1 旅立ち その③
ウルワシカとコリンが丘を降りて行った後、すぐに新たな客人が現れた。
「すまないな」
現れたのはウルワシカの父であり、このタルタラ村の村長でもある。突然の謝罪の言葉に、ガジュは首を捻る。
「なんで謝るんですか?」
「悪いが、お前に娘はやれん」
村長の瞳の奥には、揺るぎない意志が宿っていた。
タイミングよくコリンがウルワシカを連れて行ったことと、無関係ではなさそうだ。
「その理由をお聞かせ願えますか?」
過度に丁寧な言葉で応じると、忌まわしそうに村長は片頬を歪めた。
「パンル国の国王が、ウルワシカをぜひ息子の伴侶にと仰って下さった。娘の幸せを願う親として、その話を謹んでお受けした」
パンル国の国王と、その息子の訪問を、村長はウルワシカに隠していた。それはウルワシカとコリンの婚約を、ウルワシカには内緒で進めるためだったらしい。
ウルワシカ本人には内緒で、外堀を埋めていくようなやり方が気に食わなかった。というか、ウルワシカが他の誰かと婚約することが、そもそも気に食わない。
「ウルワシカには内緒で?」
ガジュが毒を吐くと、村長は鼻に小じわを寄せる。ガジュと喋るたびに、どんどん不機嫌になっていく。
「今、コリン様が話しているはずだ。コリン様自ら、ウルワシカをお選び下さったんだ」
「振られるとわかっているのに?」
村長の目が据わった。ガジュは瞳を逸らすことなく、その視線を受け止める。
ウルワシカを巡って、いつかこんな日が来るとは思っていた。それがとうとうやって来たわけだ。
この村の村人とは、おおむね友好関係を築けている。しかし、村長とは早くから対立していた。
ガジュが幼いとき、ガジュの世話役である村長は、たびたび檻の中に入って、ガジュの面倒を見ていた。
たった一人檻の中に閉じ込められて、友達もいないガジュを、村長は不憫に思ったのだろう。娘であるウルワシカを、ガジュの話し相手に連れて来てくれた。それが後に、こんな問題に発展するとは、そのときは村長も想像すらしていなかったに違いない。
先述した通り、ガジュの見た目は神秘的なまでに美しい。それは子供の目から見ても明らかだ。
心身を病み、瘦せ細っていたガジュは、しだいに健康を取り戻して、その美しさも取り戻していった。
最初はガジュに同情していたウルワシカだが、同情が恋情に変わるのに、そう時間はかからなかった。二人のそばにいた村長は、すぐにウルワシカの心の変化に気づいたようだ。
思えばあのときから、村長はガジュを敵視していた。今、村長はその敵対心を隠そうともしない。
「振られると決まったわけではない。女は自分を幸せにしてくれる男を選ぶものだ。ウルワシカは賢い。きっと正しい選択をする」
まるで自分に言い聞かせるように強く言い切った。想像したくない未来から、無理に目を背けている。
村長がそんな風に意地を張るのは、どうでもよかった。それよりも聞き逃せない言葉があった。
自分を幸せにしてくれる男を選ぶ?
「その言い草だと、まるで僕がウルワシカを幸せにできないみたいに聞こえますけど?」
村長は嘆息した。怒りが解け、その目には憐れみが滲んでいる。
「お前はいいヤツだ。村のみんなもそう思っている。だが、お前に私の娘は幸せにできない。それは、お前が精霊人だからだ」
「なんで僕が精霊人だったら、ウルワシカを幸せにできないんですか?」
この村に来て、特になにかをしているわけではない。それでも自分がいるだけで、この村には幸運が舞い込んでいた。ウルワシカだって、その恩恵を受けている。むしろ自分は、ウルワシカを幸せにしているはずだ。
村長は檻の格子の硬さを確かめるように、拳で格子をノックする。
「この檻は、お前を閉じ込めているが、同時にお前を守ってもいる。知っているか? この村に、本物の精霊人がいると、噂が広まりだしている」
初耳だった。しかし、考えてみれば当然のことでもある。この村の目覚ましい復興を鑑みれば、誰もが、その原因を知りたがるだろう。ようやくその原因が、村の外にも広まり出したわけだ。
「この檻が僕を守っているってのは、どういう意味ですか?」
「みんな考えることは同じだ。お前を使って、楽に儲けようとしている。お前を誘拐しようとした人間だっているんだぞ?」
誘拐という言葉が、胸に突き刺さる。
ガジュは鉄格子をちらりと見て、感じた気持ちに舌打ちをした。
今まで鉄格子は、自身を閉じ込める忌まわしいものでしかなかった。しかし、村長の話を聞いた後では、この鉄格子が頼もしく思えてくる。そんな考えが忌々しい。
複雑な思いのガジュに、村長はさらに驚きの事実を伝える。
「それを未然に食い止めて下さったのがコリン様だ」
「コリンが?」
「コリン様が自ら兵を率いて、賊徒と戦われたんだ。そのときに負った傷を、ウルワシカが手当てをして、コリン様は愛に目覚められたらしい」
ガジュは半笑いになる。
なんだよ、それ。それじゃあ、僕は恋のキューピッドじゃないか。
「だから、なんですか? 僕はコリンに感謝なんてしませんよ」
コリンが悪い人間でないことは知っている。しかし、コリンにウルワシカを奪われたくないから、素直に感謝できない。
「近い将来、お前を巡って争いが起こる。もし、お前がウルワシカと一緒にいれば、ウルワシカの身に危険が及ぶが……それでもいいのか?」
ガジュを巡って、争いが起き、その渦中にウルワシカが巻き込まれたら……。
それはどんな脅しよりもガジュに効いた。
「そのときに備えて、我が村はパンル国に併合されることになった。パンル国と併合する上で、ウルワシカとコリン様の結婚は重要な意味をもつ。この村は王女の出身地になる。この結婚は村にとっても、ウルワシカにとっても、そしてお前にとっても、よい話なのだ」
反論のしようがなかった。互いの気持ちだけでは幸せになれない。現実はガジュに厳しかった。
「ウルワシカへの思いを、忘れろとは言わない。しかし、あきらめてくれ。この村のためにも、お前自身のためにも、そしてウルワシカのためにも」
なにか反論はあるか?
村長はガジュの反論を待っている。しかし、ガジュはなにも言い返せない。言い返せるはずがない。
俯いたガジュを残して、村長は去って行く。
ガジュのそばにウルワシカがいれば、ウルワシカの身に危険が及ぶ。
今まで幸運を呼ぶ神様だったのに、疫病神にでもなったような気分だった。




