第40話 地味女の仕事
※フィリップ視点です。
父上と公爵の計らい、そしてフォールの英断により、次期国王である僕の婚約者が、あの地味女から愛しいアリシアに変わって三か月。
僕は今、執務室に積み上げられた書類の山の処理に追われていた。
「フィリップ殿下。財務局から『先日、殿下宛に提出しました予算案の決裁が滞っていることで、来月予定されている公共事業の入札が止まっております』と決裁の催促が届いております」
「フィリップ殿下。騎士団から追加補給の承認について催促が来ております。『このままでは、王都の治安維持に多大な支障が出る』と」
疲労と苛立ちを滲ませる部下からの言葉に思わず声を荒げる。
「うるさい! 予算案も追加補給についても今審議中だというのが分からないのか!」
黙らせるように説教すると、小さく肩を震わせた部下が呆れたようにため息をつく。
まただ。
婚約者が変わり、僕が本格的に執務に携わってからずっとこれだ。
次期国王だぞ。
その僕がどうして部下にこのような不遜な態度をとられないといけないのだ!
そもそも……!
苛立ちのまま椅子から立ち上がった僕は、呆れたように見つめる文官たちに自分たちの無能さを指摘する。
「そもそも、お前たちが完璧に整理された状態で僕のところに持ってこないのが悪いだろが! 前までは出来ていたであろう!」
そうだ、優秀な僕の仕事が滞っているのは、部下たちがちゃんと上司である僕が見やすいように書類を完璧に整えていないからだ!
あの地味女がいる時は、ちゃんと出来ていたはずなのに!
すると、部下たちではない男の声が反論した。
「それは、カーラ嬢が整えていたからですよ」
「っ! 貴公は!」
僕の正論に意を唱えたのは、公爵の部下であるリスタット辺境伯だった。
呆れたように溜息をつく辺境伯の言葉に、先程まで疲れたような顔をしていた部下達が、一斉に辺境伯に尊敬の眼差しを向ける。
気に食わない。
上司は僕なのに。
「辺境伯、宰相補佐である貴様には関係ない話だ」
「そうですね、宰相補佐である私には関係の無い話です。現に私がここに来たのは、あなた様の言い分を指摘しにしたわけでなく、宰相の命令で殿下に書類を届けに来ただけなのですから」
そう言うと、僕の前に来た辺境伯が、何の躊躇いも無く僕の机に持ってきた書類を置く。
「うっ!」
また書類が増えた。
昨日来た書類も終わっているかも定かではないのに!
否応なしに仕事が追加され、顔を引き攣らせる僕を見て、目つきを鋭くした辺境伯が思わぬ事実を告げる。
「殿下はご存じないでしょうが、殿下の元婚約者であるカーラ嬢は、殿下が快適に滞りなく仕事を進めるために、殿下から丸投げされた仕事の処理だけでなく、文官たちが仕上げた書類を綺麗に整理していたのです。そのせいで毎日、夜遅くまで執務室で仕事をしていたのですよ」
「は?」
あの女が書類を整理していただと?
ここにいる優秀な部下じゃなくて?
唖然とした表情で部下の表情を見ると、皆が気まずそうに眼を逸らす。
「嘘、だろ? だって、あの地味女は、お茶くみ程度の簡単な仕事しか……」
「本気でそう思われているのですか?」
「っ!」
辺境伯の殺気交じりの気迫に思わず口を噤む。
そんな僕に、辺境伯は更なる事実を突きつける。
「殿下。先程も申し上げましたが、カーラ嬢に仕事を押し付けていましたね? アリシア嬢との愛を育むために」
「あ、あぁ……でも、さっきも言ったが、全てお茶くみ程度の簡単な仕事で、部下の判断でも出来るものだったぞ」
次期国王とはいえ、僕も一人の男性。
愛する女のために時間を作りたい。
とはいえ、王国の未来に関わる仕事を放棄するわけにはいかない。
そんな時、公爵が『王太子妃教育の一環で、自分の領地運営の一部を任せている』という話を聞いて、『それなら、僕も王太子妃教育の一環として、あの女に簡単な仕事をさせよう』と思い、『魔力ゼロで地味な無能だから』という至極当然の理由で、あの女に仕事を丸投げしていた。
そして、部下に地味女に任せた仕事の最終確認をさせた。
「……本当に分かっていないのですね。長年宰相の下で働いている文官が言っていましたよ。『カーラ嬢がいた頃は、提出した書類は遅くとも翌日には戻ってきて、執務室も今のような有様ではなかった』と」
「は?」
何を言っている?
僕よりあの地味女が優秀だと言いたいのか?
僅かに苛立つ僕に、執務室の様子を見て、深くため息をついた辺境伯が再び鋭い視線を向ける。
「殿下。あなた様は、『部下の判断でも出来る仕事』とおっしゃっていますが……あなた様が押し付けた仕事は全て、殿下の判断が無いと出来ないものなのですよ」
「は? 嘘だろ? 僕はちゃんと仕事を選んであの女に任せていたぞ?」
そうだ。『次期国王』である優秀で心優しい僕は、ちゃんと内容を吟味した上であの女に仕事を任せ、部下に最終確認だけするように指示していた。
「嘘ではございません。そもそも、あなた様に来た仕事を文官が判断出来ると思っているのですか? 国の未来を左右するような決断を?」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なことではないのだから、このように申し上げているのです」
「っ!」
辺境伯の静かな気迫が、執務室の空気を凍てつかせる。
全く、たかがあの女に押し付けた仕事程度で目くじらを立てるんじゃない。
……まぁ、日を追うにつれて、あの女に押し付けた仕事が多くなったことで、部下の判断では進められないものが多くなったかもしれないが。
とはいえ、辺境伯は武勇には優れていても、政務となると途端に視野が狭くなるらしい。
本当、これだから田舎貴族は。
辺境伯の見当違いな指摘に内心呆れつつ、小さく笑みを零した僕は、辺境伯と部下に吉報をもたらす。
「とはいえ、今はこうして僕も本格的に仕事に復帰した。そして、もう少しすれば、あの地味女よりも遥かに優秀な僕のアリシアがくる。そうなれば、もっと効率よくなるはずだ」
そうだ。
『聖女』に相応しい力と誰からも愛される美貌を持ち、あの地味女よりも先に王太子妃教育も終えたアリシアだ。
今は、『王太子妃になったという事実を受け止めたいのです』という理由で休んでいるが、もうすぐしたら王妃教育の開始と同時に僕のところに補佐としてくる。
そしたら、執務室を埋め尽くさんとばかりの書類の山もあっという間になくなる!
「果たして、そうなればいいのですが」
「は?」
「いえ、では私はこれで。それと、明日から妻と二人で領地に戻ります」
「そうか」
「はい、辺境伯家当主として、そろそろ新しい家族と顔を合わせないといけないですから」
「新しい家族……あぁ、あの地味女のことか」
せいぜいあの女の無能ぶりを目の当たりにして頭を抱えるがいい。
僅かに目を細めた辺境伯は、何かを諦めたかのように小さく肩をすくめると静かに部屋を後にした。
フン、見ていろ。
貴様の息子より遥かに優秀な僕とアリシアが、次期国王と王妃としてどれほど相応しいかを!
「さて、仕事に戻るぞ。昨日きた仕事も終わっていないだろうからな」
アリシア。ここ最近、君に会えなくてごめん。
でも、君が来てくれたら、またあの時のように一緒に過ごす時間が増えるから。
心の中で懺悔した僕は、愛しい人が来ることを夢見て、目の前の書類を片付けていく。
――だが、この時の僕は知らなかった。
優秀であるはずのアリシアが、あの地味女の代わりになれないことを。
むしろ、アリシアが来たことで、王宮全体の仕事……ひいては、王都全体の機能が更に滞ることを。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、お久しぶりのフィリップ登場です!
いや~、第一章では、カーラがいなくなり、アリシアが未来の妻になって有頂天になっていた男でしたが、第二章でようやく現実を見ましたね(笑)
まぁ、カーラに仕事を押し付けていた男が、急に仕事に復帰したところで、カーラと同じ仕事が出来るかと言われたら……この男の性格からして無理でしょうね(笑)
ある意味、同族……いや、それ以上に酷いアリシアが加わるなら尚更。
不穏な空気が流れる中、次回はカーラとの初デートに浮かれるフォールのお話です!
この物語は、カーラとフォールの物語ですからね。
ちゃんと、話の流れを戻さないと(笑)
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




