1 旅立ち その⑤
物音でガジュは目を覚ました。なにか壁に物が当たる音が聞こえる。
瞼を開くと、空はまだ薄暗い。夜明けまで、まだ時間があった。日の出と共に目を覚ます村人たちも、まだこの時間はベッドの中にいる。
ガジュはベッドから体を起こした。そっと窓から外を覗くと、小石を投げるウルワシカの姿が、月明かりの下に見えた。
ため息が漏れる。怖がって損をした。こんな時間にアイツはなにをやっているんだ?
ガジュはベッドから、のそりと体を起こすと家を出た。
「なにしてるんだよ。まだ夜だぞ」
「一緒に村を出ましょう」
ガジュは寝起きの頭で、ぼんやりとウルワシカを見る。瞼を3回瞬いた後、ウルワシカに聞き返す。
「今、なんて言った?」
「一緒に村を出よう、って言ったの」
聞き間違えではなかったらしい。ウルワシカのとんでもない提案に、ガジュの眠気は吹っ飛んだ。
「なに言ってんだ。そんなことができるわけないだろ。檻には鍵がかけられてて、その鍵は村長が持ってる。それはウルワシカだって知ってるだろ」
村長は檻の鍵の隠し場所について、家族にすら内緒にしていた。ウルワシカも鍵の隠し場所は知らないはずだ。
ウルワシカはポケットからなにかを取り出した。ウルワシカの手の平の上で、月光を浴びて、銀色の鍵がキラキラと光っている。
その鍵はガジュを閉じ込めている檻の鍵だった。
「なんでウルワシカが、その鍵を持ってるんだよ!」
ウルワシカはいたずらっぽく笑った。
「お父さんに黙って借りてきたの。見つけるのに苦労したんだから、褒めてよね」
「自分がなにをしようとしているのか、わかってるのか? 僕がいなくなったら、この村はどうなる? パンル国との併合の話も――」
「そんなのわかってるわよ!」
ウルワシカが一喝して、ガジュの背筋が震える。
「それでも、わたしはガジュと一緒にいたいの! 私はガジュと一緒に、広い世界を見たいの!」
聞き分けのない子供のように、胸に秘めていた思いを、とうとうウルワシカは口にした。堰を切ったように、その思いは止まらない。
「ガジュが私のことを好きじゃなくても構わない。ねぇ、一緒に外の世界へ出かけましょう?」
外の世界。
ガジュの心臓が大きく脈打った。
外の世界をウルワシカと一緒に旅する。それはこの上なく魅力的な提案だった。
「ガジュはここで一生を終えてもいいの?」
考えるまでもなかった。
檻の外に出たい。そして、ウルワシカの隣にいたい。
「僕は……外の世界を見たい」
ウルワシカはニッコリと笑った。鍵を鍵穴に差す。夜明け前の静けさに、開錠の音が響いた。
檻の外に出ると、いつもの風が、いつもと違って感じた。もっと冷たく、もっと爽やかだった。
檻の外に出たガジュは、ウルワシカに全神経を注ぐ。ウルワシカに言わなければならないことがあった。
「ウルワシカ、さっき君は、僕が君のことを好きじゃなくても構わない、と言ったよね?」
「うん」
「僕は――」
ウルワシカが好きだ。
そう言おうとしたところで、見計らったように邪魔が入る。
「こんな時間に、お前たちはなにをしてるんだ?」
呆れたような声が聞こえた。声に振り向けば、丘の斜面に村長が腕を組んで立っている。
「お父さん、私の後をつけてたの?」
「まったくお前は……どうしても私の言うことが聞けないらしいな」
「自分の行動ぐらい、自分で決められるわ。私はもう子供じゃないんだから」
「立派に成長してなによりだ。しかし、父親の最後の頼みぐらいは聞いて欲しいものだな」
「最後の頼み?」
「この村を出て行くのなら、これを持って行け」
村長はポケットから皮袋を取り出した。ウルワシカは丘を下り、その革袋を受け取る。革袋からは、硬貨の擦れる音が聞こえた。
「これって……」
「これだけあれば、この星の裏側にだって行ける。さぁ、その金を持って、ガジュとどこへでも行っちまえ」
「……お父さん、いいの?」
「いらないのなら返してくれ。それだけあれば、残りの人生ずっと酔っていられる」
しかし、村長は腕を組んでいる。革袋を受け取るつもりはないようだ。
ウルワシカは村長の気持ちを汲み取った。
「ありがとう」
口元を緩めた村長は、すぐに表情を引き締めると、ガジュに視線を向ける。
「ガジュ、村を出たら北にあるノスト村へ行け。そこには、よく当たると評判の占い師がいる。その占い師なら、きっとお前たちの進むべき道を示してくれるはずだ」
「わかりました。ありがとうございます」
「わかったなら、とっととこの村から出て行け。グズグズしていると、夜が明けてしまうぞ」
夜明けがくれば、他の村人も目を覚ます。別れを惜しむ時間はなかった。
丘を少し降りたところに二人はいて、ガジュが丘を降りて来るのを待っている。
ガジュが丘を降りようとしたときだった。
昨日に続き、またもや地震が起こった。最近は地震が頻繁に起きていたが、今度の地震はいつにも増して大きい。3人ともバランスを崩して、地面に手をついた。地震は30秒ほど続き、やがて収まった。
しかし、ホッとしたのも束の間、縄が切れるような不気味な音が連続して聞こえた。
「なに? なんの音?」
ウルワシカが村長の服を不安そうに握り、辺りを見回している。
視界の端で影が動いた。そちらに目を向ければ、山肌が雪崩のように滑っている。
土砂崩れだ。縄が切れるような音は、植物の根が切れる音だったらしい。
土砂は山間にあるタルタラ村に、一挙に押し寄せた。木で作られた家を、いとも容易く土砂は押し倒していく。
「ウルワシカ、村長、檻を登るんだ!」
呼びかけたガジュ自身も、死に物狂いで檻を登る。檻を登り切ったときには、全身が汗まみれになっていた。檻の上から見下ろせば、村長とウルワシカが檻を登っていた。
轟音はすぐそばまで迫っている。
「ウルワシカ!」
ガジュはウルワシカを掴んで引き上げようと、手を伸ばした。見開いたウルワシカの瞳に、月が映っていた。
「ガ――」
ガジュの名前を呼ぶウルワシカを、黒い奔流が飲み込んだ。
ガジュは呆然と檻の上から、全てを飲み込む土砂を眺めていた。
太陽が昇り、暖かな陽光が、残酷な現実を白日の下に晒す。昨日まで賑やかだった村は、今や風の吹きすさぶ音しか聞こえない。
村は土砂の下に埋まり、丘の上にあった檻の上部だけが、土砂から突出していた。今日ここを初めて訪れる者がいたら、この土砂の下に村があったなんて気づかないだろう。
誰か生き残りがいないかと、ガジュは村を見て回った。しかし、生き残りは誰もいない。足下で眠る村人を偲んで、ガジュは静かに涙を流した。
足がなにかを踏む。足を退けると、それは革袋だった。拾い上げれば、金属のぶつかる音が聞こえた。これは村長がウルワシカに渡した革袋だ。中には金貨が詰まっている。
この金があれば、ウルワシカとどこまでも行けた。
一人となった今では、どこへ行けばいいのかわからない。
「僕はどうすればいいんだ?」
答える声はない。
村長は、北にあるノスト村へ向かえと言っていた。そこにはよく当たる占い師がいて、進むべき道を教えてくれるという。
その占い師なら、これから僕が何を為すべきなのかも教えてくれるのだろうか?
旅立ちの準備を終えたガジュは、とぼとぼと北へ向けて歩き始めた。
すべてが夢であって欲しいと、背後を振り返ってみても、無情な現実に変わりはない。体中から力が抜けた。
ガジュは顔を前に戻し、小さく溜め息をこぼすと、とぼとぼとまた歩きはじめる。
見送る者もいない。
連れ立って歩く者もいない。
たった一人の寂しい旅立ちだった。
うーん、これってファンタジーなの?
どうも、作者の猫夢です。
〝ねこむ〟と〝ねこゆめ〟どちらの読みがいいのでしょうか?
〝ねこむ〟だと〝寝込む〟というイメージがあり、ちょっとなぁー。
でも、〝ねこむ〟という響きは好き!
すいません。しょうもないことで行を浪費してしまいました。
さて、この作品ですが、私の勝手な選択で、ハイファンタジーに分類されております。
しかし、なろうでの私はほぼ書き専。
ファンタジーがどういうものなのか、よく理解しておりません。
ファンタジー? コカ・コーラのドイツ法人が開発したフルーツ味の炭酸飲料のブランドのこと?
それはファンタ!
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