第24話 私のやりたいこと?
「一先ず、絶対安静だな」
「そうですね。来て早々、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「迷惑ではない」
マホロフさんとセバスが部屋を出た後、深くため息をついたフォール様が、ベッドサイドの椅子に腰かけると酷く真剣な顔で私の手を優しく包む。
「マホロフ殿が来る前にも言ったが、昨日からずっと君を心配していた俺と、君自身が二度と倒れないために呼んだ。だから、迷惑じゃない」
「フォール様……」
会って間もない婚約者のためにお医者様を呼んでくださった。
王都にいた頃ならきっと『情けない!』と言われて鞭を叩かれていたかもしれない。
それをこの方は『心配だから』『倒れないようにするために』と言って、お忙しいであろうお医者様をわざわざ呼んでくださった。
「それに……」
僅かに眉を顰めたフォール様の握る手に、ほんの少しだけ力が籠もる。
「君と俺は夫婦になる。だから、最初のうちに『甘える』ことを覚えて欲しい」
「甘える?」
今までの人生で決して許されなかったことをしてもいいの?
誰かに……目の前にいるこの方に?
「あぁ。とても頑張り屋な君には、少し難しいかもしれないが」
「っ!」
『頑張り屋』
『魔力ゼロの地味女』と蔑んだ元婚約者ですら、私のことをそんな風に言ってくれなかった。
――この方は、どこまで私のことを知っているのかしら?
「フォール様」
「なんだ?」
「あなた様は、どこまで私のことをご存じなのですか?」
初対面の私を『頑張り屋な君』とおっしゃってくださるのは、恐らく私のことをちゃんと知っているからだと思う。
――『聖女を虐める悪女』という根も葉もない噂の私ではなく、本当の私を。
すると、フォール様は物凄く申し訳なさそうにゆっくりと目を伏せる。
「すまない。君を俺の婚約者に迎えるにあたって、その……調べさせてもらった」
「やはり、そうでしたか」
悪い噂が流れている者を婚約者に迎えるのであれば、事前に調べるのは当然よね。
家同士の繋がりを重視する貴族の婚約なら、尚更。
それを知ってなぜか少しだけ落ち込んだ時、視線を上げたフォール様が少しだけ顔を近づける。
「だから、君がどれだけ自分を酷使していたか理解しているつもりだ。昨日倒れたのも、長旅の疲れだけじゃない……長年積み重なった無理や無茶が、一気に噴き出したことを」
「っ!」
そこまで分かってくださっていたなんて。
家族や使用人、果ては婚約者やその家族さえも分かっていなかったことをこの方は……
「カーラ、今はゆっくり休んで欲しい。今の君に一番必要なのは休息だ」
「…………」
今まで、こんな風に私を気遣ってくれた人が、お母様以外にいたかしら?
……いや、いなかったわね。
皆、私のことを『貴族として欠陥品であるけど、都合の良い道具』としか思っていなかったから。
彼の真摯な言葉と気遣いに、不意に泣きそうななった私は目一杯の笑みを浮かべて頷く。
「分かりましたわ。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「あぁ、頼んだ」
ウフフッ、『頼んだ』ね。
休むだけなのに、『頼んだ』なんて言われたのは初めてで、少しおかしいわ。
酷く優しい笑顔で休むことを頼まれ、頬に熱が集まるのを感じながら笑い返していると、傍から『コホン』という咳払いが聞こえた。
「坊ちゃま、心配なのは分かりますが程々になさってくださいね。またセバスさんに怒られますよ」
「あ、あぁ、そうだな。すまない、カーラ」
「い、いえ……」
フォール様が申し訳なさそうに手を離した瞬間、ほんの少しだけ『寂しい』と思った……気がした。
なぜかしら?
ただ、手を離しただけなのに。
つい先程まで温もりに包まれていた手に視線を落とすと、今まで部屋の隅で小さくため息をついたアンナが、無邪気に笑いながらフォール様の隣に駆け寄る。
「それで、カーラ様!」
「何かしら?」
「絶対安静の間、何かやりたいことはございますか?」
「やりたい、こと?」
「はい! せっかくのお休みですから、この際、今まで出来なかったことをやりましょう!」
拳を突き上げるアンナの提案に、『妙案だ!』と深く頷いたフォール様が後押しする。
「そうだな。この際、自分の好きなことをしてみてはどうだ? まぁ、絶対安静だから、出来ることは限られてしまうが」
「私の、やりたいこと……」
アンナとフォール様に言われ、私は自分の『やりたいこと』を少しだけ考える。
私のやりたいこと。
やりたいこと……
「カーラ様?」
「ごめんなさい。考えたこともなかったわ。物心ついた頃からずっと、そのようなことを考える時間も、余裕もなかったし」
公爵家に生まれてからずっと、私は誰かに言われたこと、誰かに押し付けたものを、ただひたすらこなしていた。
お母様が生きていた頃でさえ、周囲に自分のやりたいことを訴えれば『今はそんなことをしている場合ではございません!』と真っ向から否定された。
家庭教師からも、使用人たちからも……そして、お母様からも。
『カーラ。あなたが立派な公爵令嬢になれば、自分のやりたいことも出来るわ。だから、今は頑張るの。頑張るしか……ないのよ』
そう言ってお母様は、まるで我が事のように苦しそうな顔をしながら、私を抱きしめ、背中を押してくださった。
先程まで程よく温かい空気が流れた部屋に、重たい空気が流れかけた時、難しい顔をしたアンナがパッと表情を明るくする。
「でしたら、読書や刺繍をされてみてはいかがですか!」
「読書に刺繍?」
「はい! 坊ちゃまからカーラ様についてのお話を聞いた限り、カーラ様は今まで、一つのことにゆっくり時間をかける機会がなかったのではないかと思いまして!」
「言われてみれば、そうかもしれないわ」
毎日やることに追われて、読書や刺繍など、一つのことをじっくりする時間なんてなかった気がする。
その時、過去の記憶が脳裏を過る。
「あっ」
「カーラ?」
「カーラ様?」
そう言えば、刺繍だけは少しだけあったわ。
「刺繍なら、学園の授業か王太子妃教育の一環でやったことがある」
「っ! では、その……元婚約者様に贈ったことはあるのですか?」
なぜか表情を強張らせるフォール様を一瞥したアンナが恐る恐る聞いてきた。
そんな彼女に向かって私は小さく首を横に振る。
「一度もないわ。だってあの方、義理で贈る物に対して『お前みたいな地味女より、我が愛しいアリシアから貰った物の方が嬉しいに決まっているから要らん!』って拒否したから」
「クソですね。万死に値します」
「そうだな。今すぐ殺してやりたい」
「二人とも……」
頼むから、王都でそんな国家反逆罪にもなりかねない物騒なことを言わないでね。
完全に目が据わった二人が口にする言葉は冗談とは到底思えず、宥めようとした時、『コンコン』と部屋のドアがノックされた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、王都で頑張りすぎて自分のやりたいことが分からなくなっております。
人間、何事も程々が丁度いいのかもしれませんね。
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




