閑話 桃のタルト
フォール様との初デートを終えて数日後。
よく晴れた庭のガゼボで、私は辺境伯領の歴史が書かれた本を読んでいた。
「へぇ、リスタット辺境伯領って初代聖女が降臨してきた地なのね」
我が国が『聖女誕生の地』であることは王太子妃教育で教わったけど……まさか、その場所がここリスタット辺境伯領だったなんて。
当たり前だけど私、辺境伯領のことを何も知らないわね。
少しでも多く知っていかないと。
――次期辺境伯夫人として。
そして、フォール様の妻として。
『それは、期待していいってことか?』
不意に初デートの帰りの馬車でのことが脳裏を過り、頬が熱くなる。
「っ!」
って私、何を考えているのよ!
ここ最近、まともにフォール様に会えていないからって!
「カーラ様、お勉強は程々にして、そろそろ休憩されて……って、どうされました?」
「な、何でもないわ! 休憩よね? 取りましょう!」
お茶とお菓子を運んできたアンナに声をかけられ、私は慌てて読みかけの本に栞を挟むと邪魔にならない場所にそっと置いた。
そんな私を見て、アンナが何かに気づいてニヤリと笑う。
「もしかしてカーラ様、お勉強の振りをして、ずっとフォール坊ちゃまへの贈り物を何にするか考えていましたか~?」
「そ、そんなわけ……って、ちょっと、アンナ! フォール様に聞かれていたらどうするのよ!」
「えへへへっ、すみません。でも、フォール坊ちゃまが今、魔物討伐で外に出られているのはカーラ様もご存じですよね?」
「そ、それはそうだけど……!」
ここ最近、益々結界の効力が弱まったことで、魔物が頻繁に大森林から出るようになり、次期辺境伯当主としてフォール様が騎士団を連れて魔物討伐に行くことが増えた。
また以前のようなスタンピードが起きてしまうのではないかしら。
辺境伯家に来て間もない頃のことを思い出し、僅かな不安を抱いていると、温かな紅茶と共に、甘酸っぱい香りを漂わせる美味しそうなケーキが運ばれてきた。
「カーラ様、本日のお菓子は桃のタルトでございます!」
「桃のタルト……」
久しぶりに聞いたケーキの名前に思わず笑みを零す。
「カーラ様、いかがなさいました? もしかして、桃がお嫌いだとか……!」
「いいえ、違うわ。むしろ大好きよ。ただ……少し懐かしいと思ってしまって」
「懐かしい、ですか?」
「えぇ」
辺境伯家のお抱え菓子職人が作った、宝石のように艶やかな桃が並ぶタルトを前に、私は王都にいた頃の温かい思い出話をアンナに聞かせる。
――まだ、私が『魔力ゼロ』と判明する前の頃の。
「実はね、お母様が大好きなケーキが桃のタルトで、お母様の誕生日には必ず桃のタルトが出ていたの」
「へぇ、カーラ様のお母様も桃のタルトが好きだったのですね! 実は、奥様やフォール坊ちゃまも桃のタルトが好きなのですよ!」
「そうなの?」
「はい! 何でも、奥様が慕っていた方が好きな物だったらしくて……」
「そうなのね」
今度、お義母さまに聞いてみようかしら?
――フォール様へのお誕生日の贈り物になるかもしれないし。
その時、幼い頃の記憶が脳裏を過る。
『おかあさま、お誕生日おめでとう!』
『ありがとう、カーラ!』
お母様の誕生日当日、私はベッドの中にいるお母様と一緒に、侍女達が運んできてくれた桃のタルトを食べる。
それが、私のささやかな幸せだった。
懐かしい思い出に笑みを深めた私は、桃のタルトに視線を戻す。
「それで、お母様が亡くなって一年後、公爵家の菓子職人がお母様の誕生日にこっそり別邸に桃のタルトを持ってきてくれたの」
その日は、本邸でフィリップ殿下を交えた公爵家主催の盛大なパーティーが行われることになり、使用人たちは朝からその準備に追われていた。
もちろん、パーティーの主役は聖女アリシアで、『悪女』と囁かれた私が呼ばれることはなかった。
そんな中、菓子職人はパーティー用の豪華に彩られたケーキとは違う、お母様のためだけに作った桃のタルトを、人目を盗んでわざわざ、別邸に住む私のところに持ってきてくれた。
『カーラお嬢様、今日はお嬢様にとって大事な日ですのでお持ちしました』
『ありがとう、ジルタル!』
「照れ臭そうに笑いながら大きなホールケーキを持ってきてくれてね。子どもながら『私一人では食べられなかったわ』と思ってしまったわ」
それでも、お母様のことを今でも大切に思ってくれる人がいた。
それだけで、嬉しかった。
――誰も、お母様のことを祝ってくれなかったから。
「では、そのケーキは菓子職人と一緒に食べたのですか?」
「いいえ……義妹に奪われたのよ」
「えっ?」
菓子職人が去ってすぐ、一人分に取り分けた私は、久しぶりの桃のタルトに胸を弾ませていた。
『久しぶりの桃のタルト! 食べるのが楽しみだわ!』
――その時だった。
閉じられたドアを勢いよく開き、フリルと宝石がふんだんに使われた綺麗なドレスに身を包んだアリシアが侍女たちを連れて現れた。
そして、桃のタルトを見つけると私にこう告げた。
『お義姉さま! その綺麗なケーキは、私のためにあるものですから交換してください!』
『えっ?』
義妹からの言葉に、思わず言葉を失う。
何を言っているの?
これは私の……お母様のために作られたケーキなのよ。
「どうやら、彼がケーキを持っていくのを見かけたらしくてね。私が『嫌』という前に、彼女が連れてきた侍女達が私からケーキを奪ったのよ……全て」
『アリシア様、こちらですわ!』
『ありがとう、みんな!』
私から桃のタルトが奪えて、ご機嫌なアリシアは、切り分けたばかりのケーキを大きな口で頬張ると心底嬉しそうに笑った。
――私の目の前で。
「その後、そのことがお父様の耳に届いて、本邸に呼ばれた私は折檻を受け、菓子職人は『二度と菓子を持っていくな!』と厳命されたわ」
『お前のような奴が、優雅に菓子を食べていい立場にあると思っているのか!』
継母と兄、そして、使用人たちから嘲笑を受ける中、怒り狂った父が私の頬を打って怒鳴った。
――私にだって、甘いお菓子を味わうくらい許されても良かったはずなのに。
「では、その後は……」
「えぇ、彼が桃のタルトを持ってくることは無くなったわ」
だから、懐かしいと思ってしまった。
こうしてまた、桃のタルトをゆっくり味わう日が来るなんて。
その時、傍にいたアンナが私の手を包み込むとその場に跪いた。
「カーラ様、これからは桃のタルトを食べたくなったらいつでもおっしゃってくださいね! 私、カーラ様のためならいつでもご用意いたしますから!」
目を潤ませながら懇願する彼女に、思わず鼻の奥がツンとなる。
――あぁ、私はなんて素敵な家に嫁いできたのかしら。
こんな、温かい優しさに溢れた家に。
「えぇ、そうするわ」
その時は、皆で食べたいわ。
お義母様にお義父様、フォール様にアラン様、そしてアンナやセバス達。
――私が大切にしたい家族と一緒に。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、カーラの思い出話でした!
母フィオナとの懐かしい思い出話。
辛いこともあったけれど、今となれば過去の話。
そう思えられるようになれたのは、フォールを始めとした辺境伯領の皆のお陰。
そんなカーラの成長をこの一話に込めました。
そして次回、遂に第三章突入です!
前も話しましたが、短編で出てきた『カーラ』と『アリシア』の過去に纏わる話がメインになります!
どうぞ、お楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




