2人の悪女
クリームヒルトが、大剣を袈裟懸けに振り下ろす。
「王殺しの剣落とし !」
中国三大奇書にも数えられている『金瓶梅』のダークヒロインである潘金蓮は、男たちを誘惑してきた罪深い人生の報いを受けるかのように、鮮血を噴いて倒れ伏した。
だが、続くラウンドでは猛然と反撃に出る。
毒を塗った爪の連撃で体力を削りにかかったかと思うと、舞うような剣舞でコンボを始動させる。
「舞幻惑!」
クリームヒルトは剣を衣の袂で巻き取られる。
「背反擁抱!」
キスで毒を口の中に注がれると、ダメージも大きかった。
そこで、必殺技を見舞う。
背後には春のうららかな中華庭園が現れ、無数の美女たちが群れ騒いでいる。
潘金蓮が、金切り声で命じた。
「女影幻象!」
そのきらびやかな衣装が一斉に、クリームヒルトを押し包む。
ドレスとプロテクターをまとった身体の手足が何人にも掴まれ、一気に引き裂かれようとしたときだった。
ダメージの増加と共に、気力ゲージの表示が、「断罪」に変わった。
衣装の色が、どす黒く変わる。
クリームヒルトが叫んだ。
「復讐の炎!」
燃え盛りる怒りの炎で、女たちの幻影は一瞬のうちに吹き飛ぶ。
潘金連の身体は地獄の業火に包まれて、火柱を上げた。
クリームヒルトの連続2勝で、このゲームは終わった。
観客席に、驚きのざわめきが広がった。
「何だよ、ほとんど無敵じゃないか」
「AIのデモじゃないの?」
「だったら、イベントで見せなくていいじゃん」
そのとおりだ。
どんな超絶技術でも、生身の人間がやってみせてこそ効果がある。
見ている者にしてみれば、自分でもできそうだと思えばこそ、金を払って挑戦しようという気にもなるのだ。
僕が「フェニックスゲート」でデモンストレーションをやってみせているのも、そのためだ。
だから、その時間に店長がバイト料を払ってくれているのだった。
さっきの技を放ったの、AIじゃない。
すると、対戦者席にはすでにプレイヤーが座っていることになる。
……いつの間に?
そう思ったところで、向こうのシートにかかったカバーが揺れた。
いや、カバーじゃない。
小柄なプレイヤーが、フード付きのパーカーを着ていたのだ。
あのカバー……もといパーカーは、昼食後から見えていた。
たぶん、あの大混乱の昼食時間から、クレーンの上に待機していたのだろう。
だから何だと言われればそれでおしまいの、どうでもいいことだ。
それが気になりだしたのは、さっきの圧倒的な技の切れを見ているからだ。
……何で、最初に紹介しなかった?
佐藤が見つけ出したプレイヤーは、人に顔を知られてはまずい事情でも抱えているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、クリームヒルトは次の対戦にかかっていた。
ギリシャ神話『アルゴー号の冒険』に登場する英雄イアーソーンの妻となった、コルキスの王女にして魔女のメディアだ。
メディアは、イアーソーンの心変わりを恨んで、自分の子や後妻もろとも殺してしまった。
その後、炎の翼を持つ蛇2頭に引かせた車に乗って去ったという。
第1ラウンドが始まると、イニチアチブを取ったのは王女メディアだった。
「毒刃の小突き!」
その短剣が憎悪と狂気を伴って、電光石火の速さで襲いかかる。
クリームヒルトの大剣は、ジークフリートのバルムンクと同じで、ダメージは大きいが小回りが利かない。
攻撃と攻撃の合間を縫って、的確に急所を突いてくる。
そのダメージを受けながらも、クリームヒルトは渾身の斬撃を繰り出す。
「女王の血の裁き!」
空気が裂け、赤黒い光がクリームヒルトの足元から噴き上がった。
まるで裏切りの血潮が地面から溢れ出すかのように広がる。
メディアが倒れると、どこからか聞こえてくる声が、この戦場を震わせた。
「その罪、万死に値する……」
合成音だと分かってはいても、身体の奥底にある襞がぎゅっと締め付けられる気がした。
……この感覚は何だ?
殺気というものがあるとしたら、たぶん、これなのだろう。
第2ラウンドでも、王女メディアのほうが隙も容赦もない攻撃を次々と繰り出した。
「魔女の掌打!」
平手打ちでクリームヒルトを吹き飛ばすと、高々と跳躍する。
「火の落下!」
炎に包まれた重い跳び蹴りが、画面を切り裂く。
その端まで、倒れたクリームヒルトの身体が滑っていく。
立ち上がる前に、炎の翼を持つ2頭の蛇に引かせた車が突進する。
「蛇車の降臨!」
炎に巻かれたクリームヒルトが、画面端にぶつかった。
そこへ、燃える蛇2頭が続けざまに襲いかかる。
復讐の女王クリームヒルトは、横たわることもできず絶命した。
ゲームとはいえ、AIのあまりの残忍さに、会場全体が静まり返った。
フィービーも、フォロワーたちも、声も出ない様子だった。
紫衣里はというと、怒りに震えることもなく、平然と座っていた。
そのまなざしが向けられているのは、クリームヒルトのプレイヤーだ。
その声が、〈ワールドタイトルマッチ〉と同じく対戦者席に設けられたマイクを通じて、会場中のアンプから響き渡った。
「……それでおしまい? 王女様?」
どこかで聞いた声だった。
……誰だっけ?
ものすごく身近な人だった気がするが、友達の少ない僕でも、こんな冷たい声は思い出せない。
第3ラウンドも、王女メディアが先に動いた。
「血の契約!」
メディアが短剣で切った手からほとばしる血が、空中で魔法陣となって、その身体を包む。
体力ゲージは下がったが、気力ゲージ「憤怒」が一気に頂点へと達する。
「炎の呪詛!」
足元から噴き上がった赤黒い炎が、呪文とともに奔流となって放たれた。
大剣をふりかざしたクリームヒルトが火柱に変わる。
そこで王女メディアは、勝負を賭けてきた。
「蛇尾の鞭!」
出現した炎の蛇に、その長い尾で弾き飛ばされたクリームヒルトは動こうとしない。
大剣は腰溜めに構えたままだ。
「復讐」のゲージが一気に上がる。
これは、フィニッシュブローを狙う構えだ。
だが、王女メディアのほうが速かった。
「魔女王の裁き!」
空中に巨大な魔法陣が展開し、クリームヒルトの動きを止める。
ゆっくりと歩み寄ったメディアが、逆手に握った短剣を振り下ろした。
その瞬間、画面が暗転する。
ひとり、またひとりと、鎧をまとった騎士たちの影が立ち並び、王女メディアとクリームヒルトを取り囲んだ。
かつての臣下たちに、女王が声高々と命令を下す。
「ニーベルンゲンの帰還!」
王女メディアを押し包んだ騎士たちが一斉に斬撃を放つ。
ふらりと身体を起こしたところで、クリームヒルトの大剣がその首を吹き飛ばした。




