第103話 前国王陛下が頼む!
「な、なんだ!? このけたたましい音は!」
重厚な扉の前まで辿り着くと、その向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
――フィリップ王太子殿下。
長い間、私を『魔力ゼロ』と蔑み、まともに婚約者として向き合おうとしなかった男。
「どうやら、フォール様の予想は見事に的中したようですわね」
「あぁ、非常に残念なことに」
小さくため息をついたフォール様は、心底呆れた顔をしていた。
無理もない。
これだけの騒ぎになっても、あの人たちは謁見の間から逃げていないのだから。
「カーラ」
「はい」
「本当に準備はいいな?」
フォール様の真剣みを帯びた言葉に、私は深く頷いた。
「もちろんですわ!」
ここには、フォール様をはじめ、お義父さまやお義祖父さま、前国王陛下――そして、この国の未来を憂い、共に立ち上がってくださった大勢の方々がいる。
今の私はもう、一人ではない。
だから――大丈夫。
私の返事を聞いたフォール様は深く頷くと、前線で指揮を執るお義祖父さまへ視線を送った。
その直後、お義祖父さまの号令が大理石で作られた豪奢な廊下に響き渡る。
「突入せよ――!!」
「「「「「うぉぉ――!!」」」」」
耳を劈くような雄叫びと共に、王城制圧部隊の騎士たちが重厚な扉を勢いよく押し開けた。
「な、なんだ!? 貴様らは!!」
「王族がいるこの場へ武装して押し入る意味を分かっているのか!!」
勢いよく入ってきた私たちに、大勢の王国騎士たちが声を荒げる。
その奥には、玉座から立ち上がり、顔を引き攣らせている国王陛下と王妃様。
その傍らには険しい表情を浮かべるあの男。
そして、顔を青ざめさせた王太子殿下をはじめ、バリストン公爵家の面々が一人残らず揃っていた。
……本当に、全員いる。
すると、王国騎士の問いに答えるように、私の隣にいた前国王陛下が静かに一歩前へ出た。
「もちろん、分かっている。現王家に対して反旗を翻す――そういう意味だろう?」
「あ、あなた様は……!」
その姿を認めた瞬間、王族とバリストン公爵家の面々が大きく目を見開いた。
突然の登場に、言葉を失っている彼らを見て、鼻で嗤った前国王陛下は、お義祖父さまの隣へ並び、玉座の前に立つ自らの息子へ鋭い視線を向ける。
「ハーベルト。私は、お前の『バリストン公爵を宰相に据えたい』という願いを聞き入れ、王位を譲った。その時、お前に何と言ったか……よもや忘れたわけではあるまいな?」
「そ、それは……!」
有無を言わせない静かな言葉に、国王陛下の顔が瞬く間に青ざめていく。
「『もし、お前が王として国を乱すようなことがあれば、その首が飛ぶことを覚悟せよ』――私は、そう言ったはずだ」
前国王陛下の言葉に、その場にいた多くの者が息を呑む。
前国王陛下は、王位を譲る時にそんな約束を交わしていたのね。
それほどまでに警戒しながら、それでもあの男を宰相に据えることを認めたということなのね。
すると、国王陛下が動揺を隠すことなく、玉座から立ち上がると声を荒らげた。
「わ、分かっております! だからこそ私は、今日まで王国の平穏のために尽力してきたのです! ですが、その約束を破ったのは父上ご自身ではありませんか!」
「何?」
不快そうに眉を顰める前国王陛下を前に、国王陛下は頬を引き攣らせながら私たちを指さした。
「父上は! そこにいる蛮族どもと共に武装して王城へ押し入った! つまり、国を乱しているのは、父上の方ではありませんか!」
国王陛下がおっしゃる『蛮族ども』。
それがリスタット辺境伯家をはじめ、ここに集った方々を指していることは明白だった。
確かに、国王陛下から見れば、武装して王城へ押し入った私たちは反逆者なのだろう。
――けれど、それはあくまで、自分たちだけが正しいと信じて疑わない国王陛下とお父様から見た話だ。
息子の言い訳を聞いた前国王陛下が僅かに目を細める。
「……本当に分からないのか?」
「何がですか!」
「なぜ私が、わざわざ武装した者たちと共に、お前の前へ現れたのかだ」
「理解できませんね! 蛮族どもを率いて国を乱そうとしている者の考えなど!」
吐き捨てるような言葉に、前国王陛下はしばらく黙った後、「……そうか」と小さく呟き、静かに目を伏せた。
「お前は、そこまで落ちてしまったのだな。王位を譲った頃のお前なら、もう少しまともに物事を考えられたはずなのだが……」
息子の声を無視するように、前国王陛下は静かに背を向けた。
その表情には、諦めと――深い失望があった。
本当は、この瞬間まで、心の奥底で信じたかったのかもしれない。
――自分の息子には、まだ王として最低限の理性が残っていると。
けれど、今、その期待が完全に潰えてしまった。
愛していた息子の言葉によって。
私たちのもとまで戻ってきた前国王陛下は、フォール様の前で足を止めると、その肩へ静かに手を置いた。
「フォール君。そして、カーラ嬢」
「はい、大伯父上」
「何でしょう、前国王陛下」
「……あの愚かな息子に、引導を渡してくれ」
「よろしいのですか?」
眉を顰める私とフォール様に、一度だけ目を閉じた前国王陛下は、深く息を吐くと、目を開けて小さく頷いた。
「ああ。あれはもう、『魔力と容姿に優れた者こそが優れている』という古い価値観に囚われ、自分が何をしているのかすら見えていない。ましてや、己が他者の思惑に踊らされていることにも気づいておらん」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わずあの男へ目を向けた。
『魔力と容姿に優れた者ほど、価値がある。だから、お前は貴族として欠陥品だ』
魔力鑑定で『魔力ゼロ』の烙印を押されてからずっと、私はあの男の言葉がこの国における当たり前の価値観なのだと思っていた。
けれど、違った。
それは王家とバリストン公爵家を中心に残り続けていた、時代遅れの価値観に過ぎなかった。
先々代国王の時代に起きた大戦を経て、この国の多くの王侯貴族たちは、その価値観がどれほど愚かなものだったのかを嫌というほど思い知り……考えを改めた。
『人の価値を決めるのは、魔力量でも容姿でもないのだ』と。
そのことを私は、他でもないリスタット辺境伯家の皆様から教わった。
「……分かりました。では、合図の方をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
家族の行く末をフォール様に預けた前国王陛下は、覚悟を決めたようにお義祖父さまの隣へ並ぶ。
その背中からは、先ほどまで滲んでいた父親としての悲しみも迷いも消えていた。
そこにいたのは、一人の父親でも祖父でもなく――かつてこの国を治めた、一人の王だった。
そして、謁見の間に集ったすべての者へ届くよう、威風堂々とした声を響かせた。
「アステタント王国前国王、ルーウェン・ル・アステタントの名において、この国の未来を憂い、ここに立ち上がった勇敢なる者たちへ、今一度願う!」
その声に、王城制圧部隊の騎士たちが一斉に姿勢を正し、王国騎士たちと国王陛下たちの顔が強張った。
そして――。
「現国王並びにその一族! そして、バリストン公爵家の主要人物を拘束せよ!」
「「「「「っ!!!」」」」」
威厳ある前国王陛下の声に、王族とバリストン公爵家の面々が顔を引き攣らせた。
「特に、バリストン公爵家現当主には、妾腹の娘とその母を公爵家へ迎え入れるため、禁呪を用いて実の娘から『聖女の力』を奪い、その人生を踏みにじったばかりか、妻であるフィオナ夫人を死に追いやった疑いがある! さらに、その事実を長年にわたって隠蔽し、王族のみならず、国民までも欺き続けた!」
「っ!」
「その上、自らが作り上げた偽りを利用して王族を唆し、王命によって定められたカーラ嬢とフィリップ王太子の婚約すら、己の都合で覆させた! これは一公爵家の家庭内で済まされる問題ではない! 王家を欺き、王命を歪め、国政を私物化した重大な背信行為である!」
「くっ!」
前国王陛下によって企みを白日の下に晒され、あの男は悔しげに顔を歪めた。
「そして、現バリストン公爵家はその企みに加担した! 王族もまた、当主の思惑に気づかぬまま己の欲望で便乗し、不当な王命まで下した結果、国を大きな混乱へ陥れた! よって、彼ら全員を国家反逆の嫌疑により拘束する!」
「「「「「はっ!!」」」」」
前国王陛下の鋭い声に背中を押され、王城制圧部隊の騎士たちが一斉に剣を構えた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、遂に謁見の間に突入!
前国王の言葉にカーラたちは……!
次回もお楽しみに!
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