母親の心配
とるとるとるるるる…
家に一つしかない(当たり前だ)固定電話が、そんな感じに鳴り響く。多分違う音だろうが、俺にはとるとるとるるるる、としか聞こえない。
え?耳がおかしいんじゃないか?
いや、大丈夫です。お気になさらず。はい。
がちゃんこ。口で効果音をつけて、受話器を持ち上げた。
「もしもし?アキ?」
懐かしい声、と言っても2日ぶりの声。あ、割と最近に聞いてたわ。
大事な身内、母の声。
「もしもし?うんうん、オレオレ」
そう、オレオレ詐欺。うそうそ。
この家に掛けてくる時点で俺以外あり得ないよな。他のやつが電話出てくるのはおかしいだろ。
急にかかって来た電話に、ナゴは驚いてどこかへ走って行ったが、数秒もせずに戻って来ていた。
にゃんだよびっくりさせるにゃよ、と誰に対してかよくわからない文句をしきりに呟いていた。
「あぁ、アキ、良かったわ。家にいたのね」
「ん?うん」
良かった、って何が。
俺の家だし。俺いちゃダメなの?
「てっきり、もう大学に行ったと思ってたから母さんびっくり」
……ん?大学?
固定電話の、画面を見た。時間が右上に表示された画面。
『11:27』
あぁ、もうすぐお昼なのかぁー。道理でお腹空いたと思ったわー……。
じゃなく!
そうだよ、俺ナゴに出会った時外にいたよな。あれ、目的があって外出たんだったよな。じゃなければ、幼馴染のように引きこもりたい。俺もあいらぶまいほーむ、っていう人種だから。
発音が悪いのは気にしない。中・高と、英語の先生には発音の悪さに呆れられてきた。と、そんなことはどうでもいい。
閑話休題。
今日は大学の日だったのだ。
いや、俺は基本平日は普通に大学行ってるわけだから、今日『は』じゃない。
でもまぁ。仕方ない……。
出席日数は幸いにも今のところ困ってはいないし、まぁ、今日の講義に出なかったところで大きな問題は恐らくないだろう。多分。今更行っても無駄足だしな。
「……で、どーしたの?母さん」
「いやね、そろそろあんたも里帰りしたら?と思ってね」
「里帰り?」
「そうよ。だってあんた、そっち行ってもう半年我が家に帰ってきてないでしょう」
ああー。そういえば、そうだったかなぁ。
「ハルもさみしがってるわよ。勿論、ふゆきさんもね」
ハル……春は、俺の妹。
ふゆき……冬樹は、俺の父。
ちなみに、俺の母の名前は夏果という。春夏秋冬。季節をコンプリートだぜ。
という冗談はさて置いて、何故か我が家のメンバーは揃いも揃って季節の名前だった。
どうして?と、幼心に聞いてみたら父はドヤ顔で面白いだろ?と言ってきた。
別に面白くはない。
「で、いつ帰ってくるの?」
母のなかで、俺が帰るのは決定事項らしい。
「……じゃあ、近々帰るよ」
少し考えた末にそう言った。
流石に、そろそろ帰った方がいいかとも思うし。
「じゃあ、楽しみに待ってるわね。あぁ、そうそう。アキ」
「ん?」
もう電話を切っても良いのかと思っていたのに、母さんが引き止める。
「最近、変わったことはない?大丈夫?」
「変わったこと……」
ナゴに視線を向けた。
ナゴは横目で俺を見つつ、にゃぁーんとあくびしてた。呑気なやつめ。
さっきまで真剣に話していたのが嘘のようだ。嘘なのか?
嘘だったらいいなぁ。
大事な人が死ぬなんて、縁起でもない。
「アキ、別におれにょことを言うにょは構わにゃいが、変人呼ばわりされるにょもアキにょ自由だぞ。おれは人前では喋らにゃいからにゃ」
……電話の向こうには聞こえない声でそう言われた。
ナゴは言うだけ言って、興味なさそうにふいっとあちらを向いてしまう。
『母さん、実は喋る猫が。うんぬんかんぬん』
これ喋ったら絶対、母さんは俺の頭を心配するだろう。
親とは子を心配するものだからな。
ただし、頭だ。今回に至っては。
そんな心配嬉しくない。
「大丈夫だよ、母さん」
「そう?それなら良いのよ。じゃあね」
「うん」
母さんはそれで電話を切った。かちんっ、と俺も受話器を下ろす。
若干、俺の中での効果音が古い。
気のせいか。




