第2話 王命による婚約
「アリシア、あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
目を潤ませ、頬を紅潮させているアリシアを咎めるように問い質す。
いつもの『あのネックレスが欲しい!』や『婚約者からもらったドレスを譲って!』という理不尽極まりないワガママでは済まされない。
だって私の婚約者は……
「お義姉さま、この私を馬鹿にしないでください!」
胸を張って得意げに言い返すアリシアを傍にいた侍女がすかさず援護する。
「そうです! アリシアお嬢様は、愚鈍で地味で、おまけに平民と同じ『魔力ゼロ』のあなたよりずっと賢くて美しくて優秀な――」
「あなたは黙っていて」
「っ!」
『公爵令嬢を罵倒する』という無謀としか思えないことを躊躇なくしてきた侍女をぴしゃりと言って黙らせる。
本来、一介の侍女が屋敷の主の娘を堂々と罵倒して怒るなんて不敬罪もの。
即刻解雇されてもおかしくない。
とはいえ、私を罵倒してきた侍女はアリシアのお気に入り。
今や、『聖女』アリシアが中心であるこの屋敷では、そんな貴族的な常識はまかり通らないので、私を罵倒したところでアリシアが望むのなら彼女が解雇されることはない。
むしろ、私が『アリシアを傷つけるな!』とお父様から叱られる。
だって私は、アステタント王国の貴族なら誰でも持っている魔力を全く持っていない、平民と同じ『魔力ゼロ』の公爵令嬢。
貴族として欠陥品である私が、真実を言ったところで、魔力と容姿を重視しているお父様が聞く耳を持ってくれるはずがない。
溺愛しているアリシアが絡んでいるなら尚更。
そんな侍女から鋭い視線を向けられているけど、今はどうでもいい。
このワガママが我が家の存続にも関わるものだから。
「それで、アリシア。私の婚約者が誰か分かっているの?」
「当然です! この国の王太子であらせられるフィリップ殿下でしょう!」
「あら、ちゃんと分かっているじゃない」
「だから、バカにしないで!」
別にバカにはしていないんだけど。
可愛らしく頬を膨らませるアリシアに対し、呆れたようにため息をつく。
そう。私の婚約者は、このアステタント王国の王太子、フィリップ・ル・アステタント殿下。
王族に相応しい美麗な容姿と豊富な魔力量、品行方正の文武両道、親しみやすい人柄から国民からの信頼も厚い、次期国王に相応しいお方。
……というのが、世間での彼の印象。
実際は、全然違うんだけど。
『下民と同じ魔力ゼロで地味な容姿なお前が、王太子の婚約者なんて輝かしい我が国の歴史に泥を塗っているのと同じだな!』
初めての顔合わせの時に言われたことを思い出し、小さくため息をつく。
一応、私が魔力ゼロであることを知っているのは公爵家と王家のみ。
初対面でいきなり容姿と魔力を指摘してから、彼は何かあれば『地味な容姿』と『魔力ゼロ』を理由にこき下ろしてくる。
そして、面倒な仕事は私に押し付け、自分は堂々と義妹と浮気をしている。
そんな最低男、こっちから願い下げよ。
でも……
「なら、分かっているはずよ。私とフィリップ殿下の婚約は王命で決められたもの。それは、王国内でも周知の事実。だから、あなたの一存で勝手に変えられるものではないわ」
私と殿下の婚約が決まったのは、お母様が亡くなる少し前。
お父様と共に王宮へ呼び出された私は、その日のうちに王命で王太子殿下の婚約者になった。
選ばれた理由は、王家に相応しい人物が公爵令嬢である私しかいなかったから。
他の貴族令嬢が聞けば、間違いなく憤慨するわよね。
そんな理由でフィリップ殿下の婚約者に選ばれてから、『王太子の隣に相応しい淑女に成れるように』とほぼ毎日のように王宮へ通って、厳しい王子妃教育を受けた。
淑女としての礼儀作法はもちろんのこと、王国の歴史や文化に内政、果ては近隣諸国の言語と外交関係。
未来の国母として、覚えることは山のようにあった。
『全ては、未来の国母として次期国王であらせられる殿下を支えるためです!』
そう言って、王家が雇った家庭教師たちは、殿下の婚約者である私に容赦なく教育を施した。
ほんの僅かでも間違えれば叱責。
少しでも弱音を吐けば叱責。
愚痴など零そうものなら鞭が飛んでくる。
失敗が許されない環境下で、私は『殿下を支える理想の王子妃』になるために必死に食らいついた。
そして、王宮から屋敷に帰ってきても王太子妃教育は続く。
『お前が立派な国母になれるよう、屋敷での生活も全て王家へ報告するからな!』
疲労困憊で帰ってきた私に、お父様は休息を与えなかった。
少しでも休めば叱られる。
気を抜けば叱られる。
王太子の婚約者から選ばれてから、毎日が地獄だった。
それでも、私は必死に耐えてきた。
王命とはいえ、未来の国母に選ばれたのだから。
そんな王命で定められた婚約を、私をこれまでの頑張りを、『交換したい』という理由で無しにすることなんて出来ない。
結婚式まであと一週間のこのタイミングで。
いくら、王家に次ぐ権力を持つ公爵家とはいえ、王命に逆らって婚約者を変えれば、ただでは済まされない。
……たとえフィリップ殿下が、私よりアリシアに好意を寄せていたとしても。
王子妃教育で忙しい私の目を盗み、殿下がアリシアと何度もお忍びデートをしていたとしても。
使用人たちが、それを知りながら黙認していたとしても。
子どもを言い聞かせるように諭すと、アリシアは更に頬を膨らませてそっぽを向く。
「だってぇ私、お父様やお母様、それに大好きなフィリップ様と離れて、『リスタット辺境伯家』なんて田舎貴族のところへ嫁ぐんですよ? そんなの絶対嫌ですわ!」
「アリシア! 滅多なことを言うものではありません!」
「ぐすっ、だってぇ~」
瞳を潤ませて甘えたような声を出すアリシアに、隣にいた侍女が冷たい目を向けてきて、再び呆れたようにため息をつく。
まったく。
一応、公爵家の一員なのだから、いい加減その子どもっぽさをどうにかしてほしいわ。
アリシアのワガママは――本気で、公爵家の命運を左右しかねないものなのだから。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、短編に出てこなかったフィリップの本名と王国名が出てきました!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




