第45話 初めての嫉妬
「カーラ?」
「フォール様は、慣れていますね」
「えっ?」
活気ある街を馬車が走る中、不思議そうにする彼の顔が見られなくて、静かに俯いた私は、スカイブルーのスカートをギュッと握る。
そして、今まで抱いたことのない感情が……どす黒い醜い感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「先程のエスコートもそうですけど、とても落ち着いて私を馬車に乗せてくださり……きっと、過去に同じようなことがあったからなのかもしれませんが」
あぁ、私、何を言っているのかしら。
こんなこと言っても、迷惑だって分かっているのに。
「もちろん、私と5歳離れていますから、私の前にもその……エスコートされた方がいても当然かと思いますし、それが悪いとは申し上げません。次期当主としてそういった方がいてもおかしくありませんので。ただ、なんといいますか……」
でも、止まらない――止められない。
「ご存じかと思いますが、私は元婚約者から冷遇されていました。ですので、このように優しく扱われるのは初めてで、その……」
まるで子どものような幼稚な駄々が、まとまりのない言葉となって溢れ出していく。
――言葉にすればするほど、自分が嫌になっていく。
すると、困った顔をして黙って聞いていたフォール様が私の顔を覗き込む。
「もしかしてカーラ、俺に嫉妬してくれているのか?」
「えっ?」
フォール様に言われてようやく気付く。
このどす黒い感情の正体が、私やアンナがよく読んでいる恋愛小説に出てくる『嫉妬』であることを。
わ、私、なんてことを!
恥ずかしさのあまり顔が熱くなった私は慌てて両手で顔を覆う。
「も、申し訳ございません! 決して、そのようなことは……!」
あぁ、もう!
何をやっているの、私!
嫉妬だなんて……それも、彼の過去に嫉妬するなんて!
淑女として、婚約者として、なんとみっともない醜態を晒しているのよ!
失礼と思いつつも顔を隠しながら謝罪すると、フォール様が酷く残念そうにつぶやく。
「そうか……残念だ」
「えっ?」
ざん、ねん?
恐る恐る顔を上げると、心底残念そうに肩を落とすフォール様と目が合う。
「カーラが俺の過去に嫉妬してくれて、堪らなく嬉しかったのだが」
「嬉しいのですか? 嫌になるとかではなくて?」
私が好んで読んでいる恋愛小説では、そのような描写がよく描かれていたから。
すると、フォール様の表情がパッと明るくなる。
「まさか! 俺にとってご褒美でしかない!」
「ご、ご褒美?」
私の嫉妬がご褒美?
すると、笑みを潜めたフォール様が真っ直ぐ私を見つめる。
「初めてだ」
「えっ?」
「婚約者がいることも。こうしてエスコートしてデートに行くことも、全て初めてだ」
「初めて、なのですか?」
「そうだ、カーラと同じで俺も初めてなんだ」
初めて。
フォール様も私と同じでデートに行くことが初めて。
その時、ドロドロした醜い感情が安堵に変わる。
――それが、堪らなく嫌だった。
「カーラ?」
「私、酷い女です」
「えっ?」
再び俯いた私は、今まで感じたことがない感情を抱きしめるようにギュッと両手を掴む。
「フォール様に今まで婚約者がいなくて、このデートが初めてと知った時、ものすごく安堵してしまいました。私には、婚約者がいて、今までデートする機会はあったはずなのに」
なのに、安堵してしまった。
なんて、なんて浅ましい女なのかしら。
――こんな女が彼の婚約者でいるなんて。
すると、フォール様がフッと笑みを零す。
「だったら、お互い様だな」
「えっ?」
「俺も同じだ。カーラに対して毎日のように嫉妬ばかりしている」
「ええっ!?」
王都で『魔力ゼロの地味女』と蔑まれた私に嫉妬していたの!?
それも毎日!?
「そんなに驚くことか?」
「当然です! だって、フォール様、今までそのような素振り、あまり見せたことがないではありませんか!」
フォール様はたまに過保護になるけど、常に紳士で誠実で……いつも私の意思を尊重してくださった。
嫉妬している素振り、あまり見せなかった。
そんな彼が毎日、私に嫉妬していたなんて……
「それはそうだろ。好きな女に嫉妬する姿を見せるなんて、恥ずかしいしみっともないだろう」
不貞腐れたように顔を歪めた彼が、何かを思い出して頭を抱える。
「屋敷にいる時は、アンナたちと仲良くしているだけで嫉妬するし」
「えっ?」
それだけで嫉妬されるのですか?
私はただ、アンナたちと仲良くしているだけだけど?
「今だって、こんなに可愛いカーラを街の連中に見せると思うだけで、嫉妬で気が狂いそうになる」
「っ!」
顔を上げた彼は、普段の紳士で優しい彼からは想像出来ないくらい、耳を赤くしてそっぽを向いた。
そんな彼の初めて見る表情に胸が熱くなる。
そこまで、嫉妬してくれるなんて。
それに……
「好き、なのですか?」
「えっ?」
「私のこと、好きなのですか?」
今まで、フォール様が私に優しいのは、私が婚約者だからだと思っていた。
――それ以外は無いと思っていた。
だから、思わず聞いてしまった。
すると、視線を戻した彼が真剣な眼差しで私を見つめる。
「当たり前だ。カーラが好きだから嫉妬する。カーラが好きだから……大切にしたいと思うんだ」
「っ!」
彼の真っ直ぐな言葉に、胸が高鳴り、泣きそうになる。
――私、『好き』って言われたの、初めてだわ。
異性に……それも婚約者に。
「でも、まさか、俺の気持ちがカーラに伝わっていなかったとは……いや、俺が言葉にしなかったのが悪いのだが」
「い、いえ、そういうことでは……!」
これは、気づかなかった私のせいというか……!
慌てる私を見て、フォール様がニヤリと笑う。
「だから今日のデートで、カーラに俺がどれだけ好きかちゃんと教えないとな」
「えっ?」
その時、笑みを深めたフォール様が私の隣に座った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、今まで乙女な反応をしていたカーラちゃんが、初めて嫉妬をしてしまいます!
それも、フォールの過去に!
いや~、第一章で淑女として自分を律していた彼女からは想像出来ないくらい、実に人間らしくなりましたね!
初めて嫉妬に戸惑うカーラ、可愛すぎますよね!
これも全て、愛が重いフォールの努力の賜物(?)ですね!
良かったね、フォール!
だがフォール、次回、お前は一体、何をやらかす気なんだ!?(笑)
是非ともお楽しみに!
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