第104話 最後の戦い
「なっ! 国家反逆罪だと!? 国家に反旗を翻しているのは、貴様たちの方ではないか!」
前国王陛下の言葉に真っ先に噛みついたのは、この国の王――ではなく、宰相を務めているあの男だった。
前国王陛下によって自らの企みを白日の下に晒されたというのに、それでもなお抵抗するつもりなのね。
……ある意味、その往生際の悪さだけは大したものだわ。
顔を真っ赤にして怒鳴るあの男を見て、フォール様が不敵な笑みを浮かべて前国王陛下の前に出る。
「ほう。それをあなたが言うのか? 二人の娘の人生と前妻の命を利用し、あわよくば、この国を裏から支配しようとしていたあなたが?」
「なっ!」
「セドリック! どういうことだ!」
フォール様の言葉に動揺した国王陛下が、血相を変えてあの男へ詰め寄る。
「セドリック! 父上もおっしゃっていたが、娘と前妻を利用して、この国を乗っ取ろうとしていたというのは本当なのか!?」
「陛下! 今はそのようなくだらない話をしている場合ではございません!」
「くだらない? 『娘と前妻を利用して、この国を支配しようとしていた』のどこがくだらないというのだ!」
怒りを露にする国王陛下を無視したあの男は、笑みを浮かべるフォール様を憎々しげに睨みつけて指さす。
「貴様! まさか、そのような戯言を大義名分にして、国に楯突くつもりか!」
「そうだと言ったら、どうする?」
挑発するように口角を上げたフォール様が、半年前、辺境伯家の屋敷で私とアリシアに告げた事実を白日の下に晒す。
「妾腹の娘とその母を公爵家へ迎え入れるため、正統な公爵家の血を引く実の娘と、妾腹の娘の魔力を禁呪によって交換した。そのうえ、魔力と容姿を重んじる古い価値観に囚われた王族を利用し、妻であるフィオナ夫人を証拠の残らない毒で暗殺。妾とその娘を公爵家へ迎え入れた」
「「「「「っ!!!」」」」」
「そして最後には、その娘を未来の国母に据えた――自らの手でこの国を裏から支配するために」
フォール様の言葉に、王族だけではなく、アリシアを除くバリストン公爵家の面々まで絶句する。
無理もない。
実の娘である私とアリシアでさえ、知らなかった事実なのだから。
「……貴様、どこまで知っている?」
「それは認めたと捉えてもいいのか?」
「違う!」
声を荒げるあの男に、フォール様が静かに笑みを潜める。
「全て知っているぞ。あなたが俺のカーラを文字通り『道具』として扱い、その人生を踏みにじってきたこともな」
絶対零度のようなフォール様の声が、謁見の間を凍てつかせる。
だが、あの男にとっては、火に油を注ぐ言葉でしかなかった。
「そこまで言うのなら、証拠を出せ! 証拠を!」
「証拠? カーラが本物の聖女である証拠か? それとも、あなたが妾腹の娘を未来の国母に据えるために画策した証拠か?」
「くっ!」
苦々しく顔を歪めるあの男とは対照的に、フォール様は冷静だった。
「まぁ、いい。まずはカーラが本物の聖女であることを、ここで証明しよう。そもそも、すべての偽りはそこから始まったのだからな」
小さくため息をついたフォール様は、そのまま私ともう一人に視線を向ける。
「父上、大神官様をこちらへ」
「分かった」
「カーラ。君も俺の隣へ来てくれ」
「分かりましたわ」
「はぁ!? あの女がいるのか!?」
私の名前を耳にした途端、あの男の顔色が変わった。
――やっと気づいたのね。ずっとここにいたのに。
あの男の反応に内心呆れつつ、私は大神官様と共にフォール様の隣へ立つ。
その瞬間――いくつもの視線が私へ突き刺さった。
かつて家族だった者たちから向けられる、容赦のない侮蔑。
そしてアリシアから向けられるのは、それ以上に強い憎悪。
――以前の私なら、その視線だけで身体が竦んでいた。
私は、『魔力ゼロ』の欠陥品で、都合の良い道具だったから。
けど、今は違う。
私の隣には、フォール様がいる。
私の周りには、私を信じてくれる人たちがたくさんいる。
私の中には、神様が与えてくださった力がある。
だから、大丈夫。
「カーラ。皆に、本物の聖女の力を見せてくれ」
「はい」
私は静かに目を閉じた。
そして、頭の中でこの国全体を包み込む巨大な結界を思い描く。
今なら分かる。
アリシアが張った結界が、どれほど脆くなっているのか。
そして、本来あるべき力をほとんど発揮できていないことも。
「……行きます」
両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げる。
『どうか、この国から魔のものたちを追い払いたまえ』
その瞬間、身体の奥底から温かな力が溢れ出し、それが王城を飛び越え、王都へ――そして、遥か彼方にある国境へと広がっていく。
感じる。
私の力によって、アステタント王国全土を覆う結界が張り直されていくのを。
そして、国全体を包んだ力の一部が、祝福となって私たちのいる謁見の間へ降り注ぐ。
「なっ……! こ、この力は……アリシア嬢の力ではないのか!?」
静かに目を開ける。
そこには、驚愕の表情で天井を見上げる国王陛下。
幻想的な光景に言葉を失う王妃様と王太子殿下。
そして、信じられないものを見るように私を凝視する、かつての家族たちがいた。
「すごい、傷が癒えていく」
「なんだか、心まで浄化されていくようだ」
「アリシア様とはまた違った……いや、それ以上の力を感じる」
謁見の間に降り注ぐ聖女の力に敵味方関係なく見惚れる中、フォール様の視線が大神官様に移される。
「大神官殿。この力は『聖女の力』であることに間違いはないですね?」
「はい。それも、アリシア様が行使されていた時より遥かに強力な力でございます。まるで――百年前、この地へ降り立ったと伝えられる聖女様の再来を見ているかのようです」
「そ、そこまで……?」
降り注ぐ聖女の力に手を伸ばした大神官様の言葉に、思わず驚きの声を上げた。
そこまで言われると……さすがにこそばゆい。
とはいえ、もともとは私が生まれながらに持っていた力。
アリシアへ無理やり移されていた時と、発揮できる力に差があって当然なのかもしれない。
「お父様、何を見惚れているのですか! この力は、禁呪によってお義姉さまに奪われた私の力なのです!」
「そ、そうだったな!」
いつものように、人の庇護欲を誘う今にも泣き出しそうな表情で、アリシアがあの男へ縋りつく。
すると、我に返ったかのように、あの男の表情が変わった。
そして私を見るなり、乱暴に指を突きつけてくる。
「おい! 『用済み』となった貴様! 今すぐ我が愛しい娘であり、この国の真の聖女であるアリシアから奪った『聖女の力』を返せ!」
この人は――ここまで証拠を見せつけられても、まだそんなことを言うの?
この神聖な力が本来、私の力であることを誰よりも分かっているはずなのに?
呆然とする私に、悔しそうに顔を歪めたあの男は国王陛下へ進言する。
――この国の宰相とは思えない、最も愚かな進言を。
「陛下! 大神官を唆し、根も葉もないことで王城へ攻め込んだリスタット辺境伯家と、彼らに加勢した者たちは、まとめて国家反逆罪で処刑するべきです!」
「あ、ああ……」
国王陛下は一瞬だけ迷いを見せた。
さすがの陛下でも、私たちに協力した王侯貴族たちをまとめて処刑することには躊躇いがあるらしい。
ましてや、たった今、前国王陛下から見限られたばかりなのだから。
だが……
「陛下! 『聖女』である私からもお願いします! この者たちを……お義姉さまに手を貸した者たちを纏めて処刑してください!」
「アリシア嬢……」
水色の瞳を潤ませて懇願するアリシアを見て、覚悟を決めた国王陛下が王国騎士たちに命じた。
――国の主として最も愚かな命令を。
「我が国が誇る騎士たちよ! 聖女アリシアの力を奪還せよ! そして、この蛮族どもを一人残らず捕らえ、処刑台へ送るのだ!」
「っ!」
――本当に、どこまで愚かなの。王族も……バリストン公爵家も。
「……私は、こんな人たちのために十年もの間、頑張ってきたのね」
変えられない事実を突きつけられ、少しだけ胸の奥が冷たく感じた時、その命令を待っていたかのように、王国騎士たちが一斉に剣を抜く。
さらに、騒ぎを聞きつけて駆けつけた王宮魔法師たちも杖を構え、私たちを取り囲む。
その後ろでは、継母とアリシアが勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
数はこちらが不利。
「フォール様……」
「大丈夫だ」
即座に返ってきた声には、僅かな迷いもなかった。
フォール様は私を庇うように一歩前へ出ると、剣を構える。
「お祖父さま! 父さん! そして皆さん!」
そして、謁見の間に響き渡るほどの声で叫んだ。
「聖女カーラを、お守りください!」
「「「「「おおおおお――――!!!!」」」」」
次の瞬間、王族側と辺境伯側が激しくぶつかり合った。
――謁見の間で、国の未来を左右する最後の戦いが始まった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、次回から総力戦です!
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