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一個目 穏やかな日常

 和菓子屋の朝は早い。

 

 ひとしは目を覚ますと、まず枕元に常備してある水を飲む。

 そして部屋のドアのチェック。扉についていた鍵は全て開錠、もしくは壊されている。

 ドア近くに隠して設置してあるカメラの動画をチェックしながら鍵を調べる。


「ふむ。電子ロックはすぐに開錠されているみたいだな。でも南京錠や鎖は効果大っと」


 常に研究に余念はない。この向上心こそが店を支えているのだろう。


「電子ロックの見た目をした鍵なんかもいいかもしれないなぁ。いや、ドアを鋼鉄製に…壁が壊されるだけか」


 物事の一面だけでなく、全体を見通す。

 固定概念に囚われない考え方が大事なのだろう。


「原始的な方法のほうが効果がありそうだな。今晩は網とかを仕掛けてみよう」


 入念にノートに研究成果を記録した後、ひとしは立ち上がり自分の布団に近づく。

 誰も入っていないはずなのに、小さい膨らみがある。

 その場所をゆっくりと、和菓子を作るときのように優しく捲り上げる。


 そこには小さい寝息をたてて眠るピンク髪の幼女がいる。

 彼女の名はミリー。至って普通の幼女だ。

 ひとしはミリーが寝ていることを確認すると、部屋の窓をそっと開ける。


「今日もいい天気だ。日差しが眩しい青空だ」


 今日もいい一日になりそうだ。そんなことを考えながら、ひとしは再度ミリーへと近づいた。

 そして、優しく持ち上げて窓に近づく。

 ひとしの目は慈愛に満ちていた。

 とても優しい目でミリーを見つめた後、ひとしは腕に力を込める。


「そぉーい!」


 窓から投げ出されたミリーは日差しを受けながら、青空の中をくるくると回り…落ちた。

 ドスン! 鈍い音が地面から聞こえる。

 その音を確認した後、ひとしは満足そうに窓を閉めて着替えを始める。


 着替えが終わったころ、家の中からはドタドタと足音が聞こえてくる。

 そしてひとしの部屋のドアが勢いよく開かれた。


「ひとしさん、おはようございます! 私寝相がちょっと悪いらしくて、また外で目が覚めちゃいました!」


 ミリーは照れくさそうに、はにかみながら朝の挨拶をひとしにする。


「おはようミリー。寝てるときのことはみんな分からないからしょうがないね。おっと、顔や服に泥がついてるよ? いつも通りシャワーを浴びたほうがいいね」


 ひとしはにこやかに、ミリーを心配したように声をかける。

 そんなひとしの優しさにミリーはいつも心打たれる。


「そんな。朝からシャワーだなんて/// ひとしさんも一緒に入りますか?///」

「じゃあ、僕は先に朝食をとっているから。ミリーも早くシャワーを浴びておいでね」

「え? そんな恥ずかしいです。でもひとしさんとなら///」


 すでに妄想の世界に入っており話をまるで聞いていないミリーをその場に残し、ひとしは一階へと降り朝食を先にとることにする。


 一般的な家庭で普通に行われる朝のやりとり。その穏やかで平和な生活を二人は満喫していた。




 朝食も済ませ、朝の用意も終わったひとしは家を出る。


「いってきます」

「いってらっしゃい、あなた///」


 ミリーのお見送りを華麗にスルーし、ひとしは学校へと向かうことにした。

 ひとしは現在高校二年生。今そう決めた。

 学校は今では、ひとしの唯一のオアシスである。

 昔は学校を面倒くさいとすら思っていたのだが、この徒歩20分の道のりすら楽しい。


 学校までの道のりで、心を安定させるひとし。

 クラスメートと朝の挨拶を済ませて席に着く。

 そして隣の席に座る憧れの人に挨拶をすることにした。


「おはよう、素尼さん」

「おはよう、ひとしくん」


 彼女の名は素尼 明。

 その美しいロングの黒髪には、清楚さを感じる学校一の美少女だ。

 そしてひとしの片思い相手でもある。


「今日はいい天気で良かったね。でもこんな日は散歩にでも行きたくなっちゃうね」

「ふふ、そうだね。でも授業も頑張らないとね」


 彼女の笑顔はいつでもひとしを癒してくれる。ひとしはデレデレとした顔で彼女との朝の時間を楽しんでいた。


 そしてあっという間に放課後。

 ひとしは荷物を片付け、家へと帰宅することにする。


「それじゃあ、また明日素尼さん!」

「うん。ひとしくん気を付けて帰ってね」


 ひとしは今日も彼女と話せたことに喜びを感じ、にやにやしながら帰路につく。

 だが家まで後5分ほどの所まで来ると、ひとしは気を引き締める。

 パラダイス気分はもう終わりである。ここからは地獄と隣り合わせだ。


 夕方時、実家の和菓子屋は今日も繁盛しているのが見える。

 商品はすあま9割に和菓子1割という和菓子屋だ。

 たまに和菓子を買うお客様もいるのだが、その衝撃的なおいしさからだろう。度胸試しにまで使われているらしい。

 売上は悪いが、それほどまでに好評の和菓子をひとしは誇りに思っていた。


 そっと家へと上がるべく、ひとしは店の裏に回った。

 そして裏口を開けると、いつも通り三つ指を着いて正座をするミリーが待っていた。


「お帰りなさいひとしさん!」

「ただいま、ミリー。お店の方は大丈夫かい?」

「すみません。今は混雑しているので、お義父さまとお義母さまの手伝いへ、すぐに戻ろうかと思います」


 ミリーは今や和菓子屋の看板娘だ。彼女が店にいるだけで売り上げは全然違うのである。


「そっか。着替えたら俺もすぐに手伝うよ。…そういえば一つ気になっていたんだけど、何で帰ってくるのが分かるんだい?」


 きょとんとした顔をした後、ミリーは照れくさそうに答えた。


「それは、その…愛の力です///」


 どうやら真面目に答えてくれる気はなさそうだと、ひとしは部屋に戻ろうとする。

 だがミリーの話は続いていた。


「なーんちゃって。本当は高感度センサーで足音を感知してるんです! 私くらい高性能になればお茶の子さいさいです!」

「そうなのか。ミリーはすごいね」

「えへへ///」


 照れているミリーの頭をひとしは優しく撫でる。だがその目は笑ってはいなかった。

 どうやら今後は静音対策がしっかりとれた靴、そしてスニーキングの技術を磨く必要があるなと考える。

 そんなひとしの考えにはまるで気づいていないミリーは、思い出したかのようにその場を後にして店の手伝いへと戻った。

 ひとしも部屋に戻り着替えると、一階へと降りて店を手伝う。

 店が落ち着いたころ、父親と母親に店を任せて二人は夕食をとる。

 そして交代して今度は店番をする。

 店が閉店し、交代でお風呂に入り休息をとる。

 

 一息ついたひとしは、部屋へと戻る。当然ミリーも一緒だ。

 ひとしはノートを開き、一日を振り返りつつ新商品や今後の鍵の対策を考える。

 その研究を休む日はない。

 ミリーもそれを分かっているのか、ほとんど話しかけずに大人しく本を読んでいることが多い。

 これも良妻賢母の勤めです! とでも彼女なら言いそうだ。

 そして日課を負えると、就寝のためにミリーを部屋へと戻して自分も寝る用意をする。

 勿論巧妙に隠されたビデオカメラの設置と、新しい鍵や罠の設置だ。

 本日も上々の出来栄えだと納得をすると、ひとしは床につく。


 普通の和菓子屋としての普通の一日を送り、今日もゆっくりと寝る。

 そんな平穏が崩されたのは次の日だった。

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