序章2 「超越者以前」と「超越者以後」
―東京。
首相官邸の会議室で、誰かが呟いた。
「……脅迫か?」
誰も答えなかった。
そのとき、声が再び響いた。
『私はあなたたちの言葉を理解している』
『そして、あなたたちの歴史もある程度理解している』
『しかし、私はあなたたちの教師ではない』
『あなたたちが自分で到達できる知識を、私から与えるつもりはない』
『私は観察者だ』
世界中の研究者が、この言葉に反応した。
科学者たちの一部は期待した。
別次元の存在。
人類を遥かに超える文明。
それならば、核融合も、重力制御も、恒星間航行も、すべて知っているはずだ。
だが、
『現在のあなたたちが持っていない科学技術を、私は教えない』
『古代の歴史についても、あなたたちが自力で研究できるものについては答えない』
『あなたたちの文明は、あなたたち自身が作るべきだからだ』
その言葉に、世界中の科学者が失望した。
しかし、別の研究者たちは静かに頷いた。
「……意外とまともなのかもしれない」
誰かがそう言った。
だが、その直後。
声の調子が変わった。
『ただし』
世界中の人間が、息を呑んだ。
『私は平和を望む』
『これは命令ではない』
『あなたたちが喧嘩をすることを禁止するつもりもない』
『国家が存在することも、軍隊を持つことも、兵器を研究することも禁止しない』
『しかし、私の介入を意図的に無効化し、人類が私の存在を無視して大規模な戦争を行える状態を作ろうとする者がいるなら、話は別だ』
『一定の境界を越えた者には、試練を与える』
その言葉に、世界中の軍人が凍りついた。
『試練の内容について、私は嘘をつかない』
『あなたたちには理解できない形になるだろう』
『死を含む』
そこで声は途切れた。
そして十秒後。
世界中の人間の頭に、最後の言葉が届いた。
『私はあなたたちの敵ではない』
『しかし、あなたたちの味方でもない』
『私は観察者でありあなたたちを超越する者だ』
その日から、世界史は二つに分けられることになった。
「超越者以前」と「超越者以後」に。




