二個目 出会いは突然に
いつも通りに目を覚まし、いつも通りにミリーを窓から放り捨てる。
平穏な日常をひとしは満喫していた。
ちなみに家にいるときのひとしは、死んだ魚のような目をしながら、胃をきりきり舞いさせている。
……まぁ些細なことである。
家を出て全てのストレスから解放されたひとしは、穏やかな気持ちで学校を目指していた。
途中で猫を見て和んだり、雲を眺めて自分の人生について考えて少し泣いたりする。思春期特有のあれである。
勿論、頭の中はミリーでいっぱいだ。あの超重量級最終決戦兵器、失礼。超重量級最終決戦幼女を追い出す、また失礼。どうやって今後付き合って行くかという、二人の大事な未来のことである。
だがその日はいつもと少し違った。
学校へと向かって歩いていると、電信柱に寄りかかってぐったりしている銀髪セミロングの幼女がいた。
ひとしは慌てて駆け寄る。
「どうしたんだい? 大丈夫かい?」
「あ……あ……」
ひどく疲弊しているようだ。今にも倒れそうだと思った瞬間、幼女が崩れ落ちる。
間一髪と、その体をひとしは支えた。急ぎ病院に連れて行こう、そう思った時だった。
く~。
銀髪の幼女から、とても可愛らしい音がした。そこでひとしも気付いた。
(もしかしてお腹が減っているのかな? こんな幼女がお腹を減らしているなんて、親は何をやっているんだ! おのれ! PS団!)
ひとしは自分の鞄を開き、先程買った昼用のサンドイッチを幼女に差し出した。
「大丈夫かい? 食べれるかな? 無理そうなら病院へ連れて行くよ」
「た、食べていいんですか? ありがとうございます……」
幼女はふらついたまま、受け取ったサンドイッチをもそもそと食べる。そして、当然のように咽た。
ひとしは慌てて鞄から水筒を出す。中身は胃に優しいと評判の飲み物、焙じ茶だ。
何とか焙じ茶を受け取った幼女は、ごくごくと一気に飲む。そして、またサンドイッチを食べ始めた。
その姿を見て、ひとしはほっと胸を撫で下ろした。
サンドイッチを食べ切り、一息ついた幼女はジッとひとしを見る。
そして、ぺこりと頭を下げた。
「すみません、ありがとうございました! とっても助かりました!」
「無事で良かったよ。家まで送ろうか?」
ミリーで色々なものに耐性が出来ているひとしは、紳士の極みであった。
その穏やかな表情で、銀髪の幼女の緊張を和らげる。
「ぽっ/// い、いえ大丈夫です! お兄さんも気を付けて学校に行ってくださいね」
「うん、君も気を付けてね」
幼女は、しっかりとした足取りで歩き始めていた。
その背をひとしは見送っていたのだが、突然幼女は振り返った。
「……あっ、そうだ! お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「あぁ、僕の名前はひとしだよ」
「私はマリーって言います。飲み物とってもおいしかったです!」
「あれは焙じ茶って言ってね、体に優しい飲み物だよ。良かったらまた飲んでみてね」
「はい! 本当にありがとうございました!」
マリーはもう一度、ぺこりと頭を下げて立ち去って行った。
ひとしは時計を見て、自分が遅刻だと気付く。だが、そんなことはどうでも良かった。
彼は満足気に、その場を後にし学校へと向かった。
「ん? ひとし、遅刻だぞ。珍しいな」
教室の扉を開いたひとしに、授業を行っていた先生からの言葉がかけられる。
優等生のひとしが遅刻、先生としても少し心配になってしまうこともしょうがない。
「すみません、ちょっと寝坊をしてしまいました」
「そうか、まぁそういうこともあるだろう」
「はい、すいませんでした」
特に叱られることなどもない。優等生の特権である。
ひとしも素直に謝罪をし、席へと座った。そして、授業に集中した。
午前の授業が終わり、ひとしは購買で買ってきたパンと焙じ茶の入った水筒を机に出し、食事を始めた。
そこで気付く。
(何だ? 水筒が若干軽油臭い……? まさか!)
ひとしは動揺を隠しながら、慎重に水筒を開き匂いを嗅ぐ。……間違いない、水筒から軽油の臭いがする。
そこでひとしは自分の胸ポケットを探ってみる。予想通り、そこには紙が入っていた。
筆跡はミリーのものだった。見なくても知っている。
『ダーリンへ 水筒に愛が足りなかったようなので、ミリーがスペシャルブレンドにしておきました! 是非おいしく頂いてくださいね。 あなたのミリー』
ひとしは紙を握りつぶした後、丁寧に広げ直した。そして力の限り細かくちぎり、捨てた。
仕方なく水筒の中身をそのままに、ひとしは食事を済ませた。
そういえば、マリーはこれを飲んでいた。しかも、とてもおいしいと言っていたはずだ。
帰り道にでも、もう一度マリーを探して病院へ連れて行こう。ひとしがそんなことを考えていると、彼に近づいてくる影があった。
「あの、ひとしくん?」
「すすすす素尼さん! こんにちは」
「うふふ、変なの。こんにちは」
突然話しかけられたことで、つい動揺してしまった。
だが、ひとしはすぐに自分の心を落ち着けた。ミリーと付き合って行く上で、平常心を保つこと、すぐに取り戻すことは生きる上で必須だった。
そして今度は落ち着いて素尼さんへと話しかけた。
「僕に何か用かな?」
「あ、うん。余計なおせっかいかなって思ったんだけど、一限遅れて来たでしょ? 私のノートで良かったら、どうかなと思って」
「それはすごく助かるよ! ありがとう、素尼さん」
「そう言ってもらえて良かった。それじゃあ、これどうぞ」
素尼さんはひとしにノートを恥ずかしそうに渡し、女子たちの集いへと戻って行った。
ひとしはそれを見て、和やかな顔をしていた。
周囲の人から見ても、ひとしくんっていつもニコニコしてるしいい人だよね。こんな風に思われている。
だが内心は違う。
今のひとしは、素尼さんにノートを借りれただけで飛び上がりそうに嬉しかった。ミリーで培った技術がなければ、顔も真っ赤になっていただろう。
その日は一日幸せな気分で、たまに素尼さんのノートを開いてはニヤニヤとしていた。
そして下校時刻、ひとしは素尼さんへと急ぎ駆け寄った。
「素尼さん、ノートありがとう。写し終わったからさ。本当にありがとう」
「えっ! すごく早いね、いえいえどういたしまして」
「うん、それじゃあまた明日」
「うん、また明日」
本当はノートを持って帰り、素尼さんのノートを全部コピーして保管しておきたいくらいだった。
だが、ひとしは紳士である。心残りはあろうと、平穏な生活のためにも素尼さんにノートを素早く返却した。
そして今の暖かい気持ちを持ったまま、その日はとても良い気分で帰路についた。
帰り道でマリーと会った辺りをグルグルと回ってもみたのだが、結局見つけることはできなかった。軽油入り焙じ茶を飲んで、体調を崩して病院に運ばれているかもしれない。
(悪気が無かったとはいえ、何か連絡があったらすぐに出れるように今日はしておこう)
他にできることもなく、ひとしは仕方なくその場を後にした。
数分歩いたところで、ひとしは異変を感じ取った。
尾行されている。
厨二病独特のあれではない、FPS中毒患者のあれでも決してない。
常にミリーから尾行されているひとしだからこそ、はっきりと分かるレベルの尾行が行われている。確実にプロの犯行だ。
一般人であれば、まず気が付かないであろう。
ひとしは慎重に回り道をし、尾行を撒く。この手のことは、ミリーでお手の物だった。
(どうやら、マリーと会った辺りから尾行されていたみたいだ)
一抹の不安を残しながらも、ひとしは家へと帰宅した。
そして今日は飛びついてきたミリーの顔面を掴み、そのまま裏口から外へと投げ捨てた。
「ひとしさん!? 何で私が抱き着いたのに外に投げ捨てるんですか!?」
「あぁ、ごめんねミリー。PS団だったときのことを考えて、冷静に対応しちゃったよ。ミリーだって気付いていたら、こんなことはしなかったんだけどね」
「流石はひとしさんです! 危機管理能力がずば抜けていますね! では今度こそ、おかえりなさいのベーゼを……」
ひとしは目を瞑って必死に背を伸ばしているミリーをスルーし、部屋へと戻り着替えた。
そして店の手伝いをしながら、今日の尾行のことを考える。
(まさか、PS団の残党が動き出しているんじゃ……)
不安を隠せないまま過ごし、その日は就寝する。
何かが起きている、そんな予感がした。




