第4話 言っている意味が分かっているの!?
「『お願い』って……まさか!」
空色の瞳を潤ませながら口にしたアリシアの言葉に、私の心臓が嫌な音を立てる。
もちろん、悪い意味で。
勢いよくソファーから立ち上がった私は、アリシアを庇おうとした侍女を押しのけて彼女へ詰め寄る。
「あなた、自分が何をお願いしたのか分かっているの!?」
公爵家が、王命で定められた婚約を変えるよう進言した。
それはつまり、一貴族が王家の決定に口を出したということ。
これが、『次期国王が国家反逆を企て、そのために隣国から来た王女と懇意にしているから王命の内容を変えて欲しい』などの正当な理由ならまだいい。
王家の暴走を諫めて止めるのもまた貴族の――特に、建国時から国の内政を司っている我が公爵家の役目なのだから。
現に、お父様は宰相として国王陛下を支えつつも監視役として目を光らせている……はず。
でも、これはどう考えても正当な理由ではない。
完全に私的の……元平民の公爵令嬢のワガママが理由になっている。
私に詰められたアリシアは、驚いたように大きく目を見開くと、不貞腐れたようにそっぽを向く。
「なによ。たかが『婚約者を交換してほしい』ってお願いしただけじゃない」
「『たかが』って……あなた、本気で『たかが』ですむと思っているの!?」
王命で定められた婚約を、国の未来を見据えて結ばれた婚約を『たかが』で変えられるわけがないじゃない!
すると、目を吊り上げたアリシアがソファーから立ちあがって私を睨みつける。
「なんですか! 私はただ、フィリップ様の婚約者を、魔力ゼロで地味なお義姉さまから、『聖女』で容姿も完璧な私に変えてほしいと言っただけです! フィリップ様との仲だって、お義姉さまより私の方が良いですし!」
「っ!」
婚約者がいる殿方を平気で名前で呼んでいるこの子は、本当に分かっていないのね。
深くため息をついた私は、ソファーに戻って腰を下ろすと額に手をあて、ゆっくりとアリシアに視線を向ける。
天使のような可愛さをもつアリシアが、怒ったように頬を膨らませて拗ねるところは、何も知らない周囲から見れば、さぞかし可憐で庇護欲がそそられるのでしょうね。
私には、ただの“世間知らずなワガママ娘”にしか見えないけど。
小さくため息をついた私は、頬を膨らませたままのアリシアを静かに諭す。
「アリシア。確かに、私は容姿も魔力もあなたに比べたら劣っているし、フィリップ様との仲もあなたに比べたら良いものではないわ」
「でしたら……!」
「でも、私とあの方の仲の悪さは、あなたが来る前から続いているのよ」
「えっ?」
どうやら、この子はフィリップ様から何も聞かされていないらしいわね。
心底驚いた顔をするアリシアに、私は彼女が公爵家に来る前までのことを聞かせた。
「さっきも言ったけど、私とフィリップ様の婚約は王命で決まったもの。当然、そこに当人同士の意思など存在しないわ」
貴族と王族の婚約なんてそんなもの。
なにせ、国の命運を左右するのだから。
「でも、夢見がちなフィリップ様は“恋愛結婚”に強い憧れを抱いていた。そして、容姿が美しい女性をとても好んでいたのよ。だから、フィリップ様は私のことを嫌っていた。最初からね」
『僕は、王命で定められた婚約で結ばれた地味な君を一生愛することはない。だから、結婚したら愛人を作る。当然、愛人との子を君の子として扱わせてもらう。もちろん、育てるのは僕の愛人だ。君はただ僕と愛人のために仕事をすればいい。地味な君は、恋愛より仕事の方がお似合いだろうから』
最悪の顔合わせから数日後。
初めての二人きりのお茶会で、冷たい目をしたフィリップ様から言われた。
この国で『絶世の美女』と謳われる王妃様を心から慕っている彼にとって、地味な容姿の私との婚約は最初から不本意なものであることは、その言葉で嫌というほど理解した。
そう言えば、顔合わせが始まるまでは『王子様と結婚出来るなんて嬉しい!』なんて浮かれていたわね。
まぁ、顔合わせの時にとことん罵倒されたことで一気に冷めたし、このお茶会をきっかけに彼に対して何も思わなくなったわ。
だって、初めてのお茶会以降、定期的に行われるフィリップ様とのお茶会は毎回五分以内で終わるから。
そして、予定よりも早く戻ってくる度にお父様から『お前、殿下の心をちゃんと繋ぎ止めているのだろうな!?』と責め立てられていたわね。
過去の苦い思い出が脳裏に蘇り、私は淑女らしくない本音を吐露する。
「私だって、あんなクズ男と結婚なんて願い下げよ」
あんな、容姿と魔力と家柄だけで人を判断し、婚約者を放置して好みの女性に甘い言葉を囁いて近づく節操無い男なんて。
「でも、王命だから仕方ないのよ」
「フィリップ様を『クズ』呼ばわりなんて……酷すぎます、お義姉さま! あの方は、私だけを愛してくださっているのです!」
「だから、それがクズだって言っているのよ」
婚約者の義妹と堂々と恋仲になる人間を“誠実”と呼ぶなら、彼は間違いなく誠実だわね。
義妹限定だけど。
再び小さくため息をついた私は、現実を見させるように義妹を咎める。
「それなのに、あなたはお父様に婚約者を交換するよう頼んだ。そんなことをすれば、我が家は王家に潰されてもおかしくないのよ」
王命を私的理由で変えて欲しいと懇願するなんて……国家反逆罪として爵位を取り上げられても文句は言えない。
すると、ようやく現実が見えたのか、焦ったアリシアが聞き捨てならないことを口にする。
「そ、そんなことありません! だって先程、王宮でフィリップ様とお茶会して、その時にこのことを相談したら、『どうにかする!』って言ってくださいました!」
「は?」
「お父様も昨日、私の話を聞いて『それなら少しだけ掛け合ってみる。陛下は私の話を聞いてくれるから』って……」
「え?」
嫌な汗が背中を伝い、顔から血の気が引くのを感じた。
「ちょっと待って。お父様だけじゃなくて、フィリップ様にも話したの?」
マズい。
マズすぎる。
公爵家が正当な理由もなく、王命を変えようとしていることを王族に知られてしまえば……!
その時、部屋の外が急に騒がしくなったかと思いきや、閉ざされていた扉が大きな音をたてて開いた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
カーラが必死になって説得していましたが、既にアリシアがやらかしていました(笑)
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




