第3話 お前は辺境伯家に行け
「お父、様……」
唖然としていた私の腕を掴んだのは、バリストン公爵家当主であり、私とアリシアの父、セドリック・バリストンその人だった。
アリシアとお継母様を迎えてから、屋敷へ戻ることが増えた父だけど、私に対しては相変わらず、仕事を押し付けるか理不尽に叱る以外、まともに顔を合わせて話すことはなかった。
ほぼ毎日、私が王宮で夜遅くまで公務をしていることも相まって。
久しぶりに見る父の顔は、いつも通り不機嫌そうで、私を見下ろすコバルトブルーの瞳は、まるで私を都合の良い道具としか見ていない。
その瞳に普段なら怯えてしまう。
けれど、今はそれどころじゃない。
「お父様、私……」
「黙れ」
「っ!」
冷たく咎められ、思わず肩を震わせる。
染みついてしまった恐怖が言葉を詰まらせる。
そんな私に、不機嫌そうに鼻を鳴らした父は、腕を掴んだまま足早に部屋の外へ連れ出す。
「お父様、一体どこへ……」
「カーラ、お前は今すぐリスタット辺境伯家へ行け」
「えっ?」
仕事を押し付ける時と同じ声色で命じられ、体の芯が冷えていくのを感じた。
本当に。
私が、リスタット辺境伯家へ――アリシアの嫁ぎ先へ行くの?
それも今から?
「お父様、この状況を分かっていらっしゃるのですか?」
いつもより冷たい声でお父様を問い質す。
貴族社会において、婚約とは家にとって最も重要な契約。
まして我が家の場合は王族との契約。
この国の未来を左右する重要な約束なのよ。
「もちろんだ。私はこの国の宰相なのだから」
「でしたら、どうして止めなかったのですか?」
『婚約者交換』という貴族社会にとって前代未聞の出来事が、王族と公爵家の間だけで決められた。
貴族への根回しも。
諸外国への通達も。
何一つないままに。
これがどれほど危険なことか、宰相であるお父様なら理解していたはずなのに。
その時、引き摺られるように玄関ホールへ連れて来られた私は、その場に集まる人々を見て息を呑んだ。
本邸にいるはずの使用人たち。
お継母様。
そして次期当主であるエイモンお兄様。
全員が、まるで汚物でも見るような目を私へ向けていた。
別邸にこれほど人が集まるなんて、ここへ追いやられた時以来だわ。
それに、こうして皆の顔を見るのも随分と久しぶり。
普段はほとんど顔を合わせないのだから。
「……どうやら、本当に『婚約者交換』を知らなかったのは私だけだったみたいね」
当事者だけが知らない。
本当、笑えない。
大罪人を見るような視線を浴びる中、お父様の足が別邸の前に停められていた古びた馬車の前で止まった。
「お前の荷造りは済ませてある。文句はないだろう」
「……聞いておりませんが」
聞いていない。
いいえ、聞かされていない。
それに私は、まだ問いへの答えを――
「ハッ。『魔力ゼロ』のお前にわざわざ言う必要があるか? 公爵家の汚点であるお前に」
「…………」
そうよ。
この人は私を欠陥品としか思っていない。
都合の良い道具としか見ていない。
まともに話など聞いてくれない。
――それでも確かめたかった。
この異常事態を、この人が正しく理解しているのかを。
その時、お父様の隣から甲高い罵声と共に何かが飛んできた。
「黙りなさい! アリシアより劣るくせに、愚かにも危害を加えようとする泥棒猫が!」
「きゃっ!」
耳を劈く声と共に頬に鋭い衝撃が走り、遅れて熱と痛みが広がっていく。
――相変わらず容赦が無いわね。
ゆっくりと頬へ手を添えた私は、頬を叩いた人物に視線を向ける。
そこには鉄製の扇を握りしめ、血走った瞳で私を睨みつける継母がいた。
そういえば、この人は私を見るたびに、何かしら理由をつけて侮蔑と暴力を浴びせてくるのだった。
けれど――泥棒猫?
泥棒猫というのなら、それはあなたの娘の方ではないの?
「こら、ダリアナ。暴力はやめなさい。君の手はそんな乱暴なことをするためのものではないだろう?」
「あら、ごめんなさい。あなたの困った顔を見たら、つい手が出てしまったの」
「そうだったのか。ありがとう、我が愛しいダリアナ」
「うふふ♪」
父と継母が互いを見つめ合い、甘い声で笑い合う。
傍から見れば微笑ましい夫婦の姿。
けれど今の私には、ひどく歪んで見えた。
先程見た、アリシアとフィリップ様の姿と重なって。
――吐き気がするわ。
人を踏みつけながら幸せそうに笑う、その姿を見ると。
継母と一頻り愛を確かめ合った父は、視線を私に戻して鼻で嗤うと再び腕を掴み、そのまま馬車へと放り込んだ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、短編みたいにアリシアを諭す暇もないまま、カーラがさっさと辺境伯家に行くことに!
怖いですね(笑)
※大幅改稿しました。
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




