第28話 良くなりました
リスタット辺境伯家に来て、あっという間に一週間が経った。
「うん、大分良くなりました。これなら絶対安静を解いても良いでしょう」
「本当ですか、マホロフさん」
「はい。カーラ様、よく頑張りました」
「いえいえ、先生の処方された薬のお陰です」
「いいえ。薬はあくまでも回復を促進させるものです。カーラ様がきちんと周囲の人達の話を聞いて、素直に従っているからですよ」
「あ、そうなのですね……」
私はただ、寝て起きて、美味しい物を食べて、薬を飲んでいただけなのだけど。
マホロフさんから『絶対安静』を言われてから一週間、私は長年蓄積された疲れが一気に噴き出したのか、フカフカのベッドから起き、美味しい料理を食べ、薬を飲んで寝るという、王都にいた頃では到底考えられない怠惰な日々を過ごしていた。
薬を持ってきたセバス曰く『すぐに眠くなるのは、薬の効果ですよ』と言ってくれたけど。
その間、侍女のアンナを筆頭に、辺境伯家のメイド達は生き生きとした表情で、怠惰な私の世話を甲斐甲斐しくしてくださった。
お陰で、寝てばかりで体が固くなることもなく、頭も王都にいた頃に比べて遥かに冴えている気がする。
特にアンナは、私が起きていると嬉しそうに話しかけてくれて……彼女の底抜けな明るさには、随分助けられている気がするわ。
今なら徹夜でも公務が出来そうだけど……そんなことをしたら、心配性な婚約者様が倒れる気がするから止めておこうかしら。
「良かったな、カーラ」
「はい、フォール様」
壁際でマホロフさんの話を聞いていたフォール様に声をかけられ、私は満面の笑みで頷く。
この一週間、フォール様は毎日、仕事の合間を縫って部屋を訪れ、花や手紙を送ってくださったり、起きている間は話し相手になってくださったり、一緒にご飯やお菓子を食べてくださったりしていた。
次期辺境伯当主としてお忙しいにも関わらず。
すると、彼は『カーラの顔を見られないと仕事にならない』と酷く真剣な表情でおっしゃるから、胸と顔が熱くなったのは言うまでもないわ。
「とはいえ、まだ予断を許さない状態ですので、三週間後にまた来ます。その間、屋敷の中でしたら動いても大丈夫でしょう。ですが、外出はお控えください」
「分かりました。では久しぶりに、ゆっくり読書や刺繍でもします」
「その方がよろしいかと。では、失礼致します」
「ありがとうございました、マホロフさん」
セバスと共にマホロフさんが部屋を後にしてすぐ、マホロフさんが座っていた椅子に座ったフォール様が私の顔をじっと見つめる。
――今日も顔が近いわ。
毎日欠かさず部屋に来られては、覗き込むように見られているから慣れてもいいはずなのに……どうしよう、日を追うごとに恥ずかしくなってくるわ。
「カーラ? 心なしか、顔が赤いが……」
「い、いえそのようなことは!」
「そうか? 体調が悪いなら、マホロフ殿を呼ぶが……」
「だ、大丈夫です!」
「本当か?」
「は、はい! それよりも、どうでしょう? フォール様から見て私の状態は?」
「うん。マホロフ殿も言っていたが、一週間前に比べ、遥かに顔色が良くなっている」
「そ、そうですか! これも、フォール様やアンナを始め、色んな人達が私のことを気にかけてくださったお陰ですね!」
誰も気にかけてくださらなかったら、きっとここまで回復していないと思うから。
「お、俺は何も……」
「フォール様?」
ただ、事実を申し上げただけなのに、どうして耳を赤くしながらそっぽを向くのかしら?
照れ臭そうに頬を掻くフォール様に首を傾げた時、何かを思いついたフォール様がパッと表情を明るくする。
「そうだ! 体調が良ければ明日、屋敷の皆にカーラを紹介しよう!」
「よろしいのですか?」
皆さま、お仕事でお忙しいでしょうに。
「もちろん! むしろ皆、カーラと会える日を今か今かと待っている!」
「そうですよ! みんな、カーラ様とちゃんとご挨拶をしたいと思っています!」
「そういうことでしたら……」
婚約者として屋敷に来て一週間。
本来なら初日に済ませるはずだった使用人の皆様への挨拶を、私はまだ済ませていない。
次期辺境伯夫人として、是非ともご挨拶をしたい。
――これから先、共に生きていく人達なのだから。
自然と組んだ両手をギュッと握りしめる。
「私、料理人の皆様にお礼を言いたいですわ」
「料理人に?」
「はい。いつも美味しい料理を作ってくださっていますので」
「それでしたら、私が毎日お伝えしておりますが」
「そうだけど……直接、お礼が言いたいの」
来たばかりの私の体調に合わせ、毎日出してくださる美味しいお料理。
その優しさに是非ともお礼が言いたい。直接、私の口で。
「カーラ様……」
私のワガママを聞いて、思わず涙ぐむアンナ。
初めて会った時、『侍女』と紹介された彼女のことを警戒していた。
お母様が亡くなった後、私にとって『侍女』は嬉々として理不尽を強いる人だったから。
『もしかすると、この人も……』と思って。
でも、それが私の杞憂でしかなかった。
彼女が、おっちょこちょいで失敗もしながら、それでも私のために懸命に世話をしてくれる、裏表のない、純粋で素直な子だと毎日見ていて知ったから。
王都にいた頃は、彼女のような人は周りにいなかったのもあって尚更。
……まぁ、素直すぎて、たまにレイラやセバスに怒られているけれど。
そんな私たちを見て、フォール様が笑みを零す。
「セバスやレイラから話には聞いていたが、アンナと大分仲良くなったのだな」
「はい。アンナは私にとって大切な侍女です」
「カーラ様~!」
高ぶる感情が抑えられず、いつものように抱きつこうとするアンナ。
本当、この子は事あるごとに私へ抱きつこうとする。
本来なら、そのような無礼は決して許されないことだけど……二人きりの時なら別に構わないと思って許している。
――そう、二人きりの時なら。
「アンナ?」
「ひぃっ!? も、申し訳ございません! フォール様!」
笑顔のフォール様に名前を呼ばれ、顔を引き攣らせたアンナが慌てて距離をとる。
もしかしてフォール様、所謂『独占欲』というものが強いのかしら?
本の中の知識でしか知らないけど。
そんなことを思いながら、私は少しだけ不機嫌そうなフォール様と、彼から距離を置いているアンナを見て、思わず苦笑する。
――良いわね、この温かい空気。お母様が生きていた頃は、毎日のように感じていたわ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、辺境伯家に来て一週間が経ちました。
ボロボロだったカーラも少しずつ元気になり、フォールやアンナにも少しだけ心を開いてきました。
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