ルーナ物語
第九章 侵入者
夜。
フィーニス魔法学園は静かな眠りに包まれていた。
昼間の賑わいは消え、長い廊下には月明かりだけが差し込んでいる。
寮では一年生たちも眠りについていた。
「おやすみ。」
「また明日。」
そんな何気ない挨拶が交わされ、部屋の灯りが一つずつ消えていく。
クロエも窓を閉め、小さく息をついた。
今日も穏やかな一日だった。
授業を受けて。
友達と笑って。
魔法を学ぶ。
そんな毎日が、明日も続く。
そう信じていた。
「おやすみ。」
小さく呟き、ベッドへ横になる。
やがて部屋は静寂に包まれた。
⸻
その頃。
学園から遠く離れた雪道を、一団の黒い影が歩いていた。
誰一人、言葉を発しない。
黒いローブ。
深く被ったフード。
雪を踏みしめる音だけが夜に響く。
先頭を歩く男が立ち止まる。
その視線の先には。
フィーニス魔法学園。
巨大な結界が、月明かりを受けて静かに輝いていた。
男はゆっくりと手を伸ばす。
黒い魔力が指先へ集まった。
結界へ触れる。
瞬間。
バチッ――。
白い光が走り、男の手を弾いた。
男はゆっくりと手を下ろす。
「……硬い。」
低い声だった。
後ろの男が静かに尋ねる。
「まだ破れませんか。」
「今はな。」
男は結界を見つめ続ける。
「だが。」
「長くは持たん。」
雪が静かに降り積もる。
その時だった。
男は足元へ視線を落とす。
雪の上に、一枚の黒い羽が落ちていた。
男はそれを拾い上げる。
短く呟く。
「予定通りだ。」
後ろにいた者たちは静かに頭を下げた。
「侵攻は。」
男は空を見上げる。
月は雲へ隠れようとしていた。
「まだだ。」
「だが。」
その声だけが冷たく響く。
「その日は近い。」
⸻
学園。
校長室。
机の上の魔法具が突然光を放つ。
校長は目を開いた。
「……。」
すぐに立ち上がり、窓を開ける。
冷たい夜風が部屋へ吹き込む。
結界は静かに輝いていた。
異常は見えない。
それでも。
校長は杖を握り締める。
嫌な予感だけが消えなかった。
「巡回を増やせ。」
近くにいた教師へ静かに命じる。
「はい。」
教師はすぐに部屋を飛び出していく。
校長は一人、夜空を見上げた。
「もう時間がないか……。」
その言葉は夜風へ消えた。
⸻
寮。
クロエは静かに眠っていた。
夢を見ていた。
広い草原。
暖かな光。
笑っているクレア。
校長。
教師たち。
皆が穏やかに笑っている。
その景色の中へ。
一枚の黒い羽が舞い落ちた。
次の瞬間。
夢は闇に染まる。
クロエは小さく眉をひそめた。
目を覚ますことはない。
窓の外では雪が降り続いている。




