第31話 あなた様の誠意に応えたい
フォール様と共に談話室に入ると、既にお茶の準備が完璧に整えられており、部屋の隅にはレイラとアンナが静かに控えていた。
二人とも、ありがとうね。
優秀な二人の働きぶりに心の中でお礼を言い、フォール様にエスコートされた私は真紅の二人掛けソファーに座り、その隣にフォール様が座られる。
なんだか、近いわね。少し、緊張してしまうわ。どうしてか分からないけど。
この一週間、こんな近くで何度も話していたのに。
つい先程まで肩を並べて歩いていたというのに。
すると、横から琥珀色の透明な液体が入った綺麗なティーカップが目の前のローテーブルに置かれた。
「どうぞ」
「ありがとう、セバス」
「いえ」
朗らかな笑顔のセバスにサーブされたカップを手に取ると、とても甘く深い香りが鼻腔を擽った。
「良い香り。私、この香りとても好きだわ」
「左様でしたか」
なぜかフォール様を一瞥してニヤリと笑うセバスを不思議に思いつつ、厳しい淑女教育で身につけた作法でティーカップの中身を口の中に入れる。
その瞬間、甘くすっきりした味が口いっぱいに広がった。
「美味しい。香りはとても甘く芳醇なのに、味はすっきりしていて飲みやすいわ」
「そうですか。それは良かったです」
そう言うと、セバスは私の隣に座るフォール様へ視線を移した。
「こちらの茶葉、実はフォール様がカーラ様のためにわざわざ隣国から取り寄せたものなのです。『甘いもの好きなカーラ様なら、きっとお気に召すだろう』と」
「えっ!?」
「セバス! 余計なことを言うな!」
フォール様、私のために茶葉を取り寄せてくださったのですね。
恥ずかしそうにそっぽを向くフォール様に、思わず笑みが零れる。
「フォール様、ありがとうございます」
「あ、あぁ……カーラが喜んでくれたのなら、取り寄せた甲斐があった」
耳まで真っ赤にしたフォール様が照れ臭そうに笑うのを見て、私の胸が高鳴る。
私、この紅茶、好きになったかもしれないわ。
第一王子の婚約者をしていた頃は、日々の勉強と仕事に追われて、こうしてゆっくり紅茶を飲むなんて滅多に出来なかったから尚更。
満足そうに微笑んだセバスがフォール様の斜め後ろに立つと、フォール様が笑みを潜める。
「カーラ、体調の方は大丈夫か? 何度か休憩を挟んでいるが」
「はい。大丈夫ですよ」
「本当か?」
「えっ?」
真剣な表情のフォール様がルビー色の瞳で心配そうに私を見つめる。
「一週間前にも言ったが、俺はカーラに甘えて欲しい。今は難しいと分かっていても」
「フォール様……」
「だから、体調が優れないなら今日は聞かない。また後日、話を聞く」
本当に、この方は私のことを気遣ってくれている。
会ったばかりの私のことを婚約者として大切に。
『カーラ、体調の方は大丈夫か?』
『カーラ、今日は菓子を持ってきたが食べられそうか?』
『カーラ、君が好きそうな花を持ってきた』
絶対安静の間、フォール様が私に贈ってくださったお菓子や花は、どれも私が好きなもので、部屋に来ればすぐに私の体調のことを気遣ってくださる。
彼の優しさに、笑みを深めた私は小さく頷く。
「はい。本当に、大丈夫ですよ」
「そうか、では早速、聞いて良いか? ここに来るまでの話を」
「…………」
『カーラ、落ち着いたら昨日のことを話してくれないか?』
『昨日のこと、ですか?』
『あぁ、どうやって屋敷まで来たかを』
――遂に、話す時が来たのね。
私がどのようにして辺境伯領に来たかを。
倒れた翌日、フォール様からかけられた言葉を思い出し、思わず両手をきつく握り締める。
すると、傍で見ていたセバスが口を開く。
「カーラ様、大変不躾でございますが、屋敷にはどのようにして来られたのですか? 門番の話では徒歩でこちらにたった一人で来られたと聞きましたが」
「っ!」
セバスの話で顔を顰めるフォール様。
そうよね、普通の令嬢なら……婚約者として嫁いでくる令嬢なら馬車で来るのが常識であり暗黙の了解。
間違っても徒歩で来るような真似はしない。
それも、侍女もメイドも護衛騎士もつけずに来るなんて絶対にありえないわ。
「それは……」
セバスの問いかけに思わず口を噤んで視線を落とす。
本当に侍女も護衛騎士もつけず、徒歩で屋敷まで一人で来たと言ったら。
……そもそも、王都から辺境伯領まで路銀を稼ぎながら乗合馬車を使って辺境伯領まで来たと言ったら。
この方達は、どんな目で私を見るのかしら。
――王都に住む貴族たちや王族、実家にいる家族や使用人たちと同じような目で見るのかしら。
この10年で心に受けた無数の傷が、喉を詰まらせ、言葉にすることを拒否する。
握り締めた両手が、小刻みに震える。
――怖い。今になって話すのが怖いわ。
その時、大きな手が私の手を優しく包み込んだ。
「フォール様?」
「カーラ、無理に全部話さなくていい。今の君が話せる範囲だけでいい」
「……本当に、私が話せることだけで良いのですか?」
本当に、私が話せる範囲だけでいいのですか?
「もちろんだ。俺たちはただ、知りたい。君がどうやってここに来たのかを」
そう言うと、フォール様は私の両手を優しく絡めとる。
「カーラ。俺を含めてこの部屋にいる者……いや、この屋敷にいる者全員、君の話をちゃんと耳を傾ける者達だ」
「私の、話を?」
「そうだ」
目の前にいる人も、この屋敷にいる人たちも皆、私の話を聞いてくれる人。
それは、この一週間、少しだけ理解した。
そしてそれが、どれほどかけがえのないことなのか、私は誰よりも知っている。
彼の誠意に、凍り付いていた心が僅かに揺らぐ。
次期辺境伯家当主であるフォール様は、私が……いや、アリシアが婚約者として来る前に、辺境伯家の力を使って、私やアリシア、そして、バリストン公爵家について調べていた。
その中には、当然、私に関する悪い噂だってあったはず。
前に、フォール様もそのことについておっしゃっていたし。
それなのに、今もなお私の意思を尊重してくださっている。
こうして、怯える私の手を取り、話すのを待ってくださっている。
「だから、聞かせてくれないか? 君がここまで来た経緯を」
――今なら、少しだけこの方を信じても良いかもしれない。
悪意ある噂に惑わされず、私自身を見てくださっているこの方になら。
絡めとられた両手をそっと握る。
「……分かりました。では、全てお話します」
「いいのか?」
「はい」
出会ってから今日まで見せていただいた、あなた様の誠意に少しでも応えたい。
だから話すわ。
辺境伯領まで来た経緯を包み隠さず。
こうして私は、理不尽な婚約者交換をされてから、この屋敷を訪れるまでの経緯を包み隠さず話した。
婚約者の交換が決まってすぐ、トランク一つで無理やりボロ馬車に乗せられ、追い出されるように屋敷を後にしたこと。
最初の街に着いた途端、御者から『街に着いたので、あとはご自身で辺境伯領に行ってください』と言われて逃げられたこと。
ーーそこから、街で日銭を稼ぎながら乗合馬車で王都から北上し、ようやくこの屋敷についたこと。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで全部話しちゃいました(笑)
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




