第32話 私、頑張ったんです!
「――という経緯がありまして、本当でしたら、二週間程度で着くところを1ヶ月以上かかってしまったこと。そして、あのような粗末な格好で来ることになったこと。誠に申し訳ございませんでした」
一通り話を終えて、深々と頭を下げる。
私の持っているドレスがあの時着ていた時代遅れのドレスしかなかったとはいえ、あの格好はさすがに酷すぎる。
――『アリシアが『交換して!』と言われて奪われ、両親から『お前に使う金などどこにもない!』と言われて一切買ってもらえなかった』という我が家特有の事情を抜きにしても。
「そ、そんな! 君が謝ることじゃない! そうだよな、セバス?」
「おっしゃる通りで。これは全て、公爵家の不徳の致すところ」
「フォール様、セバス……」
本当に、私の話をちゃんと聞いてもらえた。
それだけで、とても嬉しい。
第一王子の婚約者だった頃は、誰一人として私の話を聞いてくれなかったから。
慌てふためくフォール様と、冷静に実家のせいだと切り捨てるセバスを見て、二人の態度に思わず涙ぐみそうになる。
けど、小さく息を吐いたフォール様が突然、怖い顔をしたことで涙が引っ込んだ。
「それにしても、そこまでだったとは……やはり、婚約が決まった直後にカーラを迎えに行くべきだったな」
「えぇ、由緒ある我が辺境伯家への輿入れでしたから、公爵家としてそれ相応のことはしてくださると思っていたのですが……申し訳ございません、私が助言をしたばかりに」
「いや、セバスの言葉ももっともだと思っただけだ。俺も公爵家に対しての認識が甘かった。婚約に際しての事前調査と『婚約者交換』という前代未聞の提案を受け入れた時点で、このような事態も想定すべきだった。相手がカーラなら尚更」
怒りを含んだ苦悶の表情のフォール様が、私と絡めている手にほんの少しだけ力を入れる。
そこまで思わなくてもいいのに。だって……
「フォール様、悔やまれても仕方のないことです。普通なら、輿入れする令嬢は例外なく馬車で来ます。その、我が家がかなり特殊なだけで……」
「その『特殊』のせいで、君が傷ついたのなら意味がない!」
「っ!」
フォール様の怒鳴り声が、談話室の空気を震わし、思わず目を見開く。
こんな感情的になったフォール様、初めてだわ。
私の前では常に穏やかな表情だったから。
「……すまない、つい頭に血が上った」
「い、いえ……」
私のために怒ってくれた人、お母様以外では初めてかもしれない。
王都にいた頃は、どこにいても常に怒られる側で、誰も私のために怒ってくれる人はお母様以外いなかったから。
すると、背後から急に抱きつかれた。
「な、なに!?」
突然のことに後ろを振り向いた時、少女が私の頭を撫でながら泣き出した。
「うわぁぁぁ! 私もカーラ様の侍女としてお迎えに行きたかったです~~!! そしたら、あのクソ家族からカーラ様を救えたのに~~!!」
「え、えええっ!?」
侍女がお迎え!?
それに、クソ家族!?
「コラ、アンナ! カーラ様から離れなさい!」
「だってぇ~! カーラ様の扱いがあまりにも、あまりにも酷すぎて~~!!」
泣きながら怒っているアンナを私から引き離したレイラは、呆れたようにため息をつくと私を見て深々と頭を下げる。
「申し訳ございません、カーラ様。私からきつく叱っておきますので」
「そ、そんな!」
侍女としては失格なのかもしれない。
でも……!
涙で顔を濡らす侍女に、笑みを零した私はそっと彼女の頭を撫でる。
「カーラ様?」
「アンナ、私のために泣いてくれたのよね?」
「もちろんです!」
「そう、それなら話して良かったわ」
会って間もない私の話を聞いて、私のために泣いて怒ってくれる人は、きっと悪い人ではないと思うから。
「アンナ。改めてだけど、あなたが私の侍女になってくれたらとても嬉しい」
「カーラさま~~!! 私、一生仕えますから~~!!」
再び抱きつこうとするアンナを強引に押しとどめたレイラ。
それを見て、ため息をついたフォール様がレイラに指示を出す。
「レイラ、アンナを自室で休ませてこい」
「かしこまりました、坊ちゃま」
「お前まで『坊ちゃま』かよ」
「オホホホッ、『坊ちゃま』はいつまでも『坊ちゃま』ですから」
楽しそうに笑ったレイラは、笑みを潜めると鬼の形相でアンナの首根っこを掴む。
「さぁ、アンナ。一先ず、その顔と頭を冷やしに行くわよ」
「わ、分かりました。メイド長」
「では皆さま、失礼致します」
深々と頭を下げたレイラが感情移入しすぎたアンナと共に部屋を出る。
すると、手を離したフォール様がソファーから立ち上がると、私の斜め前で跪いて私の左手をとった。
――まるで、騎士がお姫様に忠誠を誓うように。
「カーラ。俺たちのために話してくれたこと、心より感謝する」
「い、いえ……」
私はただ、あなた様から受けた誠実さに報いたかっただけだから。
「その上で、俺の未来の伴侶である君に誓う。これから先、君が何を話しても、君がどんなことをしようとしても、俺が全て受け止める。そして、絶対に君が害されるようなことはしないしさせない……未来永劫だ」
「フォール様……」
さすがにそれは重すぎませんか?
すると、フォール様が私の左手の甲に口づけをする。
「フォ、フォール様!?」
それはやりすぎというか……いや、婚約者だからやりすぎではないのかしら?
ほら、来た時にもこうして口づけしていたし。
で、でも! 恥ずかしすぎるというか、なんというか……!
屋敷に来た時以来の口づけにあたふたしていた時、彼の手が私の頭に伸びた。
「フォール様?」
「カーラ。我慢を強いられて無理をしていた君には難しいと思うが……どうか、ここでは王都の頃のような無理も我慢もしないで欲しい」
「本当、ですか?」
第一王子の婚約者だった頃のような我慢も無理もしなくてもいいの?
「あぁ、どんな些細なことでも、言いたいことがあれば言って欲しい。やりたいことがあれば、遠慮なく言って欲しい。俺や俺が信じる人達が、絶対に君の言葉に耳を傾けるから」
「フォール様……」
「カーラ。ここは、バリストン公爵家ではない。リスタット辺境伯家だ。君の、新しい居場所だ」
「っ!」
ここはバリストン公爵家じゃない。リスタット辺境伯家。
私の、新しい居場所。
私のために尽くそうとしてくれる人達がいる。
私の言葉に耳を傾けてくれる人達がいる。
私のために怒り、涙を流してくれる人達がいる。
……そして、私に『我慢しなくていい』と言ってくれる人がいる。
その時、頬に一滴の雫が頬を伝う。
「カーラ?」
「も、申し訳ございません! すぐに止め……っ!」
貴族令嬢としてなんとはしたないことを!
これが、王宮だったら鞭が飛んでくるわ!
両手で慌てて拭おうとした瞬間、大きな温もりが視界を塞いで私を包み込んだ。
「フォール様!?」
「言っただろう? 『君が何をしても、俺が全て受け止める』って。君の涙も全て俺が受け止める。だから、思う存分泣け」
「っ!」
その言葉が、私の少しずつ溶けかけていた心を一気に溶かす。
「フォール様」
「なんだ」
「私、頑張ったんです」
こんなこと、会って間もないフォール様に言っても仕方ないって分かっている。
迷惑だって分かっている。
それでも、止まらない。
「公爵家のために、この国のために頑張ったんです」
公爵令嬢として。
第一王子の婚約者として。
未来の国母として。
「色んなことを我慢して、諦めて、無理して……必死に頑張ったんです!」
お母様が亡くなっても、義妹から全て奪われても、悪意ある噂で周囲から心無い言葉を言われても、『これが自分のやるべきこと』だと言い聞かせて頑張ったんです!
「あぁ、知っている」
今までの努力を認めるような優しい低い声が頭上から降ってくる。
「君がどれだけ頑張ってきたか、俺は知っている」
大きくて温かい手が壊れ物を扱うように私の頭を優しく撫でる。
「よく頑張ったな、カーラ」
抱き寄せられた彼の逞しい腕の中で、私は子どものように泣きじゃくった。
――この日、私は初めてお母様以外の誰かに甘えた。出会って一週間の婚約者様に。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、ようやくカーラが感情を露にしました。
いや~、長かった!
でも、それくらい彼女の10年は、とても重かったのです。
母が亡くなってから、カーラは誰にも助けを求められず、誰かに甘えることも許されず、ただひたすら、自分の役割を全うしていたのだから。
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)
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