私の心を掻き乱せば気が済むのですか。
でも良かった、今日のために頑張って準備して。
だって、彼の嬉しそうな顔が見られたのだから。
――フォール様も初デートで用意した贈り物を私が笑顔で受け取った時、こんな温かい気持ちになったのかしら。
そうだったら……嬉しいな。
辺境伯領の勉強をしながら刺繍をしていた日々を思い出し、小さく笑みを零した時、視界の端で険しい顔をしたセバスがお義父さまに近づくのが見えた。
「旦那様、少しよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないが」
セバスに耳打ちされたお義父さまの表情が段々険しくなっていく。
「カーラ、どうかしたか?」
「あっ、いえ、その……」
お義父さま、あんな険しい顔をされて……一体、なにがあったのかしら?
寡黙なお義父さまの表情に少しだけ胸がざわつく。
――まるで、嵐の前触れのような。
「……そうか、分かった」
セバスから離れたお義父さまは、私を抱き締めたままのフォール様に話しかける。
「フォール、すまない。明日の朝、転移魔法で母さんと二人、王都に戻ることになった」
申し訳なさそうな顔をするお義父さまに、何かを察したフォール様が静かに私から離れる。
「そうか……分かった。父さん、気を付けて」
「あぁ、フォールもアランや皆……そして、カーラさんと一緒に頑張るんだぞ」
「は、はい!」
本当は、お義父さんもお義母さんも明日まで辺境伯領でゆっくりする予定だった。
宰相補佐であるお義父さまが呼び戻されるってことは、よほど急ぎの仕事が入ったってことよね。
ここ最近、王都が騒がしいってアンナやレイラも言っていたし。
「……お父様、しっかりしてよ」
休暇中の宰相補佐が急いで呼び戻すなんて。
一応、『有能宰相』って呼ばれているのでしょ。
『じゃあな。二度と、私たち家にその醜い顔を見せるな。今日をもってお前は正式に、公爵家から勘当する』
公爵家を出る時、一方的に勘当を言い渡した父の顔を思い出し、僅かに顔が歪んだ。
――この時、私は気づくべきだった。
王都の混乱の原因が『聖女』と呼ばれた義妹にあることに。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、今回はフォールの誕生日話をお届けしました!
いや~、フォールの重さ全開でしたね(笑)
それに、ツッコむカーラ、実に健気でした(笑)
そんな中、何やら不穏な空気が……
次回もお楽しみに!
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