第12話 私、公爵令嬢なのだけど
「はぁぁぁぁぁ、まさか置いていかれるなんて」
王都から出てしばらく、王国で一番大きい宿場町に着いた途端、『では、あとはご自身で辺境伯領へ向かってください』と御者から言われて馬車を降ろされた。
大方、お父様から命じられて置いていったのでしょうけど……一応私、元第一王子の婚約者の公爵令嬢なのだけど。
日が傾く中、馬車はスピードを上げて王都へ戻っていく。
あの調子なら、夜には王都に戻りそうね。
深いため息をついた私は、トランクに入っていた路銀を確認し、親切な街の人から教えてもらった小さな宿に泊まった。
「まさか、王太子妃教育で教わったことがここで活かせるなんて」
この時だけは、あの理不尽に厳しい先生に感謝ね。
薄暗い部屋の中、ベッドの上に座った私は、減ってしまった路銀に視線を落とす。
アリシアと継母が迎えられ、根も葉もない噂が回り始めたことで別邸に追いやられた頃、『自分のことを自分で出来ずにどうします!』と、王太子妃教育担当の先生から言われ、自給自足の生活をすることになった。
公爵令嬢が……それも、第一王子の婚約者が自ら街に出て働き、買い物をするなんて、普通なら絶対にありえないし、他の貴族に知られれば間違いなく我が家の醜聞になる。
――幸いにも、そのことは知られなかったけど。
「今の私を見たら、お母様はどう思うかしら?」
優しくて、気品があって――でも、少しだけ厳しい人。
私に唯一愛情を注いでくれた、大好きなお母様。
――あの頃は、貴族令嬢として何不自由なく暮らしていたわね。
自嘲気味に笑った私は、建付けの悪い窓から満天の星空を見上げた。
「お母様。『未来の国母』に選ばれて、あなたが亡くなった後、私は義妹に何もかもを奪われました」
――思えば、最初の『交換』は、亡きお母様から頂いたドレスだった。
お母様が亡くなってすぐ、継母と一緒に義妹は、愛くるしい容姿と立ち振る舞いで、瞬く間に両親や使用人達の心を掴んだ。
そして、例の噂が広まり、別邸に追いやられてしばらく経った頃、侍女と共に別邸に来た義妹が私の部屋にやって来て、飾っていたドレスを見て、『お義姉さま、この綺麗なドレスを交換して!』と無邪気に奪おうした。
お母様が亡くなって立ち直れずにいた私は当然、泣きながら義妹に抵抗した。
「ダメ! これはお母様からもらったものなの!」
「嫌! 私、この綺麗なドレスが良いの!!」
すると、義妹は別邸に響くほどの大泣きをし、傍に控えていた侍女が血相を欠いて駆け寄り、口を開けて泣く彼女を抱きしめた。
侍女が優しくあやしても中々泣き止まないアリシアに、侍女が私を親の仇のように睨みつけた時、顔を真っ青にしたお父様が私の部屋に入ってきた。
「お父様、私……!」
「おとうさま~!! きいて~!!」
助けを求めようとした私の言葉を遮ったアリシアが、涙で顔を濡らしながらお父様に抱きつく。
そんな彼女の言い分だけを聞いたお父様は、ゆっくりと私に近づくと頬を思い切り殴った。
「っ!」
「お前はアリシアの姉なんだ! これくらい譲ってやれ!」
無抵抗に床に叩きつけられた私の言葉には耳も貸さず、甘えてくる幼い義妹を抱き上げたお父様は、小さく鼻を鳴らすと私からドレスを奪い取ると、アリシアを連れて部屋を出て行った。
その後ろ姿に、涙が止まらなかった。
お母様が亡くなったばかり私は、愚かにもあの人への愛を求めてしまったから。
――唯一、血の繋がっている肉親だったから。
ドレスをお父様から奪われ、お父様に突き放され、涙を流す私に、冷たい視線を向ける使用人達と、心底楽しそうに笑うお継母様。
その時、私は幼心に悟った。
ここにはもう、私の知っている『バリストン公爵家』ではないのだと。
その日を境に、義妹は『交換』と称して、私が大切にしていたものを次々と奪った。
ドレスも、アクセサリーも、本も。
家族も、使用人も、友人も、婚約者も。
ひとつ残らず全て。
――義妹から『交換』されたものを貰うことは一度もないまま。
「でも、ようやく成立した『交換』がまさか婚約者だとは思わなかったわ」
まぁ、今思えば良かったのかもしれない。
正直、魔力と容姿を重視する人たちと家族なんてなりたくなかったから。
ふと、宿の備え付けられた木製のドレッサーの鏡に自分と目が合う。
「フフッ、なんて酷い顔なのかしら」
毎朝見ているはずなのに、改めて見ると、公爵令嬢とは思えない顔をしているわ。
ベッドから立ち上がった私は、鏡に映る自分を観察する。
「目元の隈も濃いし、髪も辛うじて艶が残っている。頬も少しこけているわね」
でもまぁ、仕方ないわよね。
15歳で学園に通い出してから今まで毎日、早朝から深夜まで働いているのだから。
「早朝は出稼ぎ、昼は学園、放課後は王太子妃教育と殿下の執務。夜は父から押し付けられた仕事と復習。休みの日ですら王宮で溜まった仕事を片付けていたわね」
当然、睡眠時間は足りなかった。
食事だって朝は出稼ぎ先の店で賄い、昼は朝の賄いの残り、夜は質素なスープと固いパン。
――アリシアは公爵家の豪奢な馬車で通学して、殿下のパートナーとして社交の場に繰り出していたのに。
いくら『聖女』とはいえ、婚約者でもない女性を堂々と連れて歩いていた殿下に、他の貴族は何も思わなかったのかしら?
まぁ、思わないでしょうね。
だって、王都の貴族たちは皆、『聖女』アリシアが大好きなのだから。
「……私、一応、第一王子殿下の婚約者だったのだけどね」
なのにこのありさま。
本当、笑えないわ。
再び、自嘲気味に笑った私は、簡素なシングルベッドへ大の字に寝転がると、明日以降のことを考える。
「ひとまず、ご飯を食べた後、平民の服を買って着替える。そして、どこかで路銀を稼ぎながら、乗合馬車で次の街へ向かうしかないわね」
ここから路銀を稼ぎながら辺境伯領へ向かうとなると、早くても一ヶ月ほどかかるけれど……御者に置いていかれた以上、仕方ないわよね。
その後、私は働いては移動し、移動しては働く生活を繰り返しながら辺境伯領を目指した。
道中、窃盗に遭いかけたり、宿代が足りず路頭に迷いそうになったりして、何度も身の危険を感じた。
私、公爵令嬢なのだけど。
そんな状況だったから、新しい婚約者のことなんて考えていなかったし……正直、何も期待していなかった。
前の婚約者が、あまりにも酷かったのもあって。
――だからかしら。
新しい婚約者から熱烈な歓迎を受け、私は心底困惑したの。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、第一章完結です!
※大幅改稿しました。
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