第五章 その心は②
(これはかなり困難な任務ね)
マイアは気配を消して、夜の街を進んでいた。
隠形といえども姿が見えない訳ではない。意識から外れているだけだ。
彼女はそこにいながら、街の情景の一部のように溶け込んでいた。
標的もいないのに、どうして隠形などを使っているのか。
職業病でもあるが、今は理由がある。
人の会話に耳を傾けるためだ。意識から外れて傍に近づき、その言葉を聞く。
人の目がなければ会話も大胆にもなる。マイアはそれを聞いていた。
――件の人物。白金仮面。
その話題はよく出てくる。街中でも酒場でもだ。
だが、誰一人その正体にまでは辿り着いていないようだ。
情報としては曖昧だ。噂話の域を超えていなかった。
(これは事件を起こした方が早い?)
幾つかの酒場を回った後、マイアはそんなことを考える。件の人物をおびき出すような事件を意図的に起こし、白金仮面が事件を解決した後に尾行をする。
拠点さえわかれば、その正体を探るのも難しくない。
(けど、ザーラは件の人物を警戒している。相当な猛者と考えるべきね)
ザーラの戦士としての勘は一級品だ。その実力もマイアは身を以て知っている。
そう。それこそ何度も、幾夜にも渡って思い知っているのだ。
(ザーラが警戒するのなら、暗殺はまだ見送った方がいいわね)
指令通り、今は件の人物の居場所を探るのが最優先だ。
正体に関しては出来れば程度の考えでいいだろう。
そう考えながら歩いていると、声が聞こえてきた。
考え事をしていようと、収集すべきワードは耳に入るようにしている。
それは荷を運ぶ行商人と通行人の会話だった。
どうやら顔見知り同士のようだ。主な内容はただの雑談だが、中には白金仮面の正体について論じるものがあった。
「見たことあるか? あれだけの装備だ。あれは相当に金を持っているね」
「じゃあ金持ちの道楽かよ」
「正直、それはあり得るかもな。けど、いいじゃねえか。正義の味方なんぞ金持ちの道楽にしちゃあ、かなり真っ当なもんだぞ。ああ、アロンじゃこんな昔話があるぞ」
一拍おいて、行商人が語る。
「どっかの国のお偉い将軍さまが名前と身分を偽装して城下を見回るんだ。そんで悪党を見つけたら退治するっていう昔話だ」
「なんだよ。その酔狂な将軍は? ただ暴れてえのか?」
「いや。悪党退治はおまけだな。娯楽要素として取り入れたんだろ。まあ、民に寄り添って城下のありのままの声を聞きたいってのが目的だ。上に立つモンはかくあるべきって教えでもあるらしいぞ」
「へえ~」
そんなやりとりを収集する。
些細な雑談が、マイアの勘に触れる内容でもあった。
(民の声を聞く? 結果、悪党を討伐する正義の味方……)
意外と共通点のある昔話だ。それに白金仮面が資金面に恵まれているというのは、商人としての言葉だろう。
(別に正体を隠して民の声を聞くのはその将軍自身でなくてもいい。なら、白金仮面の活動資金を支えている者がいる?)
そう思案する。その考えでメリットがある者は一人だけだった。
――そう。この都市の領主だけだった。
マイアは双眸を細めて歩き続ける。
(これは騒動を起こす前に調べてみるのもいいかもしれない)
そう考えて、彼女は夜の街の中へ消えた。
一方、サザン伯爵邸。
メルティア、リノ、リーゼ、アイリ。エルにリッカ。アヤメと。
悪竜の花嫁たちのみが集まった客室にて。
各々ベッドの縁、テーブル席に座りながら、彼女たちは沈黙していた。
結局、コウタに問われた以上、彼女たちには答えるしかなかった。
何も知らないまま遭遇するのが、最も避けるべきことだからだ。
互いの顔を見えてから、最初に事実を知ったリノが代表してコウタに伝えた。
流石にコウタも驚きを隠せなかったようだが、
『……そうか』
むしろ、いつもと変わらない穏やかな声でそう告げた。
親友のジェイクが無言でポンとコウタの肩を叩いたのが、印象的だった。
「意外と」テーブル席に座るアヤメが口を開いた。
「コウタ君はとても冷静だったの、です。やはり、すでに復讐を果たしているからではないのですか?」
「……アホウが。犀娘」
同じくテーブル席に座るリノが、アヤメを一瞥して嘆息する。
「どれほど心の裡で憤怒や憎悪を抱こうが、コウタがわらわたちにそんなものを見せる訳がなかろうが」
「……う」アヤメは声を詰まらせた。
「……はい。コウタはとても静かに怒りますから」
ベッドの縁に座るメルティアが言う。
「私が知る限り、コウタが憎しみや怒りを剥き出しにした相手は、レオス=ボーダー本人のみにです」
「……コウタさまはとても優しいお方ですから」
メルティアの隣に座ったリーゼも告げる。
「ただ、あの方は魔竜のごとき力量を持つお方でもあるのです。力ある者として、ご自身の怒りが周囲にどれほど恐怖を与えるかもご理解されているのでしょう」
「……コウタが強いことはよく知っている。その力量も、心においてもだ」
リノとアヤメと同じテーブル席に座ったエルが口を開いた。
腹部を押さえるように腕を組み、
「だが、メルティアたちの話ではやはり心中穏やかではいられないようだな」
「……流石にこれは無理だと思う」
最年少のアイリが言った。
「……家族の仇に関わる相手だし。仇とその家族は違うと思うけど、今回の連中はコウタの仇と同じ考え方の人たちみたいだし」
「まあ、そうじゃのう」
リノは嘆息した。
「見たところ、かなり思考や思想は近いじゃろうな。今回は仇とその家族と区分けして考える必要もないと思うぞ」
さて、と続けて、
「やはりコウタの心は荒ぶっておるじゃろうな。メルティア。リーゼ」
リノは二人の名を呼んだ。
「荒ぶる魔竜を鎮めるには贄が必要じゃ。今宵は誰が行く?」
「……ちょっと待つの、です」
アヤメが、リノにジト目を向けた。
「どうして当たり前のように相手があなたたち三人になっているのですか。順番ではリッカのはずなの、です」
「アホウ。コウタを侮るな」
今度はリノがジト目を向けて返した。
「抱き潰されるぞ。なにせ、コウタは本質的には魔竜だからのう。相手を喰い尽くすほどに貪欲じゃ。ましてや今は荒ぶっておる。経験なきそなたらではまだ務まらぬわ。十時間の話を忘れたか」
「「……う」」
アヤメとエルは言葉を詰まらせた。アイリは遠い目をしている。
しかし、一人だけ壁際に控えていたリッカは、
「……いえ。リノさま」
リッカはかぶりを振った。
「私は、すでにそれを経験しています」
その台詞に全員が言葉もなく、リッカに注目した。
「忌まわしい記憶です。今でも震えます。ですが」
そこでリッカは瞳を細めた。
「あの方はこんな私を受け入れてくれました。生きていて欲しいと願ってくれました。だからこそ、私はあの方の想いも受け止めたいのです」
一呼吸入れて、
「覚悟はできております。リノさま。お気遣いは不要です」
リノは無言でリッカを見つめた。リッカは言葉を続ける。
「私はあの方の憎悪もまた受け止めます。私にはその使命がありますから」
そうして。
彼女は自分の胸元に手を添えてこう告げた。
「何故なら、私はあの方の騎士であり、あの方の鞘なのですから」




