第100話 決戦前に
辺境伯領の別邸で話し合いをしてから、半年後。
聖女の力を使って各地の浄化を終えた今、水面下で準備を進めてきた反撃の狼煙が、静かに上がろうとしていた。
「よし、やるわよ」
夜明け前。
少し早く目を覚ました私は、王都に隣接するボアソナード公爵領の別邸の庭で、いつものように聖女の力を制御する鍛錬をしていた。
――いよいよ、この国を歪める王家に反旗を翻す時。
自分の中に流れる魔力を感じながら、私はこの半年を振り返る。
各地を巡って私は改めて、聖女として、そして、未来の国母として、フォール様と共にこの国を導こうと固く誓った。
『ありがとう』と子どもたちに感謝されるたびに。
『聖女様が来てくれて良かった』と領民からこの手を握られ、泣きながらお礼を言われるたびに。
『必ず、この国を変えましょう』と協力を誓ってくださる貴族に出会うたびに。
――これ以上、国民を疲弊させるようなことはさせない。
「カーラ、もう目が覚めたのか」
「フォール様、おはようございます」
声を掛けられ、目を開けて振り返ると、そこには鎧に身を包んだフォール様が立っていた。
「おはよう。すまない、鍛錬の邪魔をしたか?」
「いえ、今丁度終わりましたから」
普段は文官と同じような軍服姿のフォール様しか見慣れていないせいか、ここ数日何度か目にしている鎧姿は、いつも以上に彼の凛々しさを引き立て……思わず視線を逸らしてしまう。
――そろそろ見慣れても良いはずなのだけど……ダメだわ、目のやり場に困る。
「どうかしたか?」
「い、いえ! それにしても、フォール様もお早いお目覚めですわね!」
愛する人の凛々しい姿に動揺していた私は、淑女らしい笑みを浮かべて誤魔化す。
「あぁ、どうしても眼が冴えてしまってな」
すると、私の隣に来たフォール様が、そっと私の手を優しく包み込む。
「フォール様?」
「遂に、この日がやってきたな」
「そうですわね」
フォール様の言葉に静かに笑みを潜めた私は、夜が明けようとしている空を見上げる。
私が聖女として各地を巡り、フォール様が次期国王として各地の貴族との繋がりを築いていた裏で、お義父さまやお義祖父さまたちは王都の情勢を見極めながら作戦を練り、それを私たちへ共有してくださっていた。
作戦は至って単純。
参加する貴族たちは、自領の防衛、王城制圧、公爵家関係者の拘束――三つの役割に分かれる。
合図と同時に、それぞれの部隊が王城と公爵領へ突入し、王族と公爵家の主だった者たちを一斉に拘束する。
実は、作戦立案当初、王侯貴族を巻き込む大規模な反乱である以上、国民への被害を最小限に抑えながら王族と公爵家を同時に捕らえるのは、困難だと思われていた。
だが、三か月前にお義父さまがもたらした情報と、辺境伯家へ届いた一通の書状が、状況を大きく変えた。
「『聖女の力の簒奪と国家転覆を企てた辺境伯家に対し、爵位と領地を剝奪した上で、カーラ・バリストンを除く辺境伯家全員を処刑する』……父上から事前に聞いていたとはいえ、実際に書状が届いたとアランから聞いた時は正気を疑ったぞ」
「本当ですわね」
それはまるで、アリシアの思惑をそのまま王命にしたような理不尽なものだった。
もちろん、お義父さまは王命を拒絶し、徹底抗戦の意思を示した。
辺境伯家が王命に反発すると、王家は公爵家を含む王侯貴族に対し、『国家反逆』を理由に辺境伯領への武力介入を命じた。
もっとも、その命令にまともに従ったのは公爵家と王都にいる貴族たちだけだったけれど。
「フォール様」
「なんだ?」
「その……辺境伯領は、本当に大丈夫なのでしょうか?」
次期辺境伯家当主であるアラン様が、今回の辺境伯領の大規模防衛の指揮を執ることになった。
私から見ても、アラン様はフォール様より実戦経験が少ない。
そんな方が大役を担うのは……
不安げに見つめる私に、フォール様は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だ。あそこには大戦を経験したセバスがいる。だから、何かあっても、勘のいいアランを支え、的確に導いてくれるはずだ」
「そうですよね」
先々代国王の時代に起きた大戦で、セバスは当時の辺境伯家当主の側近兼近衛騎士として戦場を駆けたらしい。
フォール様曰く、卓越した剣技で敵を圧倒するだけでなく、戦況を冷静に見極め、主へ的確な判断材料を届け続けたという。
そんなセバスが傍にいるのなら、実戦経験が少ないアラン様でもきっと大丈夫よね。
「それに、ありがたいことに、武に秀でた貴族たちが、自領防衛とは別に辺境伯領を守る部隊を編成し、アランの下に集結している。『どうせ王家と公爵家は、辺境伯領へ戦力を集中させるだろう』と踏んだらしい」
「そうなのですか!?」
「あぁ、だから、たとえ辺境伯家の騎士団が魔物討伐に出払っていても、王国騎士団を制圧するくらい造作もないだろう」
「それはそれで問題ですが」
フォール様の言葉に、思わず苦笑する。
――でも、貴族たちの応援があるのはとても心強い。
その時、フォール様と同じく鎧姿のお義父さまがこちらへ歩いてきた。
「フォール、カーラさん。そろそろ時間だ」
「分かったよ、父さん。それじゃあ、カーラ。行こうか」
「はい!」
正直、これからどうなるかは分からない。
私たちが勝つのか、それとも……。
いえ、私たちは絶対に勝つ。
だって、私たちには、この半年で築いた貴族の皆様との絆と、国民から託された切実な願いがあるのだから。
「フォール様、絶対に勝ちましょうね」
王都にいた頃は、このような熱い気持ちを抱いたことなんてなかった。
だって、私にとって『国の未来のために動くこと』は、逃れられない役割のようなものだったから。
でも、今なら心から思う。
――この世で最も大切な人と共に、この国の未来をより良いものにしていきたいと。
「もちろんだ!」
繋いだ手の強さに安心感を覚えながら、私はフォール様と共に屋敷へ戻った。
そして作戦の最終確認を終えると、夜明けと同時に転移魔法で王城近くの隠れ屋敷に転移した。
――お母様。私、長い間歪められてきたこの国の未来を正すため、お母様が大切にされていた皆様と共に、私が生まれ育った家と戦います。
ですので、どうか私の……いえ、私たちの勝利を祈っていてください。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
というわけで、いよいよ最終局面に突入です。
『交換』によって運命を歪められたカーラは、自らの意思でフォール様と共に運命を切り開いていきます。
ここからの話は、短編でも少し出てきた話を大幅に加筆しています。
楽しんでいただけると幸いです。
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