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三個目 嫌な予感は元から絶つ

 ひとしはその日、嫌な予感を持ちながらもミリーを縛り付けた後、布団へ入った。

 しかし嫌な予感は消えず、眠れない。何度も寝返りを打ち、眠りにつけぬまま悶える。

 そんな時だ。厳重に閉じられたはずの扉が、ゆっくりと開かれた。


 ギシ……ギシ……と小さな音が聞こえる。ひとしは咄嗟に、枕の下からブラックジャックを引きずり出す。

 その間にも音を殺そうとしながら、小さな音が近づいて来る。布団の中でひとしは、ぎゅっとブラックジャックを握った。

 ……今だ!

 ひとしは布団を跳ね上げ、ブラックジャックを音へと叩きつけた。


「ひゃあああああああああ!?」


 だが、避けられてしまう。小さな物陰は飛び跳ねるように後ろへ下がり、ひとしの渾身の一撃を躱していた。

 ひとしはしくじったことを理解し、小さく舌打ちをする。しかし油断なく立ち上がり、威嚇するようにブラックジャックを振った。


「待ってくださいひとしさん! 私です! あなたのミリーです!」

「己、PS団!」


 ミリーだと言うことは、薄々気づいていた。だが、深夜の不法侵入者。一発殴っておいてもいいだろう。ひとしはそう思い、ブラックジャックを叩きつける。

 必死にミリーは避けた。そりゃもうあんなもので殴られたらたまったものではない。全力で避けていた。


「ひとしさん! 落ち着いてください!」

「侵入者め! 何が狙いだ!」

「貞操……いえ、お話があって来たのです!」

「話?」


 ひとしは、振りかぶっていたブラックジャックを下ろさなかった。話と言われれば、無碍にもできない。その場凌ぎの苦しい言い訳である気もしていたが、話を聞く必要があると思った。


 部屋の電気を点け、学習机の椅子へ座る。ギシリと、使い古された椅子は鈍い音を立てた。

 ミリーはぜぇぜぇ言いながらも、ひとしへと笑顔を向ける。私です、ミリーです、敵じゃないですよ? その顔は、そう訴えているようでもあった。


「で、話ってなにかな?」

「えーっと……その……」

「何もないのなら、寝たいのだけど……」


 ブラックジャックで左手ぽんぽんと叩きながら、ひとしは平然とそう言った。その姿を見て、ミリーは恍惚とした笑みを浮かべる。

 油断無き自分の夫の頼もしい姿が、ミリーには誇らしかった。

 ……しかし、誇らしくなっている場合でもない。ミリーはなんとかして、ひとしを納得させなければいけない。そうでなければ、自分がひとしと添い寝をしようとしていることが、バレてしまうからだ。

 すでにバレバレなことを誤魔化すために、ミリーの高性能な頭脳がフル回転する。……そしてポーンという音と共に、一つの答えが導き出された。


「ひとしさん! PS団です! 私たちの命を狙っています! アジトは突き止めました!」

「PS団め! よし、やられる前にやろう! 行くよミリー!」

「はい!」


 ミリーはPS団へのひとしの尋常ならざる気持ちを利用し、その場を凌いだ。

 心の中では「PS団また滅んじゃうかもしれませんが、まぁ私も吹き飛ばせて気持ちいいし、ひとしさんと私の愛のために仕方ありませんね!」くらいの軽い気持ちがあった。

 しかし、ひとしも馬鹿ではない。恐らく適当なことを言っていることは予測していた。だがそれでも、PS団の名が出た以上、見逃すわけにはいかないのだ。



 二人は夜の闇の中、準備を済ませて家を飛び出した。

 ひとしが自転車を用意しようとすると、ミリーがそれを止める。


「ひとしさん、私に馬乗りになってください」

「ごめん、それは嫌だ」

「嫌!? 嫌ってなんですか!? あ、上に乗られる方が好きですか? ……待ってくださいひとしさん! 家に帰ろうとしないでください! 移動のために、私がメタモルフォーゼします!」


 ミリーへ笑顔を向け、ひとしは躊躇わず自転車へ手をかけなおす。こんなところで戦車やら戦闘機になられてはたまらない。自家用車だとしても、戦闘力を秘めた車。それは戦車と変わらない。

 そう判断し、ガシャガシャと自転車を引っ張り出した。


「ひとしさん!」

「なに?」

「私を……信じてください!」


 胸に片手を当て、真っ直ぐな瞳でミリーは訴えかける。それを見てひとしは、仕方なく諦めた。どうせやらなくてもやっても、ひどいことになるのだろう。ため息をつくしかなかった。


 四つん這いになり、ミリーはぐへぐへと笑いながらひとしを見る。とてつもなく嫌な気分になりながらも、ひとしはミリーの背へと乗ってツインテールを掴んだ。


「いきます! |決戦変形《Kill or Die》!」


 そう叫んだミリーの体が光に包まれる。ひとしは祈った。せめて、少しでもまともな物にメタモルフォーゼしますように、と。

 光が収まると、ひとしの頭にはヘルメットが装着されていた。両手が掴んでいるのはハンドル。そう、ミリーはバイクへとメタモルフォーゼしていた。


「どうです、ひとしさん!」

「うん、思っていたよりは良かったよ。……バイクの左右に、機関銃やロケットランチャーみたいなものがついていなければね」

「では出発します! PS団ぶちころーす!」


 ひとしの言葉を当然のように無視し、ミリーはヘッドライトを眩しいばかりに輝かせながら、夜の街を走り出した。

 ちなみにひとしは二輪の免許を持っているので、操縦ができる。もちろんミリーの自動操縦なので必要はない。


 ……しかし、思うようには行かない。道を走るということは、他の車がいるということだ。苛立つようにエンジンを唸らせるミリーに気付き、ひとしの脳裏には嫌な予感が過ぎった。


「ぶっとばーす!」

「駄目だからね? PS団以外に攻撃したら……」

「ぶっころーす!」

「ミリーを嫌いになるよ」

「安全運転が大事ですよね!」


 ミリーはころりと意見を変え、30kmから40kmほどで進みだす。周囲の車は、当然邪魔だとばかりに追い抜こうとした。しかし横へ並ぶと、すぐに追い抜くのをやめた。

 ガシャリと機関銃やロケットランチャーが銃口を向けるからだ。前にいた車もそれに気づき、我先にと道を譲る。

 二人の専用道路とばかりに、道は開かれた。後ろには数kmどころじゃない渋滞ができているが、世界を救うためには些細な問題だろう。

 二人は夜の闇を切り裂くようにテールランプを灯らせて、PS団のアジトへと向かった。50km道路を40km以下のスピードで。



 数時間たち、夜も深まっている。そんな中で、二人はPS団の新アジトへと辿り着いていた。


「ミリー、どうしてこの場所が分かったんだい?」

「衛星をハッキングしました!」

「聞かなければ良かった」


 ひとしは心の底から後悔しつつ、真新しい白いビルを見た。ここでまたPS団が残虐非道な行いを始めようとしている。そう考えるだけで、ひとしのすあま屋魂は燃え上がった。

 絶対に、許すことはできない……!


 ミリーから降りようとすると、眩い光がひとしを包み込む。足は固定され、動かない。必死に逃げようとするが、無駄な抵抗だった。

 諦め項垂れると、光が収まる。そしてひとしが座っていた場所は、前にも見たことがあるコクピットの中だった。

 手には操縦桿が握られており、放そうとしても放れない。ひとしは深いため息をつく。この展開は、薄々気づいていた。


「道を開きます!」

「普通に侵入しない?」

「ってー!」


 ピンク色の戦車はひとしの言葉を無視し、砲弾を撃ち込む。入口どころか、一階のホールが吹き飛んだ。

 残業か三交代制か分からないが、仕事が終わり笑顔で帰宅しようとする人々に砲弾と機銃が撃ち込まれる。凄惨な状況に、ひとしは乾いた笑いを上げた。


「は……ははは」

「とつげーき!」


 二人とPS団の戦いが、幕を開けた。

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