第39話 おとうさま、おかあさま
「へぇ~、それで絶対安静の後、カーラちゃんはマホロフの指示に従って、屋敷で過ごさせているのね。やるじゃない、フォール」
「うるさい」
エントランスホールでのご挨拶をすませてすぐ、庭のガゼボに移動した私たちは、完璧に整えられたティータイムセットでささやかなお茶会が催された。
なんでも、家族の誰かが長期間領地を離れた場合、帰ってきた時には必ず行うとのこと。
「本当、兄上の義姉上に対する溺愛ぶりは、思わず『別人ですか?』と疑いたくなるくらいですよ」
「アラン、お前まで言うか」
夫人とアラン様にいじられ、不機嫌そうなフォール様。
そんな三人を見て、難しい顔をしていた辺境伯様がフッと笑みを零す。
これが、辺境伯家の空気なのね。
すごく好きだわ。
辺境伯家の穏やかな空気に、笑みを浮かべていると、フォール様を茶化していた夫人の視線が私に移る。
「ねぇ、カーラちゃん」
「何でしょう、夫人」
「もう私たち、家族なんだから、出来れば『お義母さま』って呼んで欲しいわ」
「っ!」
その言葉に一瞬、頬が引き攣る。
それは、ここ10年呼ばなかった呼称だった。
――いえ、呼ぶことを許されなかった呼称だったから。
『あんたみたいな地味女に、お義母さまなんて呼ばれたくないわ!』
初めての顔合わせの時に継母から言われた痛烈な一言。
その後、別邸に押しやられたからあの人と顔を合わせることは滅多になかったけど、あの時にかけられた言葉は今、呪いのように私の喉を詰まらせる。
すると、笑みを潜めた夫人が僅かに震えている私の手を優しく包み込んだ。
「カーラちゃん。今のあなたが、私を『お義母さま』って呼ぶのが難しいことは、フォールから話を聞いているから分かっているわ」
フォール様、そのようなことまで夫人に話していたのですね。
「でも、せっかくこうして家族になれたのに、『夫人』って呼ばれるのはその……寂しいの。だから、呼んでくれないかしら?」
「…………」
本当に、呼んでもいいのかしら?
すると、今まで黙って話を聞いていた辺境伯様が口を開く。
「カーラ嬢……いや、カーラさん。私からも辺境伯様ではなく、『お義父さま』と呼んで欲しい」
「…………」
『おとうさま』『おかあさま』
試しに心の中で呼んでみる。
その時、亡くなる直前のお母様の顔と、冷たい目で私を見るお父様の顔と、侮蔑の目を向ける継母の顔が頭の中に思い浮かんだ。
分かっている。
目の前にいる人たちは、あの人たちじゃない。
でも、拒絶されそうで怖い。
『君はもう我が辺境伯家の一員だ』
『もう私たち、家族なんだから』
それでも、辺境伯家に来て間もない私を、温かく受け入れてくださった人たちの期待に応えたい。
ギュッと手を握りしめた私は、心配そうに見つめる二人の顔にぎこちない笑みを向ける。
「分かりましたわ……お義父さま、お義母さま」
「「っ!!」」
少しだけ震えた声で、二人を呼ぶ。
すると、呼ばれた二人の瞳が僅かに潤む。
そして、感極まった夫人……お義母さまが私を強く抱きしめる。
「お、お義母さま!?」
「まぁ~~、カーラちゃん! なんて健気で可愛いのかしら! この子がフォールのお嫁さんだなんて、勿体ないわ~~!!」
「おい、それを本人の前で言うか?」
私の隣で不機嫌そうに頬杖をつくフォール様に、お義母さまが意地悪そうにニヤリと笑う。
「だってあなた、まだデートにも誘っていないんでしょ?」
「うっ! そ、それは……!」
「お義母さま、実はその……」
過度な睡眠不足と栄養失調で倒れそうだった私の体調を鑑みてくださったんです。
昨日、ようやくマホロフさんから外出許可が出た私が慌てて事情を話そうとした時、私から離れたお義母さまが笑みを潜める。
「あなたが、カーラちゃんの体調を気遣って遠慮していたのは知っているわ。でも、そろそろ良いんじゃない?」
「まぁ、そうだが……」
難しい顔をしたフォール様がしばらく考え込んだのち、小さく息を吐くと私に視線を向ける。
「カーラ。良かったら今度、俺とデートしないか?」
「え、あ、その……」
突然、言われるとなんと返事したらよいか……
口ごもる私に、フォール様が心配そうな目を向ける。
「嫌、か?」
「い、嫌ではありませんわ! ですがその……ご迷惑ではないですか? ここ最近、魔物討伐や次期辺境伯家当主としてのお仕事でお忙しいと思いますし……」
「迷惑ではない」
噛みつくように否定したフォール様が真剣な目で私を見る。
「カーラのために時間を使うことが迷惑なわけあるか」
「っ!」
『地味女のお前のために時間を使うなんて、本当に時間の無駄で迷惑だな!』
お茶会の度に、元婚約者に言われていたことが脳裏を過る。
あの方は、私との時間を『迷惑』だと言って蔑んだ。
でも、この方は私との時間を『迷惑ではない』とおっしゃった。
嬉しい。私との時間をそのようにおっしゃってくださるなんて。
でも、それをご家族の前で言わないでくださいまし!
とても恥ずかしいですわ!
フォール様の言葉に頬が熱くなった時、隣で聞いていたお義母さまが再びニヤリと笑う。
「あら~~!! それじゃあ明後日、二人でデートに行ってらっしゃい!!」
「えっ!?」
「母さん!?」
明後日、フォール様とデート!?
お義母さまの突拍子もない提案に、僅かに口角を上げたお義父さまが後押しする。
「そうだな、せっかく私たちが帰ってきたんだ。明日のうちに最低限の引継ぎをしてもらえば、私とアランで仕事を回す。だから、二人で街に遊びに行ってこい」
「父さんまで……」
深々とため息をついて頭を抱えたフォール様は、呆れ顔のアラン様に視線を送ると、私に視線を戻す。
「すまない、カーラ。明後日、二人でデートしよう」
「わ、分かりましたわ!!」
突然決まったことだけど、フォール様とのデート、今から楽しみだわ!
すると、満足げに頷いたお義母さまが席を立つ。
「では早速、今から侍女のアンナと一緒に明後日のカーラちゃんが着るデート服になにするか決めないと!」
「えっ、お義母さま!?」
思わず声が裏返った私に、お義母さまが恍惚とした表情を浮かべる。
「この時のために、王都でカーラちゃんに似合う服をたくさん買ってきたんだから! はぁ~~、初めて出来た義娘と脳筋息子の初デート! 母として腕が鳴るわ~!」
「奥様! カーラ様を最高の淑女に仕立て上げましょう!」
「もちろんよ! 今よりもっと素敵なカーラちゃんに仕立て上げて、フォールを今以上に骨抜きにしてあげるわ!」
「骨抜き!?」
『地味女』と蔑まれ続けた私が、凛々しく整ったお顔立ちのフォール様を骨抜きになど、本当に出来るのかしら?
すると、頭を抱えたフォール様がポツリと呟く。
「……もう既に骨抜きにされているから、これ以上は勘弁して欲しいのだが」
「フォール様!?」
「あら~、そんな甘いことを言っているうちはまだまだね!」
「お義母さま!?」
……私、一体どうなってしまうの!?
目まぐるしく変わる状況に追いつけず、唖然とする私に、男性陣は全て悟ったかのように深くため息をついた。
――その頃、第一王子の婚約者が変わったことで、正常に回っていた王宮の仕事が既に滞り始めていることを、私はまだ知らなかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、カーラ、ようやく辺境伯家の一員になれました!
おめでとう!
愛のある家族の一員になれて良かったね!
(実の家族は色々と終わっていたから(笑))
さて、次回はお久しぶりのフィリップが登場!
未来の妻をカーラからアリシアに変えて、有頂天だった彼の今の姿とは!?
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




