閑話 辺境伯家の一員として
リスタット辺境伯家に来てから半月が過ぎ、新しい生活にも少しずつ慣れてきた。
朝起きて、三食ちゃんと食べて、やりたいことをして、時々お菓子を食べて、ぐっすり眠る。
貴族令嬢にとって当たり前の日常が、ここに来て、ようやく私の日常になりつつあった。
――王都にいた頃では到底考えられないわね。毎日、仕事や勉強に追われていたから。
そして、屋敷の歩き回るようになってから、使用人の皆様や、フォール様やアラン様のもとで働く文官の皆様と少しずつ打ち解けられるようになった。
アンナやセバスを含め、ここにいる人たちは皆、本当に優しくて、私を見かけると必ず挨拶してくださるし、何かと気にかけてくださる。
それが彼らの仕事なのは分かっているし、貴族令嬢であれば当たり前のことなのでしょうけど……約10年間、誰からも見放されていた私にとって、その些細な当たり前が堪らなく嬉しかった。
そんな私は毎日、午前は図書館に行ってアンナと一緒に読書を楽しみ、午後はアンナと一緒に刺繍の練習をしていた。
明るく人懐っこいアンナは、私と同じく恋愛小説が大好きで、図書館ではアンナのオススメの小説を読むのが毎日の楽しみになっていた。
アンナのオススメする小説、どれも面白くて何度も夜更かししそうになるのよね!
……まぁ、その度にフォール様に『カーラ』って呼ばれて注意されるのだけど。
そして、私の侍女になる前、辺境伯家の裁縫部門で働いていたアンナから刺繡の手解きを受けている。
というのも、彼女が辺境伯家に働くことを許されたのは、裁縫の腕を見込まれたからで、その腕は屋敷でも一番だそう。
――普段は、おっちょこちょいで、なにかとレイラから怒られているけど。
ちなみに、彼女が辺境伯家で働き始めた理由は『両親が意地悪な幼馴染と婚約を結ぼうとしたから、それから逃げるために辺境伯家で働き始めた』らしい。
裏表のない彼女らしい理由で……少し、羨ましいわ。
公爵令嬢だった私には、アンナみたいな決断は出来なかったから。
「おっ、カーラ様! 曲線の部分、上手くなってきましたね!」
「ありがとう。まだ少し歪んでしまうけど」
「いえいえ、刺繡を始めて一ヶ月足らずでこの上達ぶりは、物凄いですよ!」
「そう? それなら嬉しいわ」
もう少し上達したら、フォール様のためにハンカチに刺繡して……って、迷惑でしかないわよね!
フォール様は今、ここ最近増えてきた魔物の討伐や公務でお忙しいと思うし!
で、でも、絶対安静の時は、仕事の合間を縫ってわざわざお見舞いにきてくださったり、毎日のように贈り物をいただいたりしたし!
それに……抱きしめて慰めてもらったりしたし。
『私、頑張ったんです!』
彼の腕の中で泣きじゃくった時のことを思い出し、手を止めて熱くなった頬を隠す。
あの後、はしたなく泣いてしまったことを謝罪すると、フォール様は『謝らなくていい。むしろすまなかった』と逆に謝られてしまった。
どうして謝られたのかよく分からないけど。
「カーラ様、いかがされました?」
「い、いえ! 何でもないわよ!」
心配そうにのぞき込んできたアンナに、無理矢理微笑んだ私は、止まっていた手を進める。
あと、アンナを含めて、ここで働いている人達には本当に良くしてもらっているから、そのお礼もしたいわ。
『カーラ様、リネンをお取替えしますね』
『カーラ様、アンナが何か失礼なことをしていませんか?』
『カーラ様、こちら、フォール坊ちゃまからのお手紙でございます』
絶対安静の間、使用人の皆様は来たばかりの私を気遣ってくださった。
フォール様から言われているかもしれないけど。
それでも、皆様は私のことを本気で心配してくださっていた。
――『噂に惑わされていない』ということが、たった一週間で分かるくらいに。
再び作業の手が止まり、テーブルを挟んで楽しそうに刺繡をしているアンナに声をかける。
「アンナ」
「何でしょう、カーラ様」
手を止めてまっすぐ私を見るアンナ。
そんな彼女に笑みと素直な感想が零れる。
「改めて思うけど……ここの人たちって皆、仲が良いわね」
そう、フォール様を含めて皆さん仲が良い。
もちろん、色んな上下関係は弁えているけど、皆様、笑って冗談が言えるくらい仲が良い。
これが、本当の家族というのかしら。
私にも、そんな時代はあったはずなのだけど。
すると、アンナが不思議そうに小首を傾げる。
「カーラ様のご実家は違うのですか?」
「こら、アンナ!」
「あっ!」
休憩用のお菓子を持ってきたレイラに咎められ、わなわなと唇を震わせたアンナの表情が瞬く間に青ざめる。
「カ、カーラ様、わ、私……!」
「良いのよ。悪気はなかったのよね?」
「も、もちろんです! ですから、侍女から外すことだけは……!」
「もちろんしないわよ。安心して」
『気に入らないから』って侍女をとっかえひっかえしていたらしいアリシアじゃないんだから。
「あ、ありがとうございます!! それと、本当に申し訳ございませんでした!!」
椅子から立ち上がって深々と頭を下げるアンナの謝罪を受け入れ、本気で落ち込む彼女を座らせると、本邸に住んでいた頃を思い返す。
「アリシア……義妹と義母が来るまでは、私も使用人達とそれなりに仲が良かったのよ」
『カーラ様、お菓子をどうぞ』
『カーラ様、今日はどうされますか?』
『カーラ様、奥様に庭園のお花を届けてはいかがですか?』
お父様に見限られていた私だったけど、お母様が生きていた頃は、使用人たちとそれなりに仲が良かった。
当たり前ように笑顔で声をかけてくれた。
当たり前のように会話をしてくれた。
当たり前のように気遣い、尽くしてくれた。
――今はもう、私のことを『聖女を虐める悪女』としか思われていないけど。
公爵家での日々を思い出し、少しだけ胸が痛む。
「カーラ様……」
「だから私、皆と仲良くなりたいわ。次期リスタット辺境伯夫人として。そして……この屋敷の一員として」
『これから、辺境伯家の一員として、そして、次期辺境伯夫人としてフォール様と共に、由緒あるリスタット辺境伯家を盛り立てられるよう精進して参りますので、どうぞよろしくお願い致します』
絶対安静明けに、屋敷にいる皆様の前で口にした重い誓い。
今は無理でも、いつかは皆様と仲良くなりたい。
この家の女主人としてこの先、フォール様と共に家を守り、盛り立てていくのだから。
「も、もちろんです! というか、カーラ様はもう、リスタット辺境伯家の一員ですよ! ねぇ、メイド長!」
「えぇ、そうですね」
アンナから話を振られ、少しだけ困惑したレイラは、視線を私に移すと優しく微笑む。
「カーラ様。セバス様もおっしゃっていましたが、私たち使用人一同、あなた様を坊ちゃまに相応しい奥様として心の底から忠義を尽くす所存です。それをどうかお忘れなく」
「っ!」
使用人達から忠義を尽くされる。
貴族としては当たり前のこと。
そんなこと、知っている。
だからこそ……
「ありがとう。私、頑張るわね」
レイラの言葉が、皆様の想いが、胸が熱くなるほど嬉しかった。
――長い間、使用人に忠義を尽くされないことが、私にとっての『当たり前』だったから。
「はい。くれぐれも、フォール坊ちゃまを困らせない程度にお願い致しますね。カーラ様が頑張りすぎると、坊ちゃまが心配のあまり倒れてしまいますから」
「そうですよ! フォール坊ちゃまは、カーラ様のことが……!」
「アンナ」
「うっ、すみません……」
「ウフフッ、分かったわ。努力する」
私だって、皆様に慕われているフォール様が倒れてしまうのは嫌だから。
その時、急に涙が込み上げてきた。
嫌だわ。ここに来てから私、涙もろくなった気がする。
――王都にいた頃は、お母様が亡くなった時以外、一切泣かなかったのに。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、シリアスが続いたので、ここで閑話を入れました!
(告知していなくてすみません!)
重い過去を持つカーラが、少しずつ年相応の女の子に戻っていく過程が素敵ですよね!
そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!
(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




