第四章2 超越者への窓口
超越者ノ間が運用を開始すると、各国から問い合わせが殺到した。
その中で、最初に正式な利用を申し込んだのはアメリカだった。
もっとも、超越者ノ間を管理しているのは日本政府である。
ただし、超越者そのものを管理しているわけではない。
そんなことは、日本政府にもできない。
日本政府が管理しているのは、もっと現実的なものだった。
――誰が、いつ、超越者と対話するのか。
代行者、つまり天皇、あるいはその血族が一定の区域に入った場合、超越者との対話が可能になる。
つまり、施設を予約しただけでは、超越者と話すことはできない。
対話するためには、天皇、あるいは皇族がその場にいなければならない。
ならば、日本政府が管理しなければならないのは、超越者ではない。
超越者との対話に伴う、皇族の負担だった。
そのため、利用には日本政府の承認が必要となり、最終的には皇族側の承認も必要とされた。
こうして、超越者との対話は完全予約承認制となった。
国家、国際機関、学術機関など、利用目的に応じて優先順位を設ける。
対話は原則として公開。
一回あたりの時間を設定し、一日に対応できる回数も厳格に制限する。
個人的な相談や宗教的な面会は、原則として認めない。
緊急時には政府が特別枠を設定する。
そして何よりも、皇族の健康と公務を最優先する。
一人の皇族に負担が集中しないよう、対応者も分散させる。
超越者は人類にとって未知の存在だった。
しかし、だからといって皇族が一日中、その対応を続けられるわけではない。
日本政府は、そこだけは徹底して現実的だった。
日本政府は、最初の利用国としてアメリカを選んだ。
これまで日本が最も長く協力関係を築いてきた国の一つだったからだ。
超越者が現れたからといって、それまでの関係が突然なくなるわけではない。
日本政府は、これまで通りアメリカを最初の相手として迎えた。
そして、最初の利用国となったアメリカの代表団が、超越者ノ間を後にした。
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ワシントン。
大統領執務室。
大統領は、側近たちに囲まれながら、一冊の資料を閉じた。
そこには、現在までに判明している超越者に関する情報がまとめられていた。
軍事攻撃は不可能。
自動兵器は無力化される。
電子機器への干渉が可能。
人間の脳波にも干渉できる。
しかし、超越者自身は基本的に観察者であり、積極的な政治介入を行っていない。
そして――
日本の天皇が正式な代行者として認められている。
大統領は資料から顔を上げた。
「確認する」
側近たちが姿勢を正す。
「我々は、世界最大級の軍事力を持っている」
「はい」
「だが、超越者には意味がない」
「……その通りです」
大統領は資料をめくった。
「経済力は?」
「意味を持つかどうかは、軍事力と同じです」
「核兵器も?」
「はい」
大統領はしばらく黙った。
「では、超越者と直接話すには?」
「日本の協力が必要です」
大統領は椅子に深く座った。
「日本は、我々より強い軍隊を持っているわけではない」
「はい」
「我々より大きな経済を持っているわけでもない」
「はい」
「世界最大の核戦力を持っているわけでもない」
「はい」
そこで大統領は、机の上に置かれた資料を指で叩いた。
「なのに、日本には我々にないものがある」
誰も答えなかった。
「超越者への窓口だ」
静寂。
それは軍事力とは違う。
経済力とも違う。
外交力ですらない。
だが、世界中の国家が欲しがるものだった。
大統領は窓の外を見た。
今までの国際秩序では、軍事力、経済力、資源、人口、技術力。
そうしたものが国家の力を決めてきた。
しかし、その前提が崩れた。
超越者という存在が現れたことで。
そして、その超越者と正式に対話できる場所が、日本にある。
「……我々は、今後も日本を通さなければならないのか」
「はい」
側近は答えた。
大統領はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「そうか」
そして窓の外を見ながら、静かに呟いた。
「世界のルールが変わったな」
誰も否定しなかった。




