第23話 ただの侍医
※侍医マホロフ視点です。
「セバスさん」
「何でしょう?」
薬の調合をしながら、私はカーラ嬢が坊ちゃまの婚約者になった要因を問い質す。
「『婚約者交換』という前代未聞の出来事が起きた要因は、例の噂ですかな? カーラ嬢が『悪女である』という、あの根も葉もない噂」
薬の調合をしながら、私は約二年前に王都を訪れた時のことを思い出す。
王家主催の学会に参加するため訪れた王都で、私はその噂を耳にした。
『第一王子の婚約者は、実は聖女に選ばれた義妹に嫉妬し、口にするのも恐ろしい苛めをしている最低最悪の悪女である』と。
面白おかしく吹聴された噂を貴族たちが世間話のように話しているのを聞いた時、腸が煮えくり返り、その貴族たちに向かって殴りかかる衝動に駆られた。
そんなはずはない。
フィオナ様のお子様が……フォール坊ちゃまの婚約を受け入れた幼き少女が、そのような馬鹿な真似をするはずがないと。
「それもありますが……最大の原因は、カーラ嬢の義妹を第一王子が気に入ったからでしょう」
入口付近に控えていたセバスさんの話に、調合の手が止まる。
「やはり、そうでしたか」
薬草をすり潰していた乳棒を持っている手に力が入る。
カーラ嬢の義妹の話なら、患者から何度か聞いたことがある。
世界的にも稀少な『聖なる力』を持ち、健気で愛らしく、誰にでも優しく親しみがあり、『次期王妃に相応しい』と王都に住む貴族から持ち上げられている――公爵の愛人の娘。
その娘の容姿と『聖女』という地位に心惹かれた殿下が、本当の婚約者を放置して彼女をさも『自分の婚約者』のように傍に置いて溺愛していることは、この国では有名な話である。
正直、平民の血を引く愛人の子が、王妃に相応しい人格と能力があれば、王太子妃に……ひいては、未来の国母になられても構わない。
――そう、彼女が長年、王太子妃教育を受けてきたカーラ嬢以上の人格と能力を持っているのであれば。
小さく息を吐いた私は、止まっていた手を動かす。
「なれば、前辺境伯夫妻は、フィオナ様を嫁がせたことを後悔されているのでしょうか?」
「それでしたら、フィオナ様に公爵家からの縁談が来た時から、ずっと後悔されているかと」
「そう、ですよね……」
『国防と内政をより強固に結びつけるため』
ひどく大層な建前で持ち込まれた公爵家との縁談に、最後まで反対していたのは、子煩悩で有名だった前辺境伯夫妻だった。
特に、前辺境伯家当主は、は、『他にも方法はある!』と最後まで抗い、本気で別の方法を模索していた。
だが結局、王命によってフィオナ様は公爵家へ嫁がれることとなった。
――あの体の弱いフィオナ様が。
「……そう言えば、今回の縁談もあの時と同じ建前で結ばれた縁談だったな」
本当、どこまで辺境伯家をバカにすれば気が済むのだろうか?
「マホロフ様?」
「いえ、なんでもありません」
しまった、つい感情的になってしまった。
いかんな、私はただの侍医でしかないのに。
不意に、この屋敷を出ていくフィオナ様を見送った時のことが脳裏を過り、再び作業の手が止まる。
「私は、あの方の主治医として一緒に行きたかったです」
あの方はすぐに無茶をするから、医者として彼女の傍にいたかった。
そうすれば、今でも彼女は生きていた……はず。
「それは、辺境伯領として、医療の基盤を失いかねる事態になりますのでその……」
「分かっています。だから、ここに残ったのです」
フィオナ様ご自身に、『あなたは辺境に残るべきです』と静かに諭され、断られたから。
小さく笑みを浮かべた私は、止まっていた作業の手を進め、カーラ嬢に飲ませる二種類の薬を完成させた。
そして、丁寧に包装して処方箋を書くと、そのままセバスさんに渡す。
「どうぞ。赤色の袋に入った薬は、安眠作用のある薬ですので就寝前に服用を。青色の袋に入った薬は、著しく不足している栄養を補う薬ですので、毎食後に服用してください。薬の詳細はこちらに」
「かしこまりました。本日はお忙しいところ、朝からお越しいただき、誠にありがとうございます」
「いえ、私は辺境伯家の侍医ですからこのくらい、当然のことです」
そう、私は辺境伯家に仕える侍医としてなすべきことをしただけ。
それだけだ。
「では私は、片付けが終わり次第、診療所に戻りますね」
そう言って手早く片付けをしていると、薬を受け取ったセバスさんがふっと笑みを零す。
「マホロフ様」
「何でしょう?」
「今回の婚約者交換は、フォール坊ちゃまにとってもカーラ様にとっても、とても良いものとなったと私は確信しております」
仕事に徹する彼にしては珍しい、私情を含んだ感想に私は静かに同意する。
「確かに、王太子妃教育を受けたカーラ嬢が辺境伯夫人になれば、辺境伯領もより良い方向へ進むでしょう」
それに、フォール坊ちゃまは昔からカーラ嬢に想いを寄せていた。
だから、この辺境伯家にとっても、フォール坊ちゃまにとっても……なにより、カーラ嬢にとっても、今回繋いだ縁は良いものになっただろう。
「……まぁ、そうですね」
その時、セバスさんの表情がほんの僅かに陰った気がしたが……私はただの侍医。
深く踏み込むべきではないと判断し、片付けを終えると、屋敷を後にした。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
2話に渡ってマホロフの話をしましたがいかがでしたでしょうか?
侍医としての彼の後悔と、セバスさんの意味深な言葉が今後の物語に影響してきますのでお楽しみに!
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(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)




