第21話 では、お大事に
「フィオナ様が……あなたのお母様がご存命だった頃は、このようなことはなかったのでしょうに」
そう言って悲しそうに笑うマホロフ様に、診察を終えた私は、ずっと胸の内に抱いていた疑問を口にした。
「あの、マホロフ様」
「何でしょう? あと、『様』付けは大丈夫ですよ」
「す、すみません。では……マホロフさん」
「はい」
「あなた様は、母について何かご存じなのですか?」
あの屋敷で唯一の味方だったお母様。
私を道具としてしか見ていなかったお父様と仲が悪かったお母様は、毎日厳しい淑女教育に耐えていた私を優しく慰め、そして、力強く励ましてくださった。
そのお陰で、私は『理不尽』とも呼べる過酷な淑女教育を耐えて乗り越えられた。
まぁ、お母様が亡くなった後の方が、もっと過酷だったけれど。
『いつか、あなたが素敵な淑女になったら話すわね』
私がお母様のことを聞くたびに、少しだけ辛そうな顔をしながら、お母様ははぐらかして一切話さなかった。
どこの家の出身なのか、どんな家族だったか、どのような経緯でお父様と政略結婚したのか。
――最期まで。
驚いたように目を見開いたマホロフさんは、そっと笑みを潜める。
「その様子ですと、お母様から何も聞かされていないのですか?」
「はい。母はなぜか、話してくれなかったので」
「そう、ですか」
小さく口を閉ざしたマホロフさんは、なぜか隣にいるフォール様の方を見る。
視線に気づき、小さく頷いたフォール様に、柔らかく微笑んだマホロフさんは私に視線を戻すと深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。そのことについては、私ではなくあなた様の頼もしい未来の旦那様から聞かれた方がよろしいかと」
「『未来の旦那様』……それはつまり、フォール様から、ですか?」
「えぇ。もっと言うのであれば、辺境伯夫妻から聞かれた方が、より詳しく分かるかと」
「辺境伯夫妻からですか?」
「はい。特に、ご当主様はお母様のことをよくご存じですから」
「えっ?」
辺境伯当主がお母様のことをご存じでいらっしゃる?
一体、どういうことなの?
「マホロフ殿、それ以上は……」
「分かっております、フォール様」
フォール様を一瞥したマホロフさんは、どこか懐かしいものを見るような目で私を見つめる。
「本当に、フィオナ様にそっくりですね」
「そんなに、母に似ていますか?」
私の記憶の中にいるお母様は、誰もが振り返る絶世の美人だった。
そんなお母様と私が似ているなんて到底思えないのだけど。
首を傾げる私に、マホロフさんは笑みを深める。
「はい。その愛らしい容姿と、真面目で謙虚なところは、若い頃のフィオナ様にそっくりです」
「そう、なのですね」
真面目で謙虚。そこだけは、確かにお母様に似ているかも。
ベッドの住人だったお母様は、お世話をしてくれる使用人にいつも謙虚で、いつも泣きつく私に真面目に向き合ってくださったから。
すると、私を見て険しい顔をしたフォール様がマホロフさんに話しかける。
「マホロフ殿、カーラはどのくらいの期間で完全回復出来る?」
「そうですね……今の状態からして、一ヶ月ほど養生すれば、屋敷の外に出られるかと」
「そうか。では、公務は?」
「っ!」
フォール様の言葉に思わず背を正す。
そうよ、次期辺境伯夫人になるのなら、公務だってこなさないといけないわ!
脳裏に過った王都での日々に、両手をギュッと握り締める。
そんな私を見たマホロフさんは、笑みを潜めるとサイドテーブルに置いているカルテを手にとる。
「最低でも半年はお控えください。一時間程度の勉強なら……そうですね、三ヶ月ほど経てば許可してもよろしいかと」
「半年、ですか?」
半年も休まないといけないの?
「はい。先程も申し上げましたが、今のあなた様は生きていることが奇跡だと思えるほどに危険な状態なのです」
「そうだな。カーラ、心身の回復が今の君にとって最優先にすべきことだ」
「分かり、ました」
『休むことが最優先にすべきこと』
王都にいた頃は誰も『休め』なんて言ってくださらなかった。
お母様さえ『今は、公爵令嬢として頑張る時期よ』と言って励ますだけで、『休め』なんて言ってくださらなかった。
そんなありきたりな言葉を、家族でもない人にかけられるなんて。
それも、私のことを心の底から心配して。
「……初めて、ですわ」
「カーラ?」
「『休め』なんて言われたの、初めてですわ」
静かに両手を握ってほんの少しだけ頬を緩める私に、なぜか苦しそうな表情をしたフォール様がマホロフさんに視線を戻す。
「では、半年後に診察をお願いしてもよいか?」
「もちろんです。何でしたら、来週また診察に来ましょうか?」
「良いのか?」
「はい。私としても、カーラ様の体調は気になりますので」
「マホロフさん……」
マホロフさんの気遣いに泣きそうになる。
ご自身のお仕事もあるでしょうに、わざわざ来てくださるなんて。
……本当に、ここの人達は王都の人達と違ってとても優しい。
「そうか、では頼んだ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げたマホロフさんは、後ろにいる看護師さんとアイコンタクトを交わすと、手早く診察道具を片付けて椅子から立ち上がる。
「では、私はいつものように調剤室で薬を作り、セバスさんにお渡しした後、診療所へ戻ります」
「分かった。セバス」
「かしこまりました」
いつの間にか部屋に戻ってきていたセバスと共に部屋を後にしようとしたマホロフさんは、何かを思い出して足を止めると振り返って私を見た。
「カーラ様」
「はい」
「王都での日々があるからこそ、ここでの生活に不安になるのも無理はありません」
「…………」
さすがお医者様。
言葉にしなかった不安を見事に言い当てた。
確かに、ここでの生活に不安を感じている。
ここで私は、ちゃんと次期辺境伯夫人としてやれるのか?
――また、王都の時のような地獄の日々を送ることになってしまうのか?
胸の奥に閉じ込めていた不安を見透かしたマホロフさんが優しく微笑む。
「ですが、安心してください。ここはあなた様を酷使するような場所ではございません」
「っ!」
その時、フォール様の言葉が脳裏を過る。
『ここには、君を蔑ろにする人間なんていない。それだけは、リスタット辺境伯家の名に懸けて……いや、俺の全てをかけて約束する』
初対面の私に対して、フォール様は誓ってくださった。
『ここには、私を蔑ろにする人はいない』と。
マホロフさんの言葉に、笑みを浮かべた私は小さく頷いた。
「はい、それは昨日、フォール様から教えていただきました」
「そうでしたか。それを聞いてとても安心しました」
嬉しそうに笑ったマホロフさんは、難しい顔をしているフォール様を一瞥すると、『では、また来週。お大事に』と言って頭を下げて部屋を後にした。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、色々と匂わせて退場したマホロフ!
どうしてカーラの母フィオナを知っているのか?
フィオナと辺境伯家の関係とは一体なんなのか?
それは次の話で少しだけ分かります。
どうぞ、お楽しみに!
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