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ルーナ物語  作者: 白栞
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ルーナ物語3

第一章 英雄の戦い


クロエは、泣いている生徒のもとへ走った。


廊下の窓は砕け、冷たい雪と煙が校舎の中へ吹き込んでいる。


遠くから響く爆発音。


床を伝う激しい振動。


泣き声。


助けを求める声。


つい昨日まで穏やかだったフィーニス魔法学園は、完全に戦場へ変わっていた。


「大丈夫?」


クロエは廊下の隅に座り込んでいる生徒の前へしゃがんだ。


まだ幼い一年生だった。


身体を小さく丸め、震える両手で足首を押さえている。


「立てない……。」


「足を痛めたの?」


生徒は涙を流しながら、何度も頷いた。


クロエは傷ついた足へ杖を向ける。


治療しなければ。


そう思った時だった。


「クロエ!」


煙の向こうから、一人の少女が走ってくる。


クレア・ローウェル。


頬には小さな傷があり、制服も土と灰で汚れていた。


クレアはクロエの姿を見つけると、息を切らしながら駆け寄った。


「勝手にいなくならないでよ!」


「ごめん。」


クロエは座り込んだ生徒を見る。


「この子が動けなくなってたの。」


クレアはすぐに反対側へしゃがむ。


生徒の足へ視線を落とし、小さく息をのんだ。


「歩くのは無理そう。」


クロエとクレアは顔を見合わせる。


「二人で運ぼう。」


「うん。」


二人は生徒の左右に立ち、その身体を支えた。


「ゆっくりでいいよ。」


「絶対に置いていかないから。」


三人は避難場所へ向かい、壊れた廊下を進み始める。


一歩。


また一歩。


その瞬間だった。


背後の壁が大きく砕けた。


轟音。


石と木片が廊下へ飛び散る。


舞い上がった煙の向こうから、一人の黒いローブの男が姿を現した。


男は何も言わない。


深くかぶったフードの奥から、三人を静かに見つめている。


やがて。


ゆっくりと杖を持ち上げた。


クロエの身体が強張る。


「クレア。」


支えていた生徒を、クレアへ預ける。


「この子をお願い。」


「何する気?」


「少しだけ、時間を稼ぐ。」


クレアはクロエの腕をつかんだ。


「無理だよ!」


「私たちは一年生なんだよ!」


クロエにも分かっていた。


敵との力の差。


自分の未熟さ。


ここへ残れば、命を失うかもしれない。


それでも。


足を怪我した生徒を連れたまま、敵から逃げ切ることはできない。


「すぐに追いつくから。」


クロエは小さく笑った。


「先に行って。」


その言葉が終わるより早く。


黒いローブの男が杖を振った。


黒い魔法が一直線に放たれる。


クロエは両足を踏ん張り、杖を構えた。


「《ルーメン・ヴェール》!」


淡い銀色の光が、三人の前へ広がる。


次の瞬間。


黒い魔法が光の壁へ激突した。


轟音。


激しい衝撃がクロエの全身を襲う。


足が後ろへ滑る。


杖を握る腕に、鋭い痛みが走った。


光の壁には、一瞬で無数のひびが入る。


「早く!」


クロエが叫ぶ。


クレアは唇を強く噛み締めた。


それでも。


生徒の身体を支え、避難場所へ向かって走り始める。


何度も後ろを振り返りながら。


「クロエ!」


「行って!」


黒い魔法がさらに強くなる。


光の壁のひびが広がっていく。


一本。


二本。


三本。


もう持たない。


そう思った瞬間。


廊下の横から炎が走った。


黒いローブの男が、大きく後ろへ飛び退く。


クロエの前へ、一人の教師が飛び込んでいた。


「無茶をするな!」


教師は杖を構えたまま叫ぶ。


「今すぐ避難しろ!」


「でも、先生が。」


「君たちを守るのが、私たちの役目だ。」


教師は振り返らない。


黒いローブの男だけを見据えたまま、短く告げる。


「生き延びろ。」


その言葉が、クロエの胸へ深く刺さった。


逃げたくなかった。


教師だけを残したくなかった。


けれど。


自分が残れば、教師はクロエまで守らなければならない。


それでは邪魔になる。


クロエは強く拳を握り締める。


「……必ず戻ってきてください。」


教師は答えなかった。


ただ。


もう一度、敵へ杖を向けた。


クロエは走り出した。


背後から魔法がぶつかる音が聞こえる。


炎。


闇。


爆発。


それでも、振り返らなかった。


振り返れば。


足が止まってしまう気がした。



避難場所へたどり着く。


クレアは怪我をした生徒を教師へ預けると、クロエのもとへ駆け寄った。


「クロエ!」


クロエの腕をつかむ。


制服の袖は破れ、その下から血が流れていた。


「怪我してるじゃん。」


「これくらい、大丈夫。」


「大丈夫じゃない。」


クレアの声は震えていた。


怒っているようにも。


泣きそうにも聞こえた。


「もう一人で行かないで。」


「ごめん。」


「約束して。」


クロエは少し黙った。


けれど。


やがて、小さく頷く。


「……うん。」


その時。


別の廊下から、悲鳴が聞こえた。


二人は同時に顔を上げる。


教師たちは負傷者の対応に追われている。


すぐに助けへ向かえる者はいなかった。


クロエは杖を握る。


クレアは、その横顔を見た。


「行くんでしょ。」


クロエは答えなかった。


クレアも自分の杖を握り直す。


「じゃあ、私も行く。」


「クレア。」


「一人で行かないって約束したでしょ。」


二人は顔を見合わせる。


怖かった。


今すぐ逃げたかった。


それでも。


目の前で、誰かが助けを求めている。


クロエとクレアは並んで走り出した。


戦いは。


まだ始まったばかりだった。

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