勇者な村人D 第20話
本当に、本当に申し訳ありません………
新生活の日々に忙殺されております………
「ん……んぅ………」
「お、起きたか」
目を覚ますと、眼前には夢の中で何度も見た顔。幾分か成長して大人っぽくなっているが、私には分かる。
「………久し振り、お兄ちゃん」
「おう、久し振り」
自分でもわかる、拗ねた声。きっと、半眼でこの人の事を睨んでいるのだろう。まあ、それを涼風のように受け止めるこの人もこの人だが。
「あと………」
「ん?」
「おかえり、お兄ちゃん」
「………おう、ただいま」
この人は、シンクは、今迄孤独に戦い続けてきた。《勇者》の呪いに抗い続けてきた。
うっすらとだが、覚えている。《勇者紋》と《魔王紋》は転生した器を乗っ取ると。それに、寝る時も食べる時も普段の生活でも抗わなければいけないと。
常に、自分の右手にあるその神々しいまでの輝きに、嫌悪感を示さないといけないと。
ずっと、鏡を見てきたのだろう。こんな近くに来るまで気が付かなかった。今や、化粧でさえ隠しきれない目の下の隈。翡翠色の瞳が弱々しい。この人は《勇者》だ。だが、民の一人でもある。
………上に立つものとして、身近な人の変化にも気付かないなんて………何年間離れていたからなんて、唯の言い訳でしかない。
「ダメだな、私」
目を見開く。この人のこんな顔を初めて見た。
「そんな事……そんなことある訳がない。……ある訳がない!」
「し、シンク……?」
唐突に肩を掴まれ、険しい形相でシンクが声を荒げる。
「お前は、王都でなんと呼ばれている?」
「じょ、“女傑”?」
「そう呼ばれるまで一体どんな苦労をした?」
「え、えーとそれは……」
その称号は恥ずかしいからあまり言わないで欲しい。それに、自分の頑張りを人に言うのはちょっと……
「………トロールの巣を単独撃破」
「え?」
口から漏れたのは、疑問の声。なんで、そんな事を知っているの?という単純な。
「ロードオーガを単独討伐」
「王都で開かれる《剣舞祭》にて、最年少ながらに優勝」
「その後、数多の魔物を撃破し、数々の村々救った《勇者》の代名詞………」
「………」
「それが、“女傑”だ。知らなかったろ?」
「なん、で……」
「ん?」
「なん、で、知ってるの……?」
「『見て来た』からだ」
ああ……うん。この人がこう言うのなら、きっと見て来たのだろう。文字通り、『見に来た』のだろう。
気付かなかった。気付けなかった。私も、まだまだだなぁ………
「世間が………」
「ふぇぇ……!!」
背中に伝わる暖かい魔力。シンクが、《勇者》の魔力を解放し、瞳が翡翠色から真紅に変わる。
今、分かった。私は、この人に抱き締められている。この人の魔力に、包まれている。
ーーーなんて暖かく、心地よいのだろう。
「世間が、世論が、世界が、」
「………うん」
「お前の事を何と言おうと……」
「うん……うん」
「俺は、何度だって言うぞ」
「………」
「お前は、凄い。俺は、見て来た」
「…………ぐすっ……うん」
「ははっ泣き虫な所も治ってない」
「……そうだね」
「……………おかえり」
「……………ただいま、お兄ちゃん」
豪っ!と、シンクの魔力が唸る!叫ぶ!轟く!
翡翠色の魔力と、真紅の魔力がとぐろを巻きながら宙へと舞い上がる!
それはまるで、龍。
遥か昔。今はもう、伝承しか残っていないような時代。悠久の時を経て生きる龍という神がいた。
龍はつがいだった。翡翠色の龍と真紅の龍。二匹の龍がとぐろを巻きながら魔力を、オーラを、混ぜり合い、穿ち合い、高め合いながら空を登るその様は、虹にも、天災にも、神秘にも例えられた。
やがて、二匹の龍はーーー空に花を咲かせる、
大輪の花。世界にたむける鎮魂の花。
だが、この花にはもう一つ意味合いがある。
それが………
「どうしようもなく嬉しい時、気持ちが高ぶった時……龍は、この花を世界に咲かせたそうだ」
「結局、龍も私達と変わらない子供だったんだ……」
「ああ、感情の制御も出来ない不安定で不完全な生き物だよ」
龍は、太古の昔に滅んだとされている。だが、まあ……うん。
感情の変化で、どうしようもなく“こう”したかったのは分からんでもない。
空に咲く花。
形は何処と無く向日葵に似ているが、その色彩は様々だ。
緑があり、赤があり、黄色も、青も、紫も、色んな色がぶつかり合い、混ざり合い多種多様な色で一色を作り出す。
ーーーこれは、そんな色なんだ。
「これを、祖父ちゃんは『花火』と呼んだ」
「花火………。火の、花…………うん、ぴったりかも」
「だろ?」
振り返った彼の顔に思わずどきっとする。花火に照らされ、影のついた顔は何処と無く悲しそうで、哀しそうだ。
そうだ。あの日も、あの焚き火に照らされた彼の顔が忘れなくて………だから、決めたんだ。この人の隣で、この人と守りたい、守って行きたい、と。
「………お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとね」
「……ああ」
何に?なんて、鈍感系主人公のような返事はしない。現実はもっとシビアで、辛く、残酷だ。だから、この時ばかりはお礼の言葉を。心からの言葉を。
決して上辺だけの言葉ではない。本心を。
ーーーまあ、こんな感じで、とある血の繋がらない兄妹の再会と相成った。
花火が、神秘が、幻想が、風に流されるその下で。




