第七章 獅子と悪竜の対峙①
「……ふむ。よもやそのようなことになっていようとは」
サザン伯爵邸の食堂にて。
朝食の際にコウタたちは昨夜の一連について、ハワードに報告した。
「申し訳ありません。伯爵閣下」
コウタは頭を下げた。
「本来ならばすぐにご報告すべきだったのですが」
「いや、構わない。ヒラサカ君」
ハワードはかぶりを振る。
「むしろ侵入者を許したのは我が伯爵家の警備の不備だ」
一拍おいて、
「それを客人に対応させてしまった。謝罪すべきは私の方だ」
ハワードはそう告げる。
ここにはコウタたちと、ハワードと婚約者であるアイシャの姿がある。
ゴーレムたち、そしてメルティアも着装型鎧機兵の中だがこの場にいた。
「お客人たち。そしてリーゼさま。メルティアさまにも申し訳ない。当館の主人である私の不徳とするところです」
「いいえ。伯爵さま」
リーゼがゆっくりと首を振った。
「どうやら昨夜の侵入者は相当な手練れだったようです。人的被害もなく、無事に撃退できたことは幸運でしたわ」
そう告げる。
ハワードには一度捕縛したとは報告していない。
コウタが侵入者の存在に気付き、執務室で何やら怪しい動きをしていたところ、捕らえようとしたが、取り逃がしてしまったという話に変えていた。
正直なところ、この伯爵さまをどこまで信用していいのか分からないからだ。
しかし、伯爵も狙われている可能性はある。下手をすれば命をだ。
だからこそ、侵入に関しては報告したのである。
「伯爵閣下」コウタが言う。
「閣下への領民の信頼の厚さはこの街を見れば一目瞭然です。ですが、どんな名領主であっても恨みや不満が出てくる時はあります。どうかお気を付け下さい」
「うむ。忠告ありがとう。ヒラサカ君」
ハワードは好青年の笑みを見せた。
コウタは「恐縮です」と告げてから、リーゼの方に目をやった。
リーゼは頷き、
「実は伯爵さま。お話があります」
本題である話を切り出した。
「実は、昨夜みなで相談したのですが、わたくしたちは今日にもサザンを出立し、パドロに帰還しようと考えています」
リーゼの言葉にハワードは驚いた顔をした。
「そうなのですか? 二、三日は様子をこの街に滞在されるのでは? 例の魔獣使いの動きを警戒して」
「そのつもりでしたが、本件は未知の魔獣使いです。直接対峙したわたくしたちがいち早く父やアシュレイ将軍に報告すべきだと考えたのです」
「なるほど。確かにそれもありますな」
ハワードはあごに手をやった。
「内容が内容です。正直困惑する状況ではありますが、レイハート将軍閣下もアシュレイ将軍閣下もご息女たちの話ならばより信用していただけるもの」
ハワードは頷いた。
「承知いたしました。私の方で馬車を手配いたしましょう。サザンの警戒は私の部下で対応いたします。改めてあなたがたは騎士団へのご報告をお願いいたします」
「ええ。承知いたしましたわ。重ね重ねご厚意ありがとうございます」
リーゼが感謝を告げる。コウタたちも頭を下げた。
「では名残惜しいが、この朝食を憩いの場としようではありませんか」
ハワードは、にこやかに笑ってそう告げた。
そうして談笑交じりに朝食が進んだ。
二十分後。
コウタたちは出立の準備もあり、退席した。
残されたのはハワードとアイシャ。そしてコウタたちと入れ替わって入室し、後ろに控える老執事ルッソの三人だけだった。
ハワードはコーヒーを口にしつつ、「ルッソ」と老執事を呼んだ。
「みすみす侵入を許すとは何をしている……と言いたいところだが」
ハワードは、カチャリとソーサーにカップを置いた。
「こういっては何だが警護は厳選している。アイシャを守るためにも私が自ら選んだ者ばかりだ。彼らを搔い潜るほどの侵入者か」
「言い訳にはなりますが、侵入者が殺害ではなく調査を目的していたこともあります。流石に旦那さまや奥さまに危害を加える相手をみすみす見逃しはしません」
それでも失態ではありますが。
ルッソは小さくそう呟きつつ、眉をしかめた。
一方、ハワードは双眸を細めて、
「このタイミングで私の執務室に侵入か。十中八九、魔獣使いの一味だな」
「ハワードの正体、そいつらにバレバレだってことか?」
アイシャが半眼で言う。
「というより、あのコウタって奴やお嬢さまたちにもバレてねえか?」
「何を言うか。私の変装は完璧だぞ」
ハワードは立ち上がって婚約者に告げる。
「ヒラサカ君といえども、私が正体だとは夢にも思うまい。魔獣使いどもにしても発覚していないからこそ調査に入られたと考えるべきだろう」
「う~ん、まあ、どうなんだろう?」
アイシャは何とも言えない顔で腕を組んだ。
「ともあれ、先ほどの会話で分かったこともある。恐らくヒラサカ君たちは魔獣使いの輩と何かしらの交渉をしたのだ」
「え? そうなのか?」
ハワードの言葉に、アイシャが目を丸くした。ハワードは「ああ」と頷き、
「だからこそ、彼らは出立を早めたのだ。自由に動くために。恐らく彼らは近日中、奴らと接触するのだろうな」
「彼らを尾行しますか?」
ルッソの言葉にハワードは「そうだな」と呟き、
「任せる。だが、細心の注意を払え。まあ、ヒラサカ君は無論、他の者たちも相当な手練ればかりだ。仮に魔獣使いどもと対峙しても遅れなど取るまいが」
「……いや、あいつらだけで勝てるんなら放っていてもいいじゃねえか?」
と、アイシャが言うが、
「何を言うか。アイシャ」
ハワードは心外だという顔をした。
「私が参加せずにどうする。相手は犯罪者集団だ。悪の魔獣使いなのだぞ。ここで私が動かなければ――」
一拍おいて、ハワードは愉快気な笑みを見せる。
「『正義の味方』の名折れというものだろう」
そう告げた。
(……うわあ)
それは心底悪乗りした子供の笑顔だった。
思わず、アイシャが溜息をついても仕方がないことだった。




