第50話 フォールが行きたかった場所
「フォール様」
「なんだ?」
「こちらが、フォール様が行きたかった場所ですか?」
「そうだが?」
ここが、フォール様が行きたかった場所……
美味しいお昼を食べてしばらく、手を繋いで賑やかな街を歩いていた私とフォール様は、金の装飾が施された看板と大きなガラス窓を備えた、いかにも貴族向けの高級服飾店の前で足を止める。
「前々からカーラと一緒に来たかったんだ。君が来るまで一ヶ月猶予があったとはいえ、結局、既製品しか用意出来なかったから」
「は、はぁ……」
その既製品、どれも着心地が良くて、思わずアンナに『これ、オーダーメイド?』って聞いて、『いえ、既製品ですよ』って言われて驚いたのだけど。
それにしても、あれが既製品なんて……辺境伯領で扱っている服飾、王都の扱っているものより品質が高いかも。
――お母様が亡くなってから、型の古い質素なドレスを着回していたから尚更。
「さて、カーラ。時間たっぷり付き合ってもらうぞ」
「も、もちろんですわ!」
午前は私の行きたいところに連れて行ってくださったのだから、今度は私がフォール様のお願いを叶える番よ!
口元を引き締めて気合を入れる私を見て、フォール様が困ったように笑う。
「カーラ、そんなに気負いしなくてもいい。俺はただ、君に似合う服を仕立て、可愛い君に似合う装飾品を見繕いに来たのだから」
「えっ?」
もしかして、フォール様が来たかったのって、私のためなの?
笑みを深めたフォール様に優しく手を引かれ、お店の中に入ると、綺麗なドレスや燕尾服に身を包んだ店員さんが揃って頭を下げる。
――まるで、私たちの来店を心待ちしていたように。
「「「「「お待ちしておりました。フォール坊ちゃま、カーラお嬢様」」」」」
「頼むから『坊ちゃま』はやめてくれ。愛する人の前だと格好つかないだろうが」
「っ!」
フォール様、公衆の面前でなんて恥ずかしいことを!
手で顔を覆いながら深いため息をつかれるフォール様の隣で、『愛する人』という言葉に反応して頬が熱くなる私。
すると、お店の奥から甲高い笑い声が聞こえてきた。
「オホホホッ! まさか、坊ちゃまの口から『愛する人』なんて言葉が出てくるなんて! 奥様もさぞかし一安心されたでしょうね!」
「久方ぶりだな、リズール殿。三ヶ月前は大変世話になった」
店内に高笑いを響かせながら現れたのは、見るからに豪奢なデイドレスに身を包んだ貴婦人リズール様だった。
貴族向けとあって、身なりも所作もとても洗練されていて美しいわ。
――まるで、お義母さま……いえ、お母様みたい。
「いいえ~。坊ちゃまが突然、こちらに来て『女性もののドレスを大量に欲しい』と言われた時は、とても慌てましたが……どうやら、間に合ったようで良かったですわ~」
「いや、こちらこそ、突然の大量注文にも関わらず、迅速に対応してくれて大変助かった。いかんせん、うちは母さん以外、ドレスを着る者がいないからな」
「存じておりますわ。フォール坊ちゃま♪」
「だから……はぁ、もういい」
フォール様が諦めたようにため息をつかれ、それを見て、機嫌良く笑ったリズール様が私の方を見る。
「それで、こちらの可愛らしいご令嬢が、坊ちゃまの奥様であらせられるカーラ様ですわね?」
「えっ!?」
か、可愛らしい!? それに、お、奥様!?
フォール様にも事あるごとに『可愛い』と言っていただいているし、街を歩いていた時も『若奥様』と呼ばれたけれど……私、王都で『地味女』って蔑まれていた婚約者よ!
『奥様』と言われて言葉を失う私に、淑女の笑みを浮かべたリズール様が綺麗なカーテシーをする。
「初めまして、カーラ・バリストン公爵令嬢様。私、当店の主、リズールと申します。以後お見知りおきを。そして、当店をどうぞ御贔屓に」
「あ、えっと……初めまして。この度、フォール様の婚約者になりました、カーラ・バリストンと申します。こちらこそ、良い付き合いが出来たらと思います」
そう言ってカーテシーをすると、顔を上げたリズール様の目が鋭く光った……ような気がした。
「さすが、未来の国母とされたご令嬢。淑女らしい気品の高さと物腰の柔らかさは、ドレス注文の際に坊ちゃまから聞いた通り……いえ、それ以上ですわね! つい先日、夫人から届いた手紙で『坊ちゃまの奥様にするにはあまりにも勿体無い!』と絶賛された意味がよく分かりますわ!」
「おい」
「あ、ありがとうございます?」
――これ、褒められるってことで良いのよね?
それにしてもフォール様、リズール様にも私のことを話していてくださったのね。
本当に、フォール様はどこへ行っても慕われているのね。
改めてだけど、こんな素敵な方の婚約者になれたこと、本当に光栄だわ。
照れ臭そうに頬を掻くフォール様に、顔を上げた私が小さく微笑むと、リズール様の視線がフォール様に戻った。
「では、坊ちゃま。先日ご連絡いただいた際に『カーラ様に似合うドレスなど仕立て、装飾品を見繕って欲しい』とおっしゃっていましたが……よろしければ、ドレスを仕立てるだけでなく、今お店にあるドレスからカーラ様に似合うドレスを見繕ってもよろしいでしょうか?」
「えっ?」
――そんなこと、やってもいいの!?
というよりフォール様、今日のデートに合わせてわざわざお店に連絡してくださっていたの!?
私たち以外にお客様の姿が見えないからもしかしてとは思っていたけど……
思わず委縮する私に対し、フォール様は目を輝かせる。
「いいのか! むしろ助かる!!」
「えっ!?」
フォール様!?
良いのですか!?
今日は、私に相応しいドレスを仕立てるだけではなかったのですか!?
「だが、カーラの要望も聞いてくれよ。彼女は俺の……」
「『奥様』ですわよね。もちろん、そうさせていただきますわ! カーラ様は、この辺境伯領に来た至宝なのですから!」
「し、至宝!?」
私、アリシアのような大層な存在ではないわよ!
元第一王子の婚約者だっただけなのに!
「さすが、リスタット辺境伯家御用達の服飾店の店主だ!」
「オホホホッ、お褒めに預かり光栄ですわ~!」
そう言うと、リズール様が私の手を優しくとる。
「さて、カーラ様、どうぞこちらへ! 当店の……いえ、私の全てをかけて、カーラ様に相応しいドレスと装飾品を見繕い、仕立ててみせますわ!」
「は、はぁ……」
――私、一体どうなるの!?
その後、フォール様が満足げに見守る中、私は二時間みっちり、リズール様たちの着せ替え人形になった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、フォールが行きたかった場所は、辺境伯家御用達の服飾屋さん!
目的はもちろん、カーラに服や装飾品を買ってあげたいから!
いや~、仕事の出来る男の本気って怖いですね(笑)
なにせ、2日前に決まったデートの前日に連絡を入れるくらいなのですから(笑)
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