第30話 ようこそ、辺境伯家へ
絶対安静から無事に解放されて翌日。
体調に問題が無かった私は、フォール様が用意してくださった着心地の良いドレスに身を包み、アンナに化粧を施してもらう。
誰かにドレスを頂くことも、身支度を手伝ってもらうのも随分と久しぶりね。
王都にいた頃は全て自分でしていたから。
そして、ドレスを着た私を褒めてくださったフォール様と共に朝食を済ませると予定通り、使用人の皆様にご挨拶をした。
実は、私が倒れた時、使用人の皆様全員が、とても心配していたらしい。
セバスに『仕事をしなさい!』と怒られるほどに。
「皆、忙しいところ時間をとってくれたこと、心より感謝する。早速だが、俺の婚約者を紹介させて欲しい……カーラ」
「はい」
フォール様に優しく促され、私はエントランスホールに集まる大勢の使用人の皆様の前に立つ。
「皆様、ご挨拶が遅れたこと、そして、この一週間、ご心配とご迷惑をおかけしたこと、大変申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げて謝罪すると、エントランスホールが静まりかえる。
怖い。
なぜだか分からないけど、罵倒が飛んできそうで怖い。
『そのようなこと、あるはずがない』って、頭の片隅で分かっているのに。
この一週間、世話をしてくださった皆様を見ていれば分かるのに。
でも、過ってしまう。
お母様が亡くなり、新しい家族が来てしばらく、侍女から突き放された時を。
悪意ある噂に踊らされた使用人たちから冷遇されていた日々を。
その現実が足をすくませ、喉の奥をつっかえさせてしまう。
「カーラ?」
怖い。
今にも逃げ出したいくらい怖い。
こんな恐怖、今まで一番感じたことがない。
それでも……!
ギュッと両手を握った私は、ゆっくりと顔を上げると綺麗なカーテシーをする。
「この度、フォール・リスタット辺境伯子息様の婚約者になりました、カーラ・バリストンと申します。これから、辺境伯家の一員として、そして、次期辺境伯夫人としてフォール様と共に、由緒あるリスタット辺境伯家を盛り立てられるよう精進して参りますので、どうぞよろしくお願い致します」
今出来る淑女の笑みで挨拶をした瞬間、静まっていたエントランスホールが喝采に包まれる。
「えっ!?」
私、貴族として当たり前のことを言っただけなのだけど!?
「皆、カーラに会えて嬉しいのは分かるがそこまでだ」
「「「「「「はい、坊ちゃま!!!!」」」」」
「お前らなぁ……」
困ったようにフォール様が顔を覆うと、朗らかな笑みを浮かべたセバスが、使用人を代表して前に出る。
「カーラ様。我ら使用人一同、あなた様がフォール様の未来の伴侶として辺境伯家に来られたこと、心より歓迎致します。そしてこの先、あなた様に誠心誠意尽くすことを誓います」
セバスに合わせて深々と頭を下げる使用人の皆様。
その表情は、真剣みを帯びながらも誇らしげに明るく、心なしか目を潤ませていた。
――本当に、心配してくださったのね。
「はい。よろしくお願い致します」
ここなら、上手くやっていける。
そんな気がするわ。
そして、使用人の皆様への挨拶を終え、美味しい料理を作ってくださっている料理人の皆様にお礼を伝えた。
……皆様、なぜか泣いて喜んでくださったけど。
その後、私は休憩を挟みつつ、フォール様に手を引かれながら、屋敷を案内していただいた。
『はぐれたらいけない』と握られた手はとても大きくて温かく、私に合わせて隣を歩く彼の眼差しはどこか甘かった。
それが、どうしようもなく私の胸をざわつかせる。
「カーラ、どうした?」
「い、いえ! 美しい花瓶に目を奪われていただけですわ!」
「そうか。疲れたらちゃんと言うんだぞ」
「も、もちろんですわ!」
本当、過保護というかなんというか……
案内だって、本当はセバスかアンナに任せても良かったのに。
『今日は休みだから俺が案内する!』と強引に押し切ったフォール様を思い出し、小さく笑みを零した私は、掃除の行き届いた廊下や、品よく飾られた調度品に視線を移す。
前に『辺境伯は日夜、魔物と戦っているから、屋敷は幽霊の出るような恐ろしい場所』なんてアリシアの侍女から聞いたことがあるけど……我が家と同じくらい綺麗だし、飾られている調度品も美術品もどれも気品があって素敵だわ。
我が家の場合、『聖女の生まれ育った家』という肩書に調子に乗った両親の趣味で集めた、華美過ぎて品の無い調度品だらけだから。
「どうだ、カーラ? 一通り屋敷を案内したが」
「えぇ、どれも目を奪われるほど素敵ですし、隅々まで掃除が行き届いて綺麗ですわ」
「だが、一番惹かれていたのは厨房と図書室だよな?」
「うっ、なぜそれを……!」
なるべく表情には出さないようにしていたのに!
「アハハハッ! やはりそうだったか!」
「……もしかして、からかいました?」
僅かに頬を膨らませて睨みつけると、少しだけ笑みを収めたフォール様が小さく首を横に振る。
「いいや、厨房と図書室に入った時、君は目を輝かせていた。間違っていたか?」
「……いえ、間違っておりません」
「そうか」
どうして、分かったのかしら?
出会ってまだ間もないというのに。
確かに、厨房と図書室を案内された時、危うく笑みが零れそうになったわ。
厨房に入った瞬間、美味しそうな香りが広がっていて、昼食を食べたばかりだというのに思わずお腹が鳴りそうになった。
図書室では、膨大な本が綺麗に並べられて胸をときめかせたから。
「なら、明日にでもアンナを連れて図書室に行くといい。きっと王都では読んだことが無い本がたくさんあると思うぞ」
「本当ですか!?」
「あ、あぁ……君の好きなジャンルがあればいいが」
「分かりましたわ!」
フォール様の言葉に、思わず笑みが零れる。
王都にいた頃、色々追われていて私にとって読書は数少ない楽しみであり、唯一の息抜きだった。
特に恋愛小説は大好きで、毎日のように読んでいたわ!
まぁ、読んでいた場所は学園の図書館だけだったけど。
公爵家にいたら、義妹に『交換』という名で奪われるのは目に見えているから。
「ここまでの読書好きだったとは……やはり、カーラが来る前に好きそうな本を入れとくべきだった」
「フォール様?」
何か、聞こえた気が……
その時、談話室から出てきたセバスが話しかけてきた。
「坊ちゃま、屋敷の案内は終わりましたか?」
「あぁ、今終わった」
「そうでしたか。こちらもご準備が整いました」
「分かった……カーラ、良いか?」
「はい」
『明日、皆を紹介して屋敷を案内した後、聞かせて欲しい。君がここに来るまで、何があったのかを』
遂に話す時が来たわね。私がここまで来た経緯を。
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