第53話 あなたが欲しいものは?
「大丈夫か?」
「は、はい」
久しぶりに誕生日を祝われただけでなく、好きな人からの初めて誕生日の贈り物をもらい、一頻り泣いた後、フォール様と共に馬車に乗った私は、屋敷に戻ることになった。
隣で心配するフォール様に思わず目を逸らす。
ううっ、あんなに泣くなんて恥ずかしいわ。
――初めて好きになった人の前なら尚更。
「本当か? 心なしか、顔が赤い気がするが……」
「い、いえ! 本当に大丈夫ですから!」
「そ、そうか」
「すみません、はしたないところを見せてしまって」
公爵家での厳しい淑女教育や王太子妃教育で散々、感情を表に出さない訓練をしてきたはずなのに……本当、貴族令嬢として失格ね。
「いや、良いんだ。むしろ、君が人として感情がちゃんと出せて良かった」
「感情を、ですか?」
「あぁ、多分、物心ついた頃から『我慢』というものを徹底的に叩き込まれたと思うから……我慢が当たり前だった君が、ここに来てようやく、感情を表に出せて良かった」
「フォール様……」
本当にお優しい方だわ。
こんな素敵な方が、私の婚約者……私の好きな人なんて。
顔を上げた私は、キュッとスカートを掴むと少しだけフォール様に顔を近づける。
「フォール様」
「なんだ、カーラ?」
「一つ、お願いしても良いですか?」
「良いぞ、カーラのお願いならいくらでも叶えよう」
「それはさすがに言い過ぎですよ」
全く、隙があればすぐに甘やかそうとするのだから。
彼の言葉に思わず苦笑した私は、そっと笑みを潜めると彼の言葉に甘えてお願いをする。
「私も、フォール様の誕生日をお祝いしたいのです」
「俺の?」
「はい! 私、自分の誕生日を祝うのも久しぶりですが、誰かの誕生日をちゃんとお祝いするのも久しぶりなのです!」
お母様が生きていた頃は、毎年欠かさずお母様の誕生日を使用人総出でお祝いをした。
もちろん、お父様には内緒で。
元婚約者の場合は、毎年、私が用意した自身の誕生日パーティーに別の令嬢をパートナーとして連れて出席し、その傍で私は執務室に籠り、彼に丸投げされた仕事をしていた。
――それに、好きな人の誕生日だもの。ちゃんとお祝いしたいわ。
突然の私のお願いに、驚いたように目を見開いたフォール様は心底嬉しそうに笑った。
「もちろんだとも! カーラが俺の誕生日を祝ってくれるなんて……俺はなんて果報者なんだ!」
――私の方こそ、果報者ですよ。
「もう! フォール様は欲しいものはありませんの!?」
甘いものが好きなお母様には、仲の良かった侍女や料理人たちに手伝ってもらい、クッキーやケーキなどの手作りお菓子を作って贈ったわね。
「俺が欲しいもの?」
「はい! 是非とも聞きたいですわ!」
一体、何かしら?
フォール様も甘いものがお好きだから、どこか有名なお菓子屋さんの焼き菓子かしら?
すると、笑みを深めたフォール様が茜色から藍色に染まる景色を遮るようにカーテンを閉める。
そして、私の左手を取ると薬指に優しく口づける。
「もちろん、君に決まっているだろ、カーラ」
「っ!」
そう言うと、笑みを深めた彼はそっと私を抱き寄せる。
「フォール様!?」
いきなり何を!?
不意に距離を縮められ、心臓の鼓動がうるさい私に、小さく笑みを零したフォール様が私の頭を優しく撫でる。
「カーラ」
「はい」
「俺はな、カーラが俺の婚約者として来てくれただけで、十分なんだ」
「本当、ですか?」
「あぁ、本当だ」
悪意ある噂で周囲から貶められた私が婚約者として来たことで十分なの?
「君が俺の隣にいて、俺の言葉に、俺の一挙手一投足に反応してくれる。そして、さっき俺の服を褒めてくれたみたいに、俺を見て俺を褒めてくれる。それだけで、俺は良いんだ」
「そんな些細なことで良いのですか?」
「あぁ、君は、俺から褒められて嫌か?」
「い、いえ! むしろ、嬉しい……あっ」
「アハハハッ、嬉しいなんて……俺は世界一の果報者だ」
楽しそうに笑う彼の姿が信じられなくて、ゆっくり顔を上げると、目と鼻の先にご尊顔があり、慌てて目を伏せる。
ち、近すぎるわ!
元婚約者とも、こんなに近い距離で接したことは無かったわ!
再び熱くなった顔を隠すように彼の大きな胸に顔を埋める。
「フォール様」
「なんだ?」
「私、フォール様に甘えてばかりで、フォール様に何も返せていません。だから、あなた様の誕生日に少しでもお返しがしたいのです」
もちろん、お祝いしたい気持ちもある。
けど、フォール様はずっと、『私のために』と時間を作ってくださったり、お菓子やお茶、花など私が喜ぶものを贈ってくださったりしていた。
そんな彼に私は甘えてばかりで何もしてあげられていない。
「気にするな……って言っても、カーラは真面目だから気にするよな」
フッと笑みを零したフォール様は、私の首元に顔を埋めると耳元で優しく囁く。
「カーラ。俺は君がくれるものなら何でも嬉しい」
「そうなのですか?」
「あぁ、君が俺のために何かをしてくれる。それだけで十分嬉しい」
「フォール様……」
最近気づいたけど、フォール様ってとても欲が少ないのよね。
私には『ワガママを言ってくれ』って言っているのに。
なんだか、不公平よね。
でも……
「では、フォール様の誕生日には、フォール様が喜びそうなものを贈りますわね!」
すると突然、顎を掴まれて無理やり顔を上げさせられると、ご尊顔が鼻先まで近づいた。
「それはつまり……期待していいってことか?」
「っ!」
カーテンから差し込む僅かな西日が、彼の野性味のある整った顔を照らす。
そして、ルビー色の瞳には、今まで見たことのない熱を宿していた。
まるで、逃げることを許さないような理性を溶かすような色気を含んだ視線だった。
厳しい淑女教育と王太子妃教育を受けた私には、フォール様が言わんとしていることが嫌というほど分かってしまう。
――普段の紳士的な態度で忘れそうになる……彼が男の人なのだということを。
だからって、今は無理に決まっているわ!
視線を逸らした私は、彼の硬い胸に両手を置いて無理やり突き放す。
「それに関しては、結婚した後です!」
「ハハッ、もちろんだ」
いつもの優しいフォール様に戻り、思わず安堵のため息をつく。
あのご尊顔で迫られたら、理性と心臓が持たないわ。
――いずれ、そうなると分かっていても。
「さて、屋敷の準備も終わっているだろう」
「準備?」
「そうだ、カーラの誕生日を皆で祝う準備だ! そのために、両親が戻ってきたのだから。可愛い義娘の誕生日を祝うために」
「えっ!?」
まさか、そのために夫妻が戻って来られていたの!?
初対面の婚約者の誕生日のために!?
驚きのあまり泣きそうになった私は、不意に大事なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「フォール様」
「なんだ?」
「ちなみに、フォール様のお誕生日はいつですか?」
「来月だ」
「来月!?」
って、時間がないじゃない!
血の気が引いていく私に、笑みを深めたフォール様が再び耳元で囁く。
「楽しみにしているぞ、カーラ」
「っ!」
フォール様、それは反則ですわ!
思わず距離をとって耳を塞いだ私はポツリと呟く。
「……一先ず、明日からみんなに聞き込みをしないと」
私よりフォール様のことを知っているのだから。
――その後、フォール様と一緒に屋敷に戻った私は、屋敷の皆様から盛大に誕生日をお祝いされ、再び大泣きした。
ちなみに、丘の上で頂いたフォール様からの贈り物は、ルビーとブラックダイヤモンドがはめ込まれたネックレスだった。
それを見た瞬間、『あんた、本当に余裕なさすぎ!』とお義母さまはフォール様の背中を叩きながら笑われ、お義父さまとアランは揃って苦笑された。
フォール様はとても不服そうだったけど。
でも、私にとって最高の誕生日の贈り物になった。
――ずっと、大切にしよう。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、今話でデート編完結です!
皆様、いかがでしたでしょうか?
辺境で出会った二人が、三か月の時を経てデートをして、ようやく両想いになりました!
いや~、良かったね!
次回、遂に第二章が完結します!
甘々な章を締める話は一体、どんな話のなのか!?
是非とも楽しんでいただけると幸いです。
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




