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英雄王と、その王妃と

 昼食後、僕たちは1時間遅れで再びエキシビジョン会場に集まった。

 いろいろとあったのだ。

 実を言えば、僕たちには昼食代相当の食事は振る舞われたのだが、その先がまずかった。

「知らない人についていかない!」

 ちょっと怖い顔をしてみせたが、紫衣里も負けてはいない。

「英輔も一緒だったじゃない」

「僕は紫衣里についていったの」

 紫衣里は目を引くので、事情を知らないVIPが興味を持つのは無理もない。

 馴れ馴れしく肩に手を掛けようとするのを、今朝の満員電車の要領で止めようとはした。

 何かの弾みで手が滑ったふりをして弾いたのを、紫衣里も気づいていたらしい。

「……ありがとう、ずっと」

「いや……そんなこと別に」

 ちょっと、思わぬ無理が出ていた。


 ……指が。


 ゆうべ、アパートのベランダから落ちそうになって、その柵を掴んだときに痛めた左手の指だ。

 痛くはない。

 いつもと何か違うくらいのことだ。

 たぶん。

 ゲームに打ち込んでいない人には何とも感じられないだろう。


 さて、そのVIPから僕も申し訳のように誘われたのは、張り出しの上で行われた立食ガーデンパーティーだった。

 結果は、推して知るべし。

 紫衣里は食欲のままに、食べたいものをお行儀よく食べまくり、もともと少ないVIP向け食材は、あっという間に底をついてしまった。

 佐藤はその後始末に走り回り、VIPに裏方用の弁当を差し出して、平謝りに謝ったのだった。

 さっきまで強気に出ていた僕も、指への不安に加えて、これでは頭が上がらない。

「あの……帰りの交通費はいりませんので」

「ああ……それは、経費で落ちますから」

 佐藤が疲れ切っているのには事情がある。

 フィービーとフォロワーたちが、昼飯を食わせろと騒ぎ出したのだ。

 笑顔を崩すことなくキレ気味の英語で反論していた佐藤は、本当に釣り竿とライフジャケットを突き出した。

 売り言葉に買い言葉で海釣りを始めたフィービーたちは、張り出しでバーベキューをさせろと言い出す。

 佐藤は、この要求に屈した。

 もちろん、釣れた魚の一部が紫衣里の腹の中に納まったことは言うまでもない。


 もっとも、イベントが再開されてしまえば、そこは佐藤の独擅場だ。

「大変お待たせいたしました。では、アルファレイドが新たにリリースいたします〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉のエキシビジョンマッチを行います! まずは……先日行われました〈ワールド・タイトルマッチ〉のチャンピオン、長谷尾英輔!」

 あのクレーンが僕の前に降りてくれば、乗らないわけにはいかない。

 お約束のインカムをつけてアームの先にある筐体に向かうと、それを乗せたクレーンは客席に向かって大きく伸びる。

 僕を乗せた対戦者席が観客の上を飛び回るのを、紫衣里は楽しそうに見守っていた。

 やがて、クレーンは巨大なスクリーンを正面から眺められる位置で止まった。

 目の前には、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉の100人のキャラクターが顔を並べる。

 アルファレイドとの契約のために、僕は予定された「ジークフリート」を選んだ。

 雲の低く垂れこめた戦場に、輝く鎧をに身を固めた逞しいゲルマンの英雄が、魔剣バルムンクを手に現れる。

「百万の軍勢なりとも、我、恐るることなし!」

 その背後では、倒した竜が高らかに咆哮する。

 今後は、対するキャラクターを選ぶカーソルが、凄まじい速さでスクリーン上を走った。


 雪景色の山の中に現れたのは、真っ白な狐だった。

 それが高々と跳ねて、空中をとんぼ返りを切る。

 再び降り立ったのは、ちょっとおどけた美形の侍だった。

 『義経千本桜』に登場する、狐忠信だ。

 吉野山で、源義経は逃避行に連れていけない静御前を置いていく。

 その際、形見に渡した「初音の鼓」は、この狐の両親の皮を張ったものだった。

 それが恋しさに、狐は義経の配下である佐藤四郎忠信に化けて、静御前を守るのだが……。


 第1ラウンド。

 ゲームの狐忠信は、双刀を使う。


狐火連斬こかれんざん!」


 二刀を交差させて、凄まじい速さで斬りかかってくる。


船には衝角(ヴィッダーシュトース)!」


 ショルダーアタックの連続で、狐忠信を画面の端へ追い込む。

 とどめだ。


竜への一閃ドラッヘン・シュラーク!」


 倒れた忠信の背後に狐の幻影が現れ、静かに消えていく。

 最後に桜の花びらが舞い散り、画面が暗転した。

 会場はどよめきに包まれる。

 見下ろすと、紫衣里が顔を上げて僕を見つめていた。

 そこへ、フィービーが興奮の叫びを上げた。

「Cool! I Love You,Haseo!」

 思いっきり投げキッスをされた僕は、紫衣里の怒りのまなざしと、フィービーのフォロワーのブーイングをまとめて浴びることになった。


 第2ラウンドでは、いきなり変則技が来た。

幻影分身げんえいぶんしん!」

 ジークフリートの背後に、もうひとりの忠信が現れる。


竜の旋回(ドラッヘンヴィルベル)!」


 バルムンクの回転が背後の四郎忠信を消滅させ、正面の狐忠信にも刃の連撃を見舞う。

 そこで、背景が吉野の山の雪景色に変わった。


 ……来る。

 ……必殺技が!


 狐の面をつけた忠信がするすると歌舞伎の宙乗りのようにスクリーンのてっぺんへと登る。

 取り出したのは、鼓だ。


 ……まさか、「初音の鼓」なんて!


 甲高い声と共に忠信が鼓を打つと、得も言われぬ音が吹雪を巻き起こす。

 その中から現れたのは、無数の狐たちだった。

 狐忠信の眷属たちが襲い来るのに、ジークフリートは立ち尽くしたまま、為す術もない。

 体力ゲージがどんどん削られていく。

 だが、僕はが選んだのは防御技ではなかった。


 「不死身のウンシュテルブリッヒェ防御・フェアタイディグング!」


 相手の攻撃を受け流しての、カウンター技だ。

「そこだ!」

 狐たちの攻撃は、目くらましでしかない。

 金色の光に包まれたジークフリートが、振り向きざまにバルムンクを見舞う。

 背後へ降り立った狐忠信の刀がはじけ飛んだ。

 だが、その反撃は、正面に隙を作ることになる。


 ……こいつは、双刀使いだった!


 スクリーンのてっぺんから、真っ逆さまに刀が降ってくる。

 無防備の背中を貫かれたジークフリートが絶命すると、狐忠信は二刀を収める。

 狐火が舞う中で面を外すと、一瞬だけ尾を揺らして、すぐに消えた。

 感嘆とも、失望ともつかないため息が会場中から漏れる。

 紫衣里のリアクションは、握り拳ひとつの「ガンバ!」だった。



 第3ラウンドでは、僕が先制攻撃に出た。


 「竜への一閃ドラッヘン・シュラーク!」


 巨大な竜の幻影が現れる。

 バルムンクで放つ一撃必殺の斬撃に、狐忠信が血飛沫を上げる。


 ……やはり、ガードは脆い!


「竜の血」ゲージを見れば、満タンだ。

 今なら、行けるかもしれない。

竜殺しの英雄(ドラッヘントーテル)が。

 方向レバーを逆に入れて、下から前に!

 それをもう一度、と思ったときだった。


 ……やっちまったか。


 親指が悲鳴を上げている。

 手が止まったところで、狐忠信に反撃の機会を与えてしまった。

 「千本桜幻舞せんぼんざくらげんぶ!」

 吉野の山に、満開の桜が咲き誇る。

 さっきとは真逆の背景に、比べ物にならないほどの狐の幻影が現れる。

 狐火が飛び交う中、狐忠信の双刀が、ジークフリートに嵐のような連撃を加えてきた。

 体力ゲージが下がっていく中、僕は戦法を変える。

 向き直って、位置入れ替えの投げ技を使う。

バルムンク地獄投げバルムンクス・ヘルレンヴルフ!」

 元の位置に投げ戻されて転がるところへ、衝撃波を放つ。

大地も砕けよ(エアトブルッフ)!」

 横たわったままの狐忠信が、弓ぞりになって跳ね上がる。


 ……逃がすか!


 「血の誓約ブリュート・フェアトラウエン!」


 空中で引っ掴まれた狐忠信が、ジークフリートの身体ごと、バルムンクで貫かれる。

 双方の体力ゲージが、一気に低下する。

 だが、勝算はあった。

 スクリーン上に、大きく浮かぶ文字がある。

「TIME UP!」

 イリヤ・ムーロメツのときは偶然だったが、今後は読み通りだった。

 頑丈なジークフリートのほうが、体力の減りも遅いと踏んだのだ。

 会場の反応は、いまひとつだった。

 ぱらぱらという拍手の中、フィービーだけがはしゃいでいる。

「Haseo!! That was AMAZING!!」

 またしてもフォロワーたちが同調して騒ぎだす。

 だが、紫衣里だけは違った。

「英輔!」

 いままで聞いたこともなかったような、鋭い叫び声を上げて立ち上がる。

 まずいと思って、なだめにかかった。

「まだ、対戦中だから……ね」

 そこで、佐藤のコールが響きわたった。

「では、続いて、次の新キャラクターをご紹介しましょう。さて、ジークフリートといえば『ニーベルンゲンの歌』前半の主人公です。では、後半は……」

 スクリーンに映し出されたのは、大剣を手にゲルマンの大軍を率いて馬を駆る、戦乙女だった。

 その長い銀髪と、冷たい横顔がクローズアップされる。

 確か、その名は……。

 佐藤が高らかに告げる。

「そう、その妻、王妃クリームヒルトです!」

 馬からひらりと舞い降りたのは、白と赤を基調としたドレスをまとった美女だった。

 右肩には銀の肩当てが輝き、左腕には重厚なガントレット。

 その手に握られた大剣をかざして宣言する。

「……退かぬ。この復讐を遂げるまでは」

 画面上の気力ゲージに、「復讐」の二文字が浮かぶ。

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